第170話 クリスマスケーキを買いにドゥー・ボヌールへ

 母さんとの会話を終え、俺は自室に戻って宿題を再開した。再開して一時間程度で数学が終わり、地理と歴史の宿題に取り掛かる。そこまで多く出されていたわけではないので、これも二時間程度で終わらせることが出来た。

 二教科を終わらせるといういい感じの滑り出しをしたので、今日の宿題はここまでにしよう。

 時刻は夕方の四時半を回っていた。あと一時間もすれば真っ暗になるな。

 俺は部屋の掃除をすることにした。

 リビングから充電式の掃除機とコロコロを拝借して自室に戻る。

 床に物を置いてなかったので、そのまま掃除機をかけ、床に落ちていたホコリを根こそぎ吸い取る。

 そしてベッドをコロコロを使って入念に汚れを取る。

 ……シーツは今日洗濯しとけば良かったな。まぁ、今更言っても仕方ないので明日の朝にやろう。

 それからまたリビングで、今度はク〇ックルワ〇パーを持ってきて、床をピカピカにする。フローリングに俺の顔がぼんやりと写っている。

 後は勉強机や、ベッド近くにあるローテーブル、テレビやテレビ台、そして本棚なんかをハンディモップで綺麗にしたら完成。

 うん。いい感じに綺麗になった。これなら明日から綾奈を迎えいれても大丈夫だろう。

 普段から掃除はしていたからそんなに時間がかからずに終わった。

 これが去年までだったら一日かかっていただろうな。

 継続する事が大事だと改めて思い知らされるな。

「さてと、じゃあちょっと出るか」

 部屋の掃除を終えた俺は、ササッと着替えて外に出た。

 目的地はケーキ屋、ドゥー・ボヌール。

 実は以前、綾奈とのデートでここを訪れた時、ドゥー・ボヌールの店長で、綾奈のお姉さんの松木麻里奈さんの旦那さん、松木翔太さんに、クリスマスケーキはもう予約してあるのかと聞かれ、もしまだなら俺の家の分のクリスマスケーキを半額で用意しておくからと言われ、母さんに確認すると、まだだったのでお願いをしたのだ。

 この近辺に住んでいる人で知らない人はいない有名店のクリスマスケーキを半額で売ってくれる事を母さんと美奈に伝えると、二人ともたいそう喜んでいた。

 夕方五時半。ドゥー・ボヌールが見えてきた。辺りはすっかり暗くなっていた。

 駅から少し離れた所にある店の前に、クリスマスケーキを販売する数人のスタッフさんの姿が見える。スタッフさんは皆、サンタクロースの帽子をかぶっている。

 このお店のスタッフさんは美男美女揃いだから、誰が身につけても似合うんだろうな。

 そんな俺の頭の中に、サンタコスをした綾奈の姿が映し出された。

 帽子をかぶり、肩出し、ミニスカの可愛くもセクシーなサンタコスをした綾奈が。

 ……どうしよう。リアルで見たい。

 多分俺が本気で頼めば、すごく恥ずかしがりながらも着てくれると思う。恥じらった表情もすごく可愛いんだろうな。

 でもまぁ無理強いはよくないので、サンタコスは来年以降の楽しみにしておこう。

 綾奈の可愛くもセクシーなサンタコスの妄想をしながら、クリスマスケーキの販売の列に並んだ。

 よく見ると、販売しているスタッフさんの中に、翔太さんの姿を見つけた。

 店長自ら外に出てケーキを売るなんて……。

 そして並んでいるお客さんはほとんどが女性だった。多分翔太さん目当てで並んでいるんだろうな。

 列に並んでいない女性も翔太さんを見ている。

 このお店でケーキを食べた時も思ったけど、翔太さんの人気、凄まじいな。

「次の方、お待たせし……やぁ真人君、いらっしゃい」

 俺の順番になり、俺に気がつくと翔太さんは爽やかスマイルを向けてきた。それを見て、心の中で「うわ、かっけぇ」と思った。

 列に並んでいない、翔太さんを見ていた女の人が視線の端にうつったのだけど、翔太さんに名前を呼ばれた俺を凝視していた。多分後ろの女の人も似たような表情してるんだろうな。

「こ、こんばんは、翔太さん」

 翔太さんの爽やかイケメン力と近くの女性の圧に気圧されながらも、俺は翔太さんに挨拶をした。

「それからすみません。うちの分のケーキを取っておいてくださって」

「気にしないでいいよ。真人君のケーキは店内で保管してるから取ってきてもらうね。麻里奈。真人君が来たから彼の分のケーキを持ってきてくれるかな?」

 翔太さんがインカムに向けてそう告げた。麻里奈さん、今日もお手伝いしてるんだな。

「ごめんね真人君。すぐに麻里奈が持ってきてくれると思う。他のお客様の対応をしないといけないからこの近くで待っていてくれるかな?」

「わ、わかりました」

 こうして俺は、麻里奈さんがケーキを持ってきてくれる間、店のそばで待つことになった。

 その間も翔太さんはすごい勢いでケーキを売りまくっている。本当は疲れているはずなのに表情に一切出ていない。

 翔太さんからケーキを受け取る女性客も、うっとりした表情で翔太さんを見ている。

「ねえ、あなた」

「え?」

 後ろから声をかけられたので振り返ると、近くで俺と翔太さんのやり取りを見ていた女の人だった。二十代前半くらいの若い女性だ。

「さっき翔太さんから話しかけられてたよね?あの人と仲良いの?」

「え?あ、はい。まぁ……」

 突然話しかけられた影響で、つい曖昧な返事をしてしまった。これが人見知り陰キャの悲しい特性だ。

「見たところ高校生よね?翔太さんと歳も離れてるし、彼と接点があるとは思えないし……翔太さんの奥様の麻里奈さんの生徒さんなの?」

 あ、やっぱり麻里奈さんのことは知ってるんだな。

 麻里奈さんは週末の忙しい時にはたまにお手伝いをしてるから、常連さんなら麻里奈さんを知っていて当然だ。とすればこの女性もここの常連ということになるな。

「あ、いえ、俺は高崎高校の生徒ではないです」

「そうなの?だとするとますますあなたと翔太さんの接点がわからないわね。本当、どういうか───」

「お客様、私の義弟おとうとに何かご用ですか?」

「「え?」」

 突然横から声がしたのでそちらを振り向くと、ドゥー・ボヌールの制服に身を包んだ麻里奈さんがいた。

 麻里奈さんの手にはケーキが入っているであろう袋を抱えている。

「麻里奈さん」

「ま、麻里奈様!?」

 ん? 麻里奈様?

「あ、あの……麻里奈様? さっきの言葉は一体どういう……」

 俺が「麻里奈様」というワードに驚いていると、女性はその麻里奈様に続けて質問をしていた。

「言葉通りの意味です。彼は私の妹と将来を誓い合っています。ですから彼、真人君は私の義理の弟になる子なんですよ」

 麻里奈さんは、俺のことをはっきりと女性に告げた。

 綾奈と将来を誓い合っているのも、麻里奈さんの義理の弟になるのも本当のことなんだけど、いざはっきりと言葉にされると照れるな。

「え?君、本当なの?」

「は、はい。将来は麻里奈さんの義理の弟になる予定です」

「!」

 女性は俺にも確認して、それを俺が肯定するとすごく驚いた顔をしていた。まぁ、何かしらの関わりがあるとは思ってたけど、まさか麻里奈さんの妹と結婚の約束をしている相手とは予想できないだろう。

「そうだったのね。その、ごめんなさい」

「い、いえ。気にしてませんから」

 それからその女性は俺たちに頭を下げて帰っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る