第175話 お泊まりスタート前日、お嫁さんとの通話

 クリスマスケーキを食べ、それから美奈の部屋の片付けを進めて、お風呂に入ってきた。

 時刻は夜の九時半。

「さすがにまだ寝てはいないだろ」

 そう言って、俺はスマホを手に取り、メッセージアプリの通話機能で、ある人物に電話をかけた。

 数コールの後、スマホから声が聞こえた。

『もしもし。こんばんは真人』

 俺の彼女で未来のお嫁さんの綾奈だ。

 昨日から綾奈も俺を呼び捨てで呼びだしたんだけど、俺の方がまだ若干慣れてなくて照れてしまう。

「う、うん。こんばんは綾奈」

『……照れてる?』

 俺の声で察したのか、核心をついてくる綾奈。

「まあ、ね」

『かわいい』

 昨日からめっちゃ「かわいい」を連発してくる綾奈。

 まぁ、愛されている証拠だから嬉しいんだけど、やっぱり照れくさい。

『それで、どうしたの?』

「大好きなお嫁さんに用事もなく電話したらダメだった?」

『へ!? ……あぅ、だ、ダメじゃないよ……すごく嬉しい。私も、真人の声聞きたかったし』

「っ!」

 照れさせてもただでは照れない綾奈。こうやって無自覚(かどうかはわからないけど)で俺を照れさせてくる。

「俺も、綾奈の声聞きたかった。でも今日は伝えたいことがあって電話したんだよ」

『伝えたいこと?』

 今、綾奈は電話越しで首を傾げているんだろうな。めっちゃ可愛い。

「うん。……大好きだよ」

 明日、母さんと美奈が俺と一緒にそっちの家に行くのを伝えないといけないのに、気持ちだけが先行してしまい、いつも思っていることが口から出てしまった。

『ふぇ!? ……わ、私も。大好き』

 綾奈も気持ちを伝え返してくれる。すごく幸せなやり取りだ。

「ありがとう。それから明日なんだけど、母さんと美奈もそっちに行くことになったから」

 メインで伝えないといけないことをついでみたいに言ってしまった。綾奈への想いが強く出てしまってるから、仕方ないよね。

『そ、そうなの?』

「うん。母さんは綾奈のご両親に挨拶。美奈はご両親に会ってみたいのと、麻里姉ぇにも会いたいって言ってたから」

『真人、「麻里姉ぇ」って?』

「あぁ、そっか。えっと───」

 俺は今日の夕食時同様、ドゥー・ボヌールで起きた出来事を綾奈にも説明した。

『もぉ、お姉ちゃん……』

 俺の説明を聞いて、綾奈は少し呆れている声だった。

 でも麻里姉ぇって、普段はクールビューティなんだけど、たまに見せるいたずらっぽい笑みや、おちゃめな一面がすごくかわいいんだよな。言わないけど。

「まぁ、本人たっての希望だから」

『わかったよ。私も真人とお姉ちゃんが仲良くしてくれるのは嬉しいから』

 どうやら納得してくれたようだ。

『そ、それでね、真人』

「どうしたの?綾奈」

 なんか微妙に綾奈の歯切れが悪いな。まるでなにか言いにくいことを言おうとしているような感じだ。

『明日からのお泊まりなんだけど』

「うん」

『私、本当に美奈ちゃんの部屋で寝ないとダメ?』

「へ?」

 綾奈は何を言ってるんだ?

『真人と一緒のベッドで寝たいって言ったら……だ、ダメかな?』

「っ!」

 綾奈がとんでもないことを言ってきて、思わず息をのんでしまった。

 確かに以前、二時間程度俺のベッドで添い寝をしたことはある。あの時は眠気の方が強くて普通に寝てしまったけど、今回のお泊まりで同じように一緒のベッドで寝て、それで何もしないで一夜を過ごせるのか?答えは断じてノーだ!

 そんな状況に陥ってしまえば、俺の理性は簡単に溶けてしまって、間違いなく綾奈に手を出してしまう。もっと言ってしまえば、キスより先のことをしてしまうだろう。

 そうなってしまっては、綾奈を怖がらせてしまうし、綾奈のお父さんの弘樹さんとの約束を破ることになりかねないので、気持ちとしては一緒に寝たいのだが、こればかりは首を縦に振ることは出来ない。

「そうだね……。うちの両親と美奈が一晩家にいなかったらいいよ」

 といってもそのまま否定したらきっと綾奈はしょんぼりしてしまうから、ここは現実的にほぼありえないであろうシチュエーションが重なったらオッケーということにした。

 母さんは専業主婦だし、父さんも仕事で帰りが遅い時は多々あるけど、それでもちゃんと家に帰って寝てるし、美奈にいたってはこの家以外で寝るなんてことは俺の知る限りでは一度もないので、やはり綾奈が俺と一緒に寝るというのは、この冬休み中に起こることはないだろう。

『わ、わかった。……えへへ』

 この反応、多分綾奈はわかってないな。

 でも、一度も叶えてあげられないのは申し訳ないので、前みたいに、少しの間だけでも添い寝をお願いしようかな? それだったら俺の理性も耐えられるはずだから。……多分。

『早く明日にならないかな……?』

 俺が綾奈との添い寝のことを考えていると、綾奈はそうつぶやいた。俺も綾奈と同意見だ。

「本当にね。早く綾奈に会いたい」

『うん。私も真人に会いたい』

 昨日はクリスマスイブデートでかなり長い間一緒にいたけど、それでも大好きな彼女に早く会いたいって思ってしまう。

 明日からは、そんな考えが浮かばないほど一緒にいられるんだよな。

「早く明日をむかえるために、今日はもう寝よっか?」

 出来るだけ早く寝て、少しでも綾奈がお泊まりに来てくれる時間を体感的に早めるために、本当はもう少し話していたかったけど、俺はもう電話を切ろうと提案した。しかし───

『……もっと真人とお話したい』

 俺の提案は綾奈の一言で却下された。

 こんな可愛いことを言われて、それでも強引に電話を切れる男はいないだろう。

「いいよ。綾奈が眠くなるまで付き合うよ」

『ありがとう真人』

 それからも綾奈とお喋りをして、通話を終了したのは日付が変わる寸前だった。

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