第158話 上映中にこっそり……

 しばらくすると他の映画の予告映像の後、いよいよ本編が始まった。

 この物語の主人公は、とある高校に通う二年生の女子生徒。

 一学期の始業式、新しいクラスにやってきたその主人公の隣に、学校一のイケメンと称されている男子生徒が座っていた。

 その男子はサッカー部のレギュラーで、次期エースとして活躍していて、放課後のサッカー部では、彼を一目見ようと多くの女子生徒が連日見学に来るほどだ。

 だが、見た目がチャラく、性格も軽い。隣の席という事で、毎日軽いノリで絡んで来るその男子生徒の事を、主人公は好きではなかった。それどころか嫌悪感を抱いていた。

 いつも話しかけられる度、他の女子生徒から嫉妬の眼差しと言葉が突き刺さっていた。

 元々真面目だった主人公には、その男子生徒の軽い言動が目にあまり、ついにキレてしまう。

 クラスメイトに止められ、担任にも注意されて事態は終息した。

 それから数日後、放課後にスーパーに寄った主人公は、偶然にもその男子を目撃する事に。

 なぜこんな所に……と、訝しんだ主人公はこっそりとその男子をつけることにした。

 スーパーでは様々な食材を吟味しながらカゴに入れていた。

 スーパーを後にしてさらに尾行を続けると、たどり着いたのは築数十年の古びたアパートだった。

 家の前には中学生から小学生低学年までの子供が三人いて、どうやらその男子の弟や妹みたいだった。

 翌日その事が気になり、彼の事情を知る友人に話を聞くと、彼は母子家庭の長男で、母親は朝早くから夜遅くまで働いていているため、家の事はほとんど彼がしているんだとか。

 サッカーを頑張っているのは、いつかプロになり母親に楽をさせ、弟や妹に美味しいご飯を食べさせてあげたいからと聞いた。

 その事がきっかけで主人公はその男子の認識を改め、先日の事をきちんと謝り、よく話すようになった。

 その後、元々料理が得意だった主人公はその男子の家に行き、手料理を振る舞い、彼や彼の弟や妹にも大変好評だった。

 それから少しずつその男子に惹かれていった主人公は、教室でも自分から彼に話すようになり、彼も以前のノリはたまにしてくるけど、主人公との会話を楽しんでいた。

 やがてその男子に好意を抱いた主人公。だが、この頃からその男子と仲良くしているのをよく思わないその男子の熱狂的なファンから嫌がらせを受ける事になる。

 男子は心配したが、主人公は大丈夫と気丈に振る舞っていた。

 その後も嫌がらせはどんどんエスカレートしていき、ついには主人公は怪我を負ってしまう。

 軽度だけどその怪我を見た彼は酷く心配したが、主人公は転んだだけだと誤魔化す。

 ある日、校舎裏で嫌がらせを受けていた主人公。その途中、彼が乱入して、嫌がらせをしていた女子生徒をかき分け真っ直ぐ主人公の元に駆け寄っていき、そのまま主人公を力強く抱きしめた。

「今まで気づいてられなくてごめん」

 そう言って主人公の頭を優しく撫でる彼。

 主人公も彼の優しさに涙を堪えきれずに号泣。その腕は彼の背中に回っていた。

 彼は嫌がらせをしていたグループを睨み、「俺の女にこれ以上何かしてみろ。女だからって容赦しねーぞ」と言い放ち、それにビビった女子グループはその場から逃走。

 二人きりの空間で、互いに想いを伝え合い二人は恋人同士になる。と言ったことろで映画は終わりを迎えた。


 映画を見ている間、ほとんど密着していて、俺の手の上に綾奈が自分の手を置いている感じでずっと握っていた。

 何度かスクリーンから隣の綾奈の方を見ると、綾奈は真剣に映画を見ていて、その横顔に思わずドキリとした。

 その後も何度か綾奈の方を見たんだけど、ある時俺たちの視線がバッチリと合わさった。

(あっ───)

 密着していた為、至近距離で、そして上目遣いで見てくる姿に俺の心臓はさっきの比ではないくらいドキドキしていた。

 綾奈も驚いた表情をしていて、スクリーンから出る光で、その頬が真っ赤になっているのがはっきりとわかった。

 俺の手を握っている綾奈の手に力が入る。

 綾奈はチラッと後ろの座席に目をやり、そして俺に向き直り、目を閉じ顎を上げた。

「っ!」

 まさかここでキスを要求してくるのは完全に予想外すぎた。

 後ろの席を見て、その人達は映画に集中していて俺たちを見ていないとわかったからだろう。

 流石に映画館でというのは色々と問題がありそうな気もしたけど、クリスマスイブの特別なデートだと思うことにして、俺は綾奈の唇に自分の唇を押し当てた。

 時間にして一秒程の一瞬のキス。

 俺は唇を離し、恥ずかしさから顔を俯けて目を逸らした。

 視線の端に捉えた綾奈も恥ずかしかったのかもじもじしていた。

 こうしている間にも映画は進行している。

 俺は正面を向いて、手で綾奈の頭を俺の肩にこてんと倒させた。

「っ!」

 今まで俺からこんなことをしたことがなかったから綾奈は驚いていた。

 でも、驚いたのは一瞬で、それからは俺の肩に自身の顔を預けっぱなしで映画を楽しんでいた。

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