第4章(前編) 甘く幸せな冬休み

第169話 この一年で変わった真人を目の当たりにした母

 綾奈と将来を誓い合ったクリスマスイブのデートから一夜明けた、十二月二十五日のクリスマス当日。

 昨夜から降っていた雪の影響で、朝起きたら一面真っ白になっていたけど、今日は快晴で、この時季にしては気温が高いため、徐々に雪が溶けてきていた。

 俺は自室の机で冬休みの宿題と格闘していた。

 明日の夕方には綾奈がうちに泊まりに来るので、今日のうちに出来るだけ宿題を片付けようと、午前中からとりかかっていた。

「ん~~~!」

 椅子に座ったまま背伸びをする。大分筋肉が固まっているな。

 部屋に飾られた時計を見ると、既にお昼になっていた。

「大体二時間半ってところか」

 最初は苦手な数学から始めたんだけど、期末試験であれだけ勉強したかいがあったからか、いつもよりスラスラと問題が解ける。

 数学は、この二時間半で半分以上が終わっていた。

 椅子から立ち上がり、ベッドに置いてあったスマホを見る。

 スマホを机に置いておくと、どうしてもスマホに意識が向いてしまうため、こうしてベッドに置いていたのだ。

「連絡は……ないな」

 こうして誰からもお誘いの連絡がないと少し寂しかったりする。

 いや、今は明日からの為に少しでも宿題を減らしとかないとな。

 スマホをベッドに置き、自分の部屋を見渡す。去年までの怠惰な生活を改めてからは、部屋を綺麗に保っていたので、特に汚れてはいなかったけど、最近掃除機をかけてなかったから、少しだけど床にホコリがたまっていた。

「後で部屋を掃除するか」

 明日からは、綾奈は俺の妹の美奈の部屋で寝泊まりすることになっているのだが、冬休みの間、俺の部屋に綾奈が一回も来ないというのはまずありえない。

 いや、もし本当にそうなったら俺はもう立ち直れないかもしれない。

 ありえない未来を想像してネガティブになっても何もいいことはないので、俺は昼食をとるためリビングに降りた。

 リビングに行くと、母さんがテレビを見ながらスマホを操作していた。

「あら真人。お昼食べる?」

「うん」

 俺の返答に、母さんは椅子から立ち上がった。何かを作ってくれるのだろう。

「自分で作るよ」

 昼食を簡単に済ませて宿題の続きをしたかったので、自分で何かパパッと作ろうと思っていたので、母さんを制止して椅子に座らせた。

「あらそう?何を作るの?」

「ん~。冷蔵庫見てから決める」

 俺は冷蔵庫を開ける。中はそれほど食材は入っていなかった。恐らくこの後に買い物に行くのだろう。

 俺は冷蔵庫から、既に切られていた野菜を取り出し、野菜炒めを作った。

「ずいぶん手馴れてきたわね」

 野菜炒めをテーブルに置くと、母さんはその出来ばえを見て言ってきた。

「去年から母さんに教えて貰ってたし───」

 生活態度を一変するのと同時に、母さんから料理を教わっていた。

 難しいものは作れないけど、今回みたいな野菜炒めなら簡単に作れるくらいには上達した。

 それから料理以外にも洗濯や掃除などの家事も教えて貰っていた。

「───それに、将来綾奈と生活した時に、綾奈に任せっきりにしたくないから。いただきます」

 そう言って、俺はテーブルのそばに置いてあった割り箸を手に取り、野菜炒めを食べ始めた。うん、悪くない出来だ。

 最初は綾奈とお近づきになりたくて、ダイエットと同時進行で色々教えて貰っていたのだが、今は将来綾奈と一緒に暮らした時に、綾奈に全部任せるのではなく、家事を分担、もしくは一緒に並んでやっていきたいと思うようになっていった。

「……なんというか、本当に変わったわね。あんた」

 顔を上げると、母さんが驚いた表情をしていた。去年までの俺の生活態度を一番知っている母さんだからこその驚きようだ。

「その変わるきっかけをくれたのが綾奈だよ」

 事実、綾奈を好きにならなければ、俺の生活は一年前と何ら変わらず、太ったままで、一哉と茜のイチャイチャを見て嘆息する毎日だったろう。

 以前俺に告白してくれた北内さんも、太った俺だと告白はしてこなかっただろうし。

「そうね。明日綾奈ちゃんが来たら改めてお礼を言わないと」

 少々小っ恥ずかしいけど、本当のことなので止めないでおいた。

「ごちそうさま。あ、そうだ」

 野菜炒めを食べ終えた俺は、あることを思い出して、食器を水につけて自室に向かった。

 自室で、昨日綾奈とのデートで使ったボディーバッグの中に手を入れて、昨日母さんから借りた指輪が入っていた箱を取りだし、リビングに降りた。

「これ、返すよ。ありがとう」

「そういえば貸してたわね」

 母さんは今思い出したように、俺から箱を受け取った。

「で、どうだったの?」

「……どうって、何が?」

 その質問の意図するところが何なのかはわかっていたけど、気恥しさから聞き返してしまった。

「綾奈ちゃんにあの指輪、渡したんでしょ?綾奈ちゃんはなんて言ったの?」

「…………「嬉しい」って、泣いて喜んでくれたよ」

 昨日、綾奈に指輪を渡した時のことを思い出し、ついぶっきらぼうに答えてしまった。

 俺は昨日のイブデートで、雑貨屋で三千円で買ったピンクゴールドの指輪をプレゼントした。

 将来、俺と結婚してほしいという意味を込めて。

 高校一年でそんな意味を持った指輪を贈るなんてものすごく重いだろう。実際に俺もそう思っていた。

 だけど、一緒にプレゼント選びに来ていた一哉と健太郎の言葉で、俺は指輪を贈ろうと決めた。

 その結果、綾奈は泣くほど喜んでくれて、俺は綾奈の左手の薬指に指輪をはめて、誓いのキスもした。

 突然のことで交わされた口約束の婚約を、本当の約束にしたのだ。

「良かったわね真人」

「……うん」

「でもまさか、息子が高一でお嫁さんを決めるとは思ってなかったけどね」

 それは俺も思う。

 もしあの時、ゲーセンで綾奈が中村に放った『私の大事な彼氏を……未来の私の旦那様を、バカにしないでっ!!』がなければ、お互いのことを「奥様」とか「旦那様」って呼んだりしなかったし、指輪をプレゼントするのも何年も先の話になっていただろうな。

「あんな最高な女性、他にいないだろ」

 俺は本心でそう言った。

「そうね。同じ女の私から見ても、綾奈ちゃんほど魅力的な女の子はそうはいないわね」

「でしょ?」

「言うまでもないと思うけど、綾奈ちゃんの事、大事にしなさいよ」

「もちろん」

 母さんから改めて言われて、俺はさらに強く心に誓った。

 綾奈を本当に大事にして、これからも二人で支え合っていこうと。

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