第164話 「真人」

 真人君のプレゼントは完全に予想外だった。

 まさか指輪をプレゼントしてくれるなんて……。

 真人君は「雑貨屋で三千円くらいで買った」なんて言ってたけど、値段なんて関係ない。指輪をプレゼントしてくれたことが重要だ。

 しかも、その後に真人君が言ってくれた言葉は、完全にプロポーズだ。

 ちゃんとその言葉を言ってくれたわけではないけど、そうとしか捉えることが出来ない。

 多分真人君のことだから、今この場で言うんじゃなくて、大人になってから正式な場で言ってくれるんだろうな。

 それがわかってるから、真人君が言葉を濁したって関係ない。

 真人君がずっと私と一緒にいてくれる。

 高崎の文化祭で言ってくれた時以上の想いと、この指輪。それだけで私は、私の心は無敵になれる。

 私も、ちゃんと言わなきゃね。

 今日ずっと言おうとして、勇気が出なくて言えなかったこと。今なら言える気がする。

 私は涙を指で拭うと、深呼吸をして、真人君の目を真っ直ぐ見て、笑顔で言った。


「不束者ですが、これからもよろしくお願いします。……真人」



「……え?」

 綾奈が最後に発した言葉に、俺は呆気にとられた。

 綾奈が、俺の名を呼び捨てで呼んだ?

 高崎との合同練習の帰り道以降、今までずっと「真人君」だったのに、呼び捨てで呼んでくれた。

 確かに今日は、何度か俺を呼び捨てにしようとチャレンジしていたのは知っていた。

 綾奈に呼び捨てにされた事に、俺の心臓はドキドキと高鳴っていた。

 俺の記憶の中の綾奈は、男子はもちろん、女子ですら呼び捨てにしていた記憶はない。あの大親友の千佳さんでさえ「ちぃちゃん」と愛称で呼んでいるのに。

「えへへ。やっと言えた」

 綾奈は、まだ少し涙で潤んでいる目を細め、ふにゃっと笑った。

 その表情を見た俺の心臓はさらに高鳴り、顔も一気に熱を帯びた。

 綾奈に呼び捨てにされた事への認識が遅れてやってきて、照れくさくて顔を右に逸らし、右手の甲で口を隠す。

「……真人」

「……な、なに?」

 綾奈がまた俺の名を呼び捨てで呼んでくれた。今度は上目遣いの超豪華特典付きで。

 だが、その表情には不安の色が浮かんでいる。一体なぜ?

「い、嫌じゃなかった?……私に呼び捨てで呼ばれるの」

 一瞬、何を言ってるのかわからなかったけど、すぐに言葉を理解し、力いっぱい反論した。

「な、何言ってるんだよ!嬉しいに決まってる。今まで誰も呼び捨てにしなかった綾奈が、俺を、俺だけを呼び捨てにしてくれてるんだよ!?そんなの、嬉しすぎるし、顔がニヤけるから……」

 最後の方は本当に嬉しさが前面に出てしまい、マジでニヤけそうになった。

 俺の言葉を聞いた綾奈が笑みを浮かべた。その笑みはいつもの可愛らしい笑みだけど、どこかいたずらを思いついたような笑みにも見えた。

「真人」

「へっ!?……あ」

 綾奈がまた呼び捨てで呼んできた。こ、これはまさか!

「まーさとっ」

「や、ちょっ……!」

 やっぱり。わざと連呼して、俺の反応を見て楽しんでいる。

「ま~さ~と~」

「ま、待って綾奈。本当に待って!」

 ダメだ。嬉しすぎて顔が緩むのを止められない。

 綾奈もそれがわかっててわざと俺の名前を連呼してくる。ただ連呼するだけでなく、言い方や声のトーンも変えてるから、俺の平常心はどこかへと消えていた。

 心臓が忙しなくドキドキしてるし、多分めっちゃニヤニヤして気持ち悪い顔になってるんだろうな。

「真人、かわいい。……ちゅっ♡」

 だけど、そんな俺の表情を見ても、綾奈は俺に、耳元で「かわいい」と言い、頬にキスをしてきた。

 こんなことをされると流石に理性が保てなく───なったのだが、俺はあまりの照れくささから、やり返すことが出来ずに、顔が赤いまま椅子にペタンと座り込んでしまった。

 こういうことでは、いつもは俺がマウントを取れていたのに。

「まいりました」

「えへへ~。真人に勝っちゃった~」

 綾奈はふにゃっとした笑顔のまま、ピースサインをしてきた。

 呼び捨てと、そのあまりに可愛い仕草から、俺の顔からしばらく熱が引かなかったのは言うまでもない。

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