第183話 些細なことだけど……
それから綾奈と母さんが、湯のみにお茶の粉を入れ、お湯が出る装置(名前は分からない)でお湯を入れて美奈以外に渡してくれた。
美奈はアップルジュースを注文していた。
「お義姉ちゃん、私たまご食べたい」
ちょうどたまごが回ってきて、それを見た美奈が綾奈にリクエストする。
「はい。どうぞ美奈ちゃん」
「えへへ、ありがとうお義姉ちゃん」
綾奈も美奈も笑顔で、この義姉妹のやり取り、いいな。
「真人は食べたいものある?」
「ん~っと……」
綾奈に聞かれてレーンを見る。すると、丁度俺の好物が回ってきた。
「じゃあ、マグロの軍艦を取ってくれる?」
「うん。……はい、どうぞ」
綾奈が左手でマグロの軍艦巻きがのったお皿を渡してくる。
その時に綾奈の薬指にはめられていた指輪が目に入りドキッとした。
「ありがとう」
俺は照れながらも綾奈にお礼を言った。
自分で渡して、指にはめたのも俺なんだけど、大切にしてくれていることに高揚感を覚える。
「お醤油は甘口でいい?」
「うん」
どうやら俺が甘口が好きなのを理解しているようで、甘口醤油をお皿に垂らし、渡してくれた。
綾奈とするこういう何気ないやり取りもすごく幸せに感じる。
「綾奈ちゃん。真人は軍艦が好きなのよ」
「そうなんですね。教えていただいてありがとうございます良子さん」
母さんが俺の好物を綾奈に教え、それを聞いて嬉しそうに母さんにお礼を言う綾奈。「絶対に忘れない」と顔に書いてるよ。
それから綾奈は、軍艦巻きが見えると必ず俺に食べるかどうか聞いてきた。
俺は大概のお寿司は好きなので、綾奈が聞いてきたほとんどのネタを食べた。
とびこやしらす、コーンや野菜ののった物の他にもバリエーション豊かな軍艦巻きがあるこの店なんだけど、こうやって聞いてくるのは、俺の好みを把握したいからだと綾奈は言った。
結婚したら、俺の好きなものばかり作ってくれそうだな。
「綾奈さん、遠慮しないでどんどん食べていいんだよ」
入店からしばらくして、父さんが綾奈に言った。
綾奈はまだ三皿しか食べていない。
ちなみに美奈が六皿、俺が八皿、母さんが五皿で父さんが十皿だ。
去年までは、家族の中で俺が一番食べていたのだが、ダイエットを始めて食べる量を抑えた結果、一番の大食いは父さんになった。
「はい。食べていますよ」
綾奈は父さん笑顔で答えた。どうやら遠慮はほとんどしていないみたいだ。
「父さん、綾奈は少食なんだよ」
そう言って、俺は綾奈が取ってくれたとびこの軍艦巻きをひょいっと口に放り込んだ。プチプチとした食感が癖になる。
「あ……」
俺は綾奈が少食なのを知っている。
あれは俺たちが付き合う前、風見高校と高崎高校の合唱部合同練習の昼休み、俺と一哉、綾奈と千佳さんの四人で昼食をとっていて、綾奈の弁当箱が小さいことが気になった一哉が綾奈にたずねると、千佳さんが「綾奈は少食なんだよ」と言っているのを覚えていたから答えられた。
「覚えてて、くれたんだ」
どうやら綾奈もその時のことを覚えていたようで、俺の言葉にすごく嬉しそうにしている。
俺はとびこの軍艦巻きを飲み込み、お茶を飲んでから言った。
「忘れるわけないだろ」
初めて名前呼びの話題が出てきた時だったから、深く記憶に刻まれていたのかもしれないが、どんな些細な事だろうと、綾奈を知れた一幕であったため、俺の頭の中に鮮明に記憶されている。
「ありがとう。真人」
俺たちは美奈をはさんで笑いあった。
「甘っ」
その美奈はというと、俺たちの間でデザートのチョコレートパフェを食べながら一言呟いていた。それはただパフェの味の感想を言っただけではないのかもしれない。
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