第166話 ホワイトクリスマス

「えへへ~」

 俺たちは今、綾奈の家の近くにある人気のない公園に来て、ベンチに座っている。

 観覧車を降りたあたりから、綾奈はずっと、自分の左手の薬指にはめられた指輪を見ては緩みきった笑みを見せたり、うっとりとした、恍惚な表情を見せていた。

 駅への移動中も、電車内も、そしてこの公園への移動中も。多分ここまでの移動時間の半分くらいはこんな調子だった。

 いや、嬉しいよ。俺の贈った指輪でここまでの反応をしてくれるんだから。

「綾奈。めっちゃ嬉しそうだね」

「だって、真人からの婚約指輪だもん」

「まぁ、本物ではないけどね」

「たとえ本物じゃなくても、同じ意味を持った指輪だよ。私を本当に真人のお嫁さんにしてくれるんだって思うと、嬉しすぎて……えへへ。もう幸せ♡」

 そういうと綾奈は抱きついてきた。

 言葉で、表情で、そして身体全体で、俺が贈った指輪への嬉しさを表現してくれる。贈り手としてこれほど嬉しいことはないよ。

 俺は綾奈の腰に手を回した。

「綾奈、寒くない?」

 時刻は夜の九時半。風はそこまで強くないが、雪でも降りそうなくらい気温が下がっているため、綾奈が心配だった。

「寒くないよ。私の身体も、心も、こうやって真人が温めてくれているから。すごくポカポカしてるよ」

「っ!」

 今日の綾奈は本当に……!

 普通に聞いただけなのに、予想以上の返しをして、その度に俺をドキドキさせてくる。

「真人は寒くない?」

 今度は綾奈が同じ質問をしてきた。……これは、普通の返しではダメなやつだよな?

「全然寒くないよ。綾奈がこうして抱きついてきてくれて、俺を本当に愛してくれているから……すごく温かい」

「同じだね。私たち」

「うん」

 俺たちはお互いの額を合わせた。

 その時、視界の端に白く小さい物体が空から落ちてきたのを捉えた。

 俺は綾奈から額を離し、空を見上げると、雪が降り始めていた。

「「うわぁ~」」

 俺たちは揃って声を上げた。

 それに気づいて、俺たちはお互いに目を合わせ、数回瞬きをして、どちらともなく笑った。

「ホワイトクリスマスだね」

「うん。すごく、ロマンチック」

 俺たちは密着させていた身体を離し、手を繋いだ状態で、少しの間降り続ける雪を眺めていた。

 十秒くらい空から降る雪を眺めて、隣にいる綾奈を見ると、綾奈は頬を赤くし、とろんとした、それでいて熱を帯びた視線でじっと俺を見つめていた。

 その表情を見た俺の心臓はドクンと跳ね、顔が熱くなった。

 そして、俺たちはどちらともなく、ゆっくりと顔を近づけていき、キスをした。

「ん……」

 唇を重ね合わせただけのキス。もう何度もしてきたはずなのに、もの凄くドキドキしてる。

 握りあっているお互いの手に力が入る。

 綾奈は、これ以上前に進まないとわかっているはずなのに、少しでも強く唇を推し当てようと力を入れてくる。

 俺も負けじと力を入れて綾奈の唇をむようにキスをする。

 一分ほどキスを交わし、俺は唇を離した。

「あ……」

 俺が唇を離すと、綾奈は残念そうな声をもらした。

 初めて綾奈とキスをした日……これくらいの長さのキスをしたら、綾奈は息を止めていて、苦しくなったら俺に離れるよう俺の胸をぱんぱんと叩いていたのが懐かしく感じる。

 俺だってもっと綾奈とキスをしたいけど、雪がだんだんと本降りになってきたので、これ以上は危ないと判断した俺は、綾奈の手を握ったまま、ベンチから立ち上がった。

「そろそろ帰ろう。雪も強くなってきたし、明奈さんと弘樹さんも心配するよ」

「うん」

 綾奈も立ち上がり、俺たちは早足で公園を後にした。


 雪が降るとは思ってなく、傘を持っていなかった俺たちは、公園を出たあとも早足で綾奈の家に向かった。

 そんなに距離があるわけではないけど、やはりこう寒いと風邪を引いてしまうといけないから。

 いつもなら五分ほどかかっていたけど、四分で到着した。

「じゃあ綾奈。風邪ひくといけないから早めにお風呂に入って温かくして寝てね」

 綾奈のことが心配になった俺は、ついおかんみたいなセリフを言ってしまう。

 それだけ綾奈が心配だし、明後日から綾奈がうちに泊まりに来てくれるのが楽しみすぎるから。

「うん。真人もまだ家まで距離があるから、帰ったらしっかりと温まってね」

「ありがとう。明後日から綾奈が来てくれるから、風邪ひかないようにしとくよ」

「うん。……お泊まり、ドキドキするけど凄く楽しみ」

「俺も。明後日は夕方くらいに迎えに行くよ」

「うん。待ってるね」

 明後日は綾奈が一人でうちに来るのではなく、俺がここまで迎えに行って、それから一緒に俺の家に行くように事前に打ち合わせしておいた。

 何もないとは思うけど、もし道中でトラブルに巻き込まれても嫌だし、荷物を持ってあげたいと思ったからと、あとひとつ理由がある。

「明奈さんと弘樹さんに、その指輪のことも報告しないといけないからね」

「あ……」

 本当にプロポーズをしたわけではないけど、そういう意味合いも込めた指輪をプレゼントしたんだ。プレゼントだけして綾奈のご両親に何も言わないのもどうかと思ったので、明後日ここに来た時に、綾奈のご両親に、今日観覧車の中であったことをお伝えするつもりだ。

 両家の親公認の仲とはいえ、許してくれるとは思うけど、やっぱり明日のことを考えると緊張するな。

 俺が明後日の報告する時のことを考えてたら、綾奈が俺の手を握ってきた。

「大丈夫。私もいるから。一緒に今日のことを伝えよう」

 俺が緊張しているのを察したのだろう。綾奈が俺の緊張をほぐすように、優しく語りかけてきた。

 そうだ。綾奈と一緒なら何も怖くない。話す前から嫌な方向に想像しても仕方ないしな。

 おれは綾奈の手を握り返した。

「ありがとう綾奈。これほど心強いことはないよ」

「私はいつだって真人の味方だよ。そ、それに、夫を支えるのは妻の役目だから」

 俺たちはお互いに言ったセリフに照れながらも笑いあった。

「じゃあ綾奈。また明後日」

「うん。また明後日ね」

 俺は綾奈の手を離し、しんしんと雪が降る中、走って自宅に帰った。

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