第179話 「お義母さん」

 道案内……と言ってもほぼ一本道だから案内する必要もなかったけど、綾奈の家がここだと教えたら、母さんはこの近くに車を停めた。

 ここには何度も訪れているけど、家族を連れて来るのは初めてなので、すごく緊張している。

 母さんも少し緊張しているみたいで、美奈は「おっきい家だね~」と言って西蓮寺家を見上げていた。

 深呼吸をし、西蓮寺家のインターホンを鳴らそうと、手を伸ばした瞬間、ガチャっと玄関が開いた。

「いらっしゃい真人、美奈ちゃん。良子さんもいらっしゃいませ」

 玄関が開いた瞬間、綾奈が出てきて出迎えの言葉をかけてくれた。綾奈の首には俺とお揃いのペンダントがかけられていた。

 なんか、以前も似たようなことがあったな。

 あの時は二学期の期末試験のテスト期間で、綾奈と朝の通学時間しか会えてなくて、ほとんど綾奈と触れ合えていなかった。

 そんな時、無意識でここに来て、そんな自分に嘆息して帰ろうとした時に綾奈が玄関から出てきてくれた。

 まさか、あの時の以心伝心再び?

「インターホン押す前だったけど、よくわかったね」

「車の音が聞こえたから、真人たちが来たのかなって」

 今回は以心伝心ではなかった。

「いらっしゃい真人君」

「こんにちは明奈さん」

 それから明奈さんが出てきた。

「その、一昨日は綾奈に指輪をプレゼントして、その……」

「いいのよ真人君。そういう意味を込めた指輪をプレゼントされたと綾奈から聞いた時には驚いたけど、真人君なら大歓迎よ。主人も許してくれたから気にしないで」

 明奈さんのこの態度から多分そうだろうとは思っていたけど、予想以上の歓迎っぷりだ。弘樹さんも許してくれたみたいで一安心だ。

「はじめまして、真人君のお母様と妹さん。綾奈の母の西蓮寺明奈です。いつも娘がお世話になっております」

 明奈さんは母さんと美奈に深々と頭を下げて自己紹介をした。

「真人の母の良子です。こちらこそ息子がお世話になっております。先日はお夕飯もご馳走になって……、その節はありがとうございました。あとこれ、つまらない物ですが……」

 母さんは自己紹介をした後、お決まりのセリフと共に、持ってきた紙袋を明奈さんに手渡した。

「ご丁寧にありがとうございます。それから、お礼には及びませんよ。あの時は私も主人も真人君と食事が出来てとても楽しかったですから。真人君、またいつでも来てね」

「は、はい」

 明奈さんが満面の笑みで言ってきた。そんな笑顔を見せられたら断ることなんて出来ない。そもそも断るつもりもないんだけど。

「お、お兄ちゃんの妹の美奈です。はじめまして。綾奈お義姉ちゃんのお母さん」

 それから美奈も緊張した面持ちで明奈さんに自己紹介をした。

「綾奈から聞いていたけど可愛い妹さんね。よろしくね美奈ちゃん」

「は、はい!よろしくお願いします。明奈さん」

 美奈が顔を赤くしている。多分、明奈さんに可愛いと言われたのと、明奈さんの美しい笑顔を見てだろうな。

「綾奈はもう美奈ちゃんから『お義姉ちゃん』って呼ばれてるのね」

「う、うん。風見高校の文化祭の時から」

 綾奈が頬を赤くしている。美奈に自分が『お義姉ちゃん』と呼ばれていることは、ご両親には言ってなかったのか。

「美奈も綾奈には随分懐いてますよ」

「そうなのね。ところで真人君」

「はい」

 明奈さんがすごくニコニコしながら俺を呼んだ。明奈さんの隣にいる綾奈を見ると「あっ」という表情をしていた。綾奈には明奈さんが何を言おうとしているのかわかっているみたいだ。

「綾奈と結婚の約束をしてくれたのだから、私のことを『お義母さん』って呼んでくれないかしら?」

「えぇ!?」

 明奈さんの言葉に思わず驚きの声を出してしまった。

 明奈さんを『お義母さん』と呼ぶ!?

 いや、確かに将来的にはそう呼ぶようになると思っていたけど、まさかこんなに早く言われるとは思ってもみなかった。

「お母さん。真人が困ってるから」

 綾奈が横から明奈さんのを引っ張って明奈さんを止めようとしている。俺は慌てながらも、困った顔をしている綾奈も可愛いなと考えていた。

「え~、真人君。一回でいいから呼んでくれない?」

 一回だけなら、まぁいいかもしれない。ただ、母さんも美奈もいるこの状況で呼ぶのはかなり恥ずかしい。

「わ、わかりました。……えっと、お、お義母さん」

「きゃー!嬉しいわ!ありがとう真人君!」

 俺は照れながら、小さい声で『お義母さん』と呼ぶと、明奈さんはテンションが振り切れたみたいな声を上げ、俺に抱きついてきた。

「あ、明奈さん!?」

「お母さん!?」

 明奈さんの行動に、俺と綾奈は揃って声を上げた。未来の義母に、しかもこんな美人に抱きつかれて冷静でいられる男性がいるなら是非お会いしたい。

「こんなに可愛い息子が出来て嬉しいわ!」

 明奈さんの行動に、俺の母さんと美奈も驚いていた。

 そんな俺たちの動揺をよそに、明奈さんは俺の耳に顔を近づけた。

「これは主人からの言伝ことづてなんだけど、あの時真人君とした約束、子供を作る行為さえしなければいいって言ってたわよ」

「っ!」

 明奈さんに言われたことに、俺は目を見開いて驚いた。

『あの約束』というのは、俺が弘樹さんと初めて会った風見高校の文化祭、その時に弘樹さんと交わした約束が、綾奈を泣かせないと、高校生らしい節度ある交際をすることだ。

 二つ目の約束は、少なくとも高校卒業までは継続されるのではと思っていたけど、まさかそれを緩めてくるとは全く予想出来なかった。

 子供を作る行為って……さ、最後までしたらダメってことだから、それより前ならオッケーなんだよな?

 綾奈と今までしてきたスキンシップ以上の想像をして、俺の顔がとてつもなく熱くなった。

「ふふっ。綾奈も昨日主人から言われていたわよ」

「っ!」

 明奈さんの言葉にさらに驚く。

「?」

 綾奈を見ると、なんのことかわからずにきょとんとしている。

 これ、口に出したら綾奈の顔がめっちゃ赤くなるやつだし、母さんと美奈がいる状況では絶対に口を滑らせるわけにはいかない。

 俺は頭を振り、考えないように努めた。

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