第167話 母親に指輪を見せる綾奈

 真人が私の家から離れるのを見送ったあと、玄関前で髪やコートについた雪をはらってから家の中に入った。

「ただいま」

 玄関に入ると、リビングの電気はついていた。多分お母さんがテレビでも見ているのだろう。

 私はブーツを脱ぎ、スリッパに履き替えてから、リビングの扉を開けた。

「あら綾奈。おかえり」

 扉を開けると、お母さんがテレビを見ながらスマホを操作していた。テレビにはバラエティ番組が映し出されていた。

「ただいま。お母さん」

 お母さんに挨拶をしたあと、私は脱衣所に行き、そこで手洗いとうがいをした。

 手を洗っている時、真人にもらった指輪の硬い感触を感じるたび、私は顔がニヤけるのを我慢できなかった。

 貰ってから数時間経過してるのに、私のこの嬉しさはまだまだ肥大していっている。

 手洗いとうがいを済ませ、再びリビングに行き、ソファに座った。

 私が座ったのを見て、お母さんはスマホを操作するのをやめて、私の近くに移動してきた。多分今日のことを色々聞かれるんだろうな。

「真人君とのデート、どうだったの?」

「すごく楽しかったよ。……楽しくて、幸せだった」

 私はそう言いながら、目をつむり今日のデートを思い出す。

「ふふっ。ならそれは嬉し泣きだったのね」

「えっ!?」

 確かに観覧車に乗ってる時に泣いちゃったけど……え、もしかして涙のあととか残ってた?

「少しだけど、目が泣き腫らした感じだったから。何か真人君から嬉しいことをされたのかしら?」

「う、うん」

 嬉しいこと。それは今日のデート中に何度もあったけど、一番はやっぱりこれ。

 私は自分の左手をお母さんの目線まで上げて、私の薬指にはめられているピンクゴールドの指輪を見せた。

「!! まあ……それってもしかして!?」

 お母さんはそれを見てすごく驚いていた。

「うん。本物じゃないけど、真人からの婚約指輪だよ」

「まあ!やっぱりそうなのね!?おめでとう綾奈!」

「あ、ありがとうお母さん」

 お母さんはまるで自分のことのように喜んでくれた。

 私はこの指輪を見せたら、「高校生でそんな意味をもった指輪は早いわ」って言われるのではないかと心配していたから少し拍子抜けだ。

「で、でも高校生で早いとか思わないの?」

 私は不安になって思わず聞いてしまった。

「そりゃあ、確かに思ったけど、真人君はとてもいい子だし、真人君ほど綾奈のことを大事にしてくれる子はいないわ。あなたたち二人が一緒にいて凄く幸せそうにしてるから、真人君が私の息子になるのは大歓迎よ」

 お母さんはにこにこしながら言った。

 真人のことを好ましく思ってくれているのは知っていたけど、既にこれだけ言ってもらえるほどだとは思ってなかった。

「こうなったら真人君にはぜひ私のことを『お義母さん』って呼んでもらわないと」

 気が早いなぁ、って思ったけど、私も美奈ちゃんから『お義姉ちゃん』って呼ばれてるし、私が呼んでいいって言ったから説得力がない。

 私は出かかった言葉をすんでのところで飲みこんだ。

「明後日の夕方に、真人が迎えに来てくれるからその時に言ってみたら?」

「明後日、真人君来るのね?じゃあちょっと聞いてみようかしら。……それにしても綾奈」

「な、何?」

「真人君のこと、呼び捨てで呼ぶようになったのね」

「う、うん」

 やっぱり、これについては聞かれるよね。

 今日、この家を出る時までは、「真人君」って呼んでいたのに、帰ってきたら呼び捨てになってるんだもん。私がお母さんの立場なら絶対に色々聞いてしまう。

「ちぃちゃんと、茜さんっていう真人の幼なじみの風見高校の先輩に『いつまで君付けで呼ぶの?』って言われて、それで今日頑張って呼び捨てにしようって思って、でも中々言えなくて……それで、指輪をはめてくれた時に、勇気を出したら言えたんだ」

「今まで綾奈は誰に対しても呼び捨てにしなかったからね。頑張ったわね綾奈。真人君も喜んでたでしょ?」

 お母さんに言われて、私が呼び捨てにした時の真人リアクションを思い出す。

 すごく照れていて、顔も真っ赤になっていてすごく可愛かった。可愛すぎて思わず頬にキスしちゃった。

「喜んでくれたし、照れていてすごく可愛かった」

「大好きな人に呼び捨てにされて、喜ばない人はいないわよ」

 真人もそう言ってたし、やっぱり勇気を出してよかった。このことを言ってくれたちぃちゃんと茜さんには感謝しないと。

 その時、リビングの扉が開いて、お父さんが入ってきた。

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