第163話 誓いのキス

 なんの装飾も付いていない、シンプルなデザインのピンクゴールドの指輪。

 あの雑貨屋で買ったのはこれだ。

 さすがに雑貨屋で、高級指輪が入ってそうなこの箱は付いていない。

 俺は、母さんにこの箱を借りる為に、「綾奈へのクリスマスプレゼントはこの指輪にする」と伝えた。

 もちろん母さんは驚いていたけど、俺の話を聞くと納得してくれて、父さんに貰った婚約指輪が入っていた箱を貸してくれた。

 母さんがこのことを美奈に話して、美奈が驚いて俺に色々聞いてきた時はしんどかった。でも最終的には応援してくれていた。

「え?……えっ!?これって……」

 まさかクリスマスプレゼントで指輪を贈られるとは思ってなかったのか、綾奈は指輪と俺の顔を交互に見て、ちょっとパニックになっていた。

 その時、ガタンッという音と共に観覧車が止まった。

 衝撃はそれほど強くなかったけど、立っていた俺は少しふらついた。綾奈に怪我がなくてよかった。

『申し訳ございません。ただいまシステムトラブルがあり観覧車は停車しております。恐れ入りますが復旧までしばらくお待ちください』

 アナウンスが聞こえた。どうやらしばらくは動かないようだ。

 俺は深呼吸をし、心を落ち着かせ、綾奈を見つめる。

 綾奈も俺を見る。

「綾奈」

「は、はいっ!」

 俺に名前を呼ばれて、綾奈はの身体はビクッと跳ねた。

「その……大層な箱に入ってるけど、この指輪自体はショッピングモールの雑貨屋で買った三千円くらいの代物だよ」

「………そ、そうなの?てっきり高級な所で買ったのかと」

「うん。この箱は母さんから借りたんだ」

「そう、だったんだ」

 綾奈はまだ驚いているようで、返答するもふわふわしている感じだ。

「俺がプレゼントに指輪を選んだのは、俺の意志を示したかったからなんだ」

「真人君の……意志?」

 綾奈が首を傾げながら聞き返してくるので、俺は優しく「うん」と応えた後、続けて言った。

「もう綾奈を不安にさせたくないから。……もうないと思うけど、たとえどんな人に言い寄られても、俺は絶対に綾奈から離れたりしない。ずっと君と一緒にいるよっていう……まぁ、誓い、みたいなものだよ」

「……そ、それって……もしかして……こ、こんやく……っ!」

 俺の言葉の意味を理解した綾奈が、自身の言葉を言い切る前にまた両手で口をおさえた。目には涙を溜め込んでいる。

「ま、まぁ、……そういう意味でもある、よ」

 俺は俺で、照れてしまって肝心な所を濁してしまい、言葉にデクレッシェンドがかかってしまう。我ながらヘタレだ。

「……う」

「う?」

「嬉しい。……うぇ」

 綾奈が呟くように言った。目からは涙がこぼれ落ちていた。

「うわぁぁぁぁん!」

「あ、綾奈!?」

 突然目の前で号泣した綾奈に、今度は俺がパニックになる。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫じゃない~!うわぁぁぁん!」

 オロオロする男と号泣する彼女。はたから見たら完全に俺がやらかして綾奈を泣かせているようにしか見えない。いや、実際そうなんだけど。

「だって、だって!!突然、ひぐっ、指輪をプレゼント、してくれて、ぐすっ、私と、将来本当に、結婚してくれるって言うんだもん!うぇ、嬉しすぎて、全然大丈夫じゃない~~!」

 ひよってしまった自分が恥ずかしいな。

 でも、今ははっきりと言うべきではないと思った。二人とも同じ気持ちなので、その未来は確約されたようなものだけど、やっぱりそういうのはちゃんとしたプロポーズの場で言いたい。だから……、

「綾奈」

「ぐすっ……はい」

「今はこんな安いものしか贈れないけど、いつか必ずちゃんとした指輪をプレゼントすると約束する。だから、その時はまた、俺の話を聞いてくれる?」

「っ!……うん。うんっ!」

 綾奈は涙を拭うように目をこすりながら何度も何度も首を縦に振ってくれた。笑顔で泣いている綾奈を見て、不謹慎だけどとても美しいと思った。

 俺は箱から指輪を取り出し、箱をバッグの中に入れた。

「じゃあ、左手を出してくれる?」

「……はい」

 俺の差し出した手のひらに、綾奈は自分の左手をそっと添えるように置いた。


 俺は緊張で震える手で、ゆっくりと、その指輪を綾奈の左手の薬指にはめた。


 その瞬間、まるで俺が綾奈の指に指輪をはめるのがキーになったかのように、観覧車が動き出した。

「~~~~~~~~!」

 綾奈は自分の胸に左手を置き、その左手を右手で包み込んでまたボロボロと泣いていた。せっかくメイクもしてきてくれたのに、泣かせてしまってすごく申し訳ない。

「……綾奈」

「ぐすっ……ん?」

「ち、誓のキス……しますか?」

「!!……はい!」

 俺は、今度は両手を差し出し、綾奈はさっきと同じように、両手を俺の手にそっと置いた。

 俺はその綾奈の手を優しく握り、


 綾奈と誓のキスを交わした。観覧車はそのタイミングで頂上に到達した。

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