第172話 綾奈を迎える準備をする中筋家
「お兄ちゃんおかえりー」
ケーキを冷蔵庫に入れ、俺の部屋のドアを開くと、美奈が入っていた。しょっちゅうある事なので特に気にしない。
「ただいま美奈。どこに行ってたんだ?」
「マコちゃんと遊んでた」
なるほど、冬休みの本格スタートの初日は遊んで、明日から本気出す的な感じなのかな?
「てか、部屋が綺麗になってるね」
美奈は俺の部屋を見渡しながら言った。足元を見て、フローリングがピカピカになっているのに驚いていた。
「そりゃ明日から綾奈が来るから掃除くらいするさ。お前の部屋はどうなんだよ」
美奈の部屋は隣だが、俺はここ数年美奈の部屋を見ていない。
美奈は、去年までは太っていて怠惰だった俺を良く思っていなかった。俺が生活態度を変えてからは良好な兄妹関係を築けていると思うけど、それでも美奈の部屋に出入りはしていないし、一階に降りる時に美奈の部屋の前は通るけど、いつも扉が閉められていたので見る機会はなかった。
「…………」
美奈が急に黙る。こういう時は大体片付いていないんだろうなぁ。
「お兄ちゃん」
「何だ?」
「片付け手伝って」
ほらな。
俺に頼むという事は、現状けっこうヤバいのかもしれない。
明日の今頃には綾奈は家に来ているはず。それなのに綾奈が寝る事になる美奈の部屋が散らかっていたんじゃあ、誘った身としてはこの上なく申し訳ない。
仮にもし美奈の部屋が使えないとなったら、俺の部屋で綾奈が寝るのか? いやいや、それはダメだ。主に俺の理性的な意味で。
「わかった。夕飯と、ケーキを食べた後にな」
「やったぁ!ありがとうお兄ちゃん!」
美奈が俺に抱きついてきたので俺は美奈の頭を撫でた。妹に頼まれたらノーとは言えない。出来るだけその願いを叶えてやりたい。これってまあまあなシスコンなのかな?
「真人ー、美奈ー。ご飯出来たから降りて来なさーい!」
「「はーい!」」
一階から母さんが俺たちを呼ぶ声がしたので、俺たち兄妹は揃って返事をした。
「行くか」
「うん」
俺と美奈は一緒にリビングに降りて行った。
リビングに降りると父さんも既にいた。
ローストチキンやフライドチキン等のクリスマスの定番メニューがテーブルに並べられていた。どれも美味しそうだ。
「いただきます」
自分の椅子に座り、久しぶりに家族四人揃っての夕食が始まった。父さんはいつも遅くに帰ってくるので、こんな時間に帰ってくるのは珍しかった。
「そう言えば真人、明日から綾奈さんが来るけど、部屋はちゃんと掃除してあるのか?」
父さんが言った。
「もちろん。ちゃんと掃除したし、フローリングもク〇ックルワ〇パーを使ってピカピカにしたよ」
俺の部屋の掃除は抜かりはない。あるとすれば美奈の方だ。
「美奈はどうだ?綾奈さんはお前の部屋で寝るんだから綺麗にしとかないとな」
「う、……このあとお兄ちゃんに手伝ってもらいながらやるよ」
美奈のこの返事……もしかしたら思っていた以上に散らかっているのかもしれないな。
「てか、部屋もそうだけど、食事の時の椅子はどうするの?五人で食卓を囲むんなら、椅子が足らないんだけど」
この家の食卓に置かれてある椅子は家族分の四つしかない。なければ明日買いに行けばいいだけなのだが、両親が何か考えているのかもしれないから聞いてみた。
「それなら、物置に使ってなかった椅子があったから、明日それを綺麗に掃除して綾奈ちゃんに使ってもらおうと思ってるわよ」
母さんが言った。
俺が宿題や掃除をしている時に探してくれていたみたいだ。
「ありがとう母さん」
「いいわよ別に。私だって綾奈ちゃんが来るの楽しみにしてるんだから。それより真人」
「何?」
「明日、綾奈ちゃんを迎えに行くのよね?」
「うん。夕方頃に行くつもりだけど」
「それ、私も一緒に行くわ」
「え?」
母さんも明日、西蓮寺家に行くのか?でも、荷物持ちなら俺一人で事足りるのに一体なぜ?
「当たり前でしょ?真人の将来の結婚相手のご両親にご挨拶に行かないと。今でも遅いと思っていたけど、年が変わる前には綾奈ちゃんのお宅に伺おうと思っていたし」
あぁ、なるほどそういう事か。
そういえば父さんも母さんも綾奈のご両親に会ったことはない。俺が体調を崩していた時に、見舞いに来た綾奈を迎えに来てくれた麻里姉ぇに会っただけだもんな。
いずれ家族になる西蓮寺家に挨拶に行くのは、親としたら当然の行動か。
「わかった」
「私も行きたい!」
美奈が元気よく手を挙げて言った。
「え、美奈も?」
「うん。お義姉ちゃんのご両親見たいし、松木先生にも会いたいし」
美奈も行くのか。これは後で綾奈に連絡を入れた方が良さそうだな。
「綾奈のお母さんの明奈さんはいると思うけど、お父さんの弘樹さんは多分仕事だろうな。麻里姉ぇは用事がなければドゥー・ボヌールに行けば会えるよ」
ドゥー・ボヌールに行けば、麻里姉ぇに会えるだけでなく、美味しいケーキも食べられるし、翔太さんにも会える。超絶イケメンと超絶美女に会えるのでお腹も心も満たされるだろう。
「お兄ちゃん、麻里姉ぇって?」
俺は今日、ドゥー・ボヌールでの出来事を家族に話した。
「──ってなわけで、麻里奈さんをそう呼ぶようになったんだよ」
俺の話を聞いた両親は驚き、美奈はぽかんと口を開けていた。あ、美奈が箸で掴んでいた白米がポロッとお茶碗に落ちた。床やテーブルに落ちなくて良かった。
「お兄ちゃん……なんでケーキ買いに行っただけでそんなラノベの主人公みたいな濃いイベントをこなしてんの?」
「いやこっちが聞きたいわ」
自分で言っておいてなんだけどほんとそれ。ドゥー・ボヌールに顔を出して、ケーキ買う時に翔太さんと少し話をして帰るだろうと思っていたのにどうしてこうなった。嬉しいイベントだったから全然文句はないけどさ。
「でも、綾奈さんのご家族と良好な関係が築けているみたいで安心したよ」
「本当ね。綾奈ちゃんのご両親も真人にすごく気を許しているみたいだし、これからもあちらのご家族と仲良くね」
「言われるまでもないよ」
これからも綾奈と、そしてそのご両親と松木夫妻との仲は大事にしていきたい。あの人たちとの縁をもっと強く結びつけたいと心から思っているから、俺からそれを壊すなんてことは絶対にしない。
「ごちそうさま」
夕食を食べ終え、食器をシンクに持っていき水につけた。
「美奈、片付けやるぞ」
クリスマスケーキを食べるのはもう少し後になってからなので、その間に美奈の部屋の片付けを少しでも進めようと思ったのだが……。
「まだ食べてるからもう少し待って」
美奈はまだ夕食を食べ終えていなかった。
いくら妹とはいえ、女の子の部屋に勝手に入るわけにもいかないので、俺は美奈が食べ終わるまで待った。
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