第171話 「麻里姉ぇ」
「ありがとうございます麻里奈さん。助かりました」
「気にしないでいいのよ真人君。義弟を助けるのは姉として当然だから」
そう言って麻里奈さんはにっこりと微笑んだ。あまりの美しさに俺は息を飲んだ。
「それより……はい、これ」
麻里奈さんは、俺にケーキが入っている袋を手渡してきた。
「ありがとうございます」
俺はそれを受け取り、財布からケーキの代金を取り出した。
「でも、本当に半額でいいんですか?」
「もちろんよ。さすがに毎回ってわけにはいかないけど、今回は特別割引と、綾奈との婚約おめでとうといった意味も込められてるわ」
「!」
なんか、今更だけど、どんどんと外堀が埋められているな。
付き合い始めた翌日から、麻里奈さんと明奈さんを名前で呼んだ時点で思っていたけど、改めてこの人たちと将来家族になるんだなという実感が少しずつわいてきた。
「そういうことでしたら、遠慮なく受け取ります。ありがとうございます」
そう言って俺は、このケーキの代金、二千円を麻里奈さんに手渡した。
「ふふっ、ちょっと早いけど、来年もよろしくね」
「こちらこそです」
今年もあと一週間程、明日は綾奈の家に行くけど麻里奈さんはここに住んでいるから明日、家に行っても会うことはないだろう。つまり、今日で麻里奈さんと翔太さんの二人に会うのは今年最後になるはずだ。
「明日からは綾奈が真人君の家にお世話になるのよね?」
やはりその事も麻里奈さんの耳に入っていたか。
「そうですね。すごく楽しみなんです」
「綾奈も同じこと言ってたわ。多分今は宿題を終わらせるのに必死になってると思うわ」
「そうなんですね。……嬉しいな」
俺が西蓮寺家で夕食をご馳走になった日、明奈さんの前で今回のお泊まりの提案をした時も、綾奈は本当に嬉しそうにしていた。万が一乗り気じゃなかったらどうしよう、なんて不安もなくはなかったけど、麻里奈さんの一言でその不安は完全に消え去った。
「明日から綾奈のこと、よろしくね」
「了解しました。麻里奈様」
「さ、様はつけないで……」
何となく言ってみたけど、俺に様付けされて、麻里奈さんは頬を赤くして照れている。怒られるかもしれないと思っていただけに、予想外のリアクションだ。
「す、すみません。つい……。でも、さっきの女の人も『麻里奈様』って言ってましたよね?」
「あぁ、たまにいるのよね。お客さんの中で私を様付けで呼ぶ人が」
恐らくだが、この美貌でクールな性格、そして翔太さんの奥さんということが合わさって、麻里奈さんを様付けする人がいるんだろうな。学校でも、男子だけじゃなく女子にも人気があるって綾奈と千佳さんから聞いてるし。
「さっきの人には照れなかったのに……」
「そ、それは……義弟にそんな呼び方をされたくないし、呼ばれると思ってなかったから恥ずかしいわ」
ボソッと呟いた俺の言葉を麻里奈さんは聞いていたらしく、照れた理由を話してくれた。俺の義理の姉さん、可愛いんだけど。
「それに、真人君には「様」より「姉」と呼んでほしいわ」
「え?」
「ね、試しに今呼んでくれないかしら?」
「マジですか!?」
「大マジです。弟に呼ばれてみたかったし、どんな呼び方でもいいから、真人君が呼びやすい呼び方で言ってみてくれないかしら」
おっと、今度はそう来ましたか。
確かに、ゆくゆくは麻里奈さんを姉呼びする時が来るとは思っていたけど、それは俺と綾奈が結婚もしくは本当に婚約して以降と思っていたから、綾奈に雑貨屋で買った指輪を渡した翌日にこのイベントが待ち受けているとはさすがに予想出来なかった。それにここ、外だし。
麻里奈さんの目がキラキラしている。これは断れないやつだ。
さて、なんて呼ぼうか……。
麻里奈さんのこのワクワク感からして、多少砕けた呼び方でも受け入れてくれそうだ。
「じゃあ……
俺は照れくささから、麻里奈さんから目をそらし、人差し指で頬をポリポリかきながら言った。
一哉と友達になる前、小学校低学年まで近所に住んでいた一つ年上の
「……良いわね!」
「え?」
「今まで呼ばれたことがないから凄く新鮮!」
どうやら好感触なようで、ホッと胸を撫で下ろした。
「良かったです」
「じゃあ真人君。今後は私のことをそう呼んでくれるかしら?」
さっきよりも目を輝かせている麻里奈さん。これも断れないやつですね。
「わかりました。……麻里姉ぇ」
「ふふっ、どうせなら敬語も取ってくれて良いのよ?」
「わ、わかりまし……わかった」
世の中の義理の姉弟がどうなのかわからないけど、麻里姉ぇがそれを望んでいるのであれば、俺はそれを叶えてあげたいと思った。
「ありがとう。それじゃあ、今後ともよろしくね。真人君……いえ、真人」
「っ!」
麻里姉ぇの突然の呼び捨てに思わず息を飲んでしまった。
「千佳のことも呼び捨てだし、千佳より親密な関係の真人を呼び捨てにしないのも変だと思ったんだけど……嫌だった?」
「い、嫌ではないです……ないよ」
親密って……義理の姉弟って意味でそれ以上でもそれ以下でもないのはわかってるんだけど、思春期男子故か、変な想像をしてしまいそうになる。
「そう。良かったわ」
麻里姉ぇは俺に安堵の表情と、満面の笑みを見せた。
「それじゃあ、そろそろお手伝いに戻るわね。気をつけて帰ってね。真人」
「う、うん。麻里姉ぇも頑張って」
「ありがとう。またね」
そう言って手を振りながら店に戻っていく麻里姉ぇを、同じく手を振りながら見送った。
ただクリスマスケーキケーキを買いに来ただけなのに、色んなことが起こったなぁ。
翔太さんの人気の高さを改めて知り、翔太さんのファンの人に絡まれ、それを麻里奈さんに助けられ、麻里奈さんを麻里姉ぇと呼ぶようになり、敬語も取り払われ、麻里姉ぇからも呼び捨てで呼ばれるようになった。
うん。この短時間に起こったことを振り返ったけど、やっぱりすごく濃いな。
未だ脳内では現実味を帯びない状態で帰路についた。
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