第159話 映画を見終え、ディナーへ

「面白かったね」

 映画が終わり、俺たちは感想を言い合いながら館内を歩いていた。

「確かに。ストーリーもほぼ原作に忠実だったし」

 よく、実写映画にすると原作と話が違うストーリーになる作品も多くあるけど、今回見た映画は原作をリスペクトしているのだろう、オリジナルな展開はないに等しかった。

 主演の二人以外のキャストも実力派な人達ばかりで見応えがあったし、この作品はさらに人気が出るだろう。

 俺は冬休み中にこの原作漫画を全巻買おうと決意した。

 映画館を出ると、冷たい風がビュウッと吹いた。

 時刻を見ると夜の六時をまわっていた。

 すっかり陽は落ちて真っ暗だし、気温が落ちているので、厚着をしていてもやっぱり寒く感じる。

「綾奈、寒くない?」

「少し寒いけど、こうしたら大丈夫」

 そう言って綾奈は、俺の腕に抱きついて身体を密着させてきた。

 そして片方の腕を俺の腕に絡ませて、手を繋ぎ指も絡めてきた。

 手袋をしていない綾奈の手は冷たかった。

「真人君の手、冷たいね」

「綾奈だって」

「でも手の冷たい人は心が温かいって言うし、やっぱり真人君は優しい人だよ」

「それ、聞いたことがあるよ。綾奈も優しいしね」

「私は優しくなんかないよ」

「そうかな?」

 優しくないところが見当たらない俺は、首を傾げて聞き返してしまう。

 綾奈の事が優しくないって言ってしまったら、世の中のほとんどの人が悪人になってしまう。

「私、真人君のことになるとすっごく自己中になっちゃうし、真人君ともっと一緒にいたいって思ってしまって真人君を困らせたことが何度もあるから全然優しくもないし良い子でもないよ」

 ……つまり、綾奈は俺限定で悪い子になってしまう。と?

 俺は頭の中で小悪魔な綾奈を想像してしまう。が、色々と良くない想像をしてしまいそうで、頭を振り、小悪魔な綾奈を頭の中から追い出した。……もったいなくは、思ってないよ。

「でもそれって普通じゃない?」

「え?」

「自分の恋人や好きな人の事になると狭量になるのは当然だと思う。俺だって綾奈ともっと一緒にいたいって思うし、綾奈が他の男と話してるのを見るとやっぱりヤキモチは焼くしさ。だから、綾奈が俺のことで自己中になるのはなんら悪いことじゃないし、そんな風に思ってくれて凄く嬉しいから。綾奈がこれは悪い子って思うなら、変わらずに悪い子でいてほしいな」

 好きな人と一緒にいたい、その人を独り占めしたいと思うのは、至極当然のことだろう。

 それくらいで自分を優しくない悪い子と判断する綾奈が可愛くて愛おしい。

「っ!……もぉ、そんな事言うなんてずるいよぉ」

 綾奈は頬を真っ赤にして照れてしまった。

 行き交う人も、照れた綾奈を見ている。

 男なんかはそんな綾奈を見て頬を赤く染めている奴もいる。その中には彼女とデートをしている人もいて、そんな彼氏に気づいた彼女が彼氏のお腹に思いっきり拳を叩き込むカップルもいた。

 随分武闘派な彼女だ。それを見て、俺の頭の中に千佳さんが思い浮かんでしまう。

 その時、強い追い風が吹いた。

「きゃっ」

 綾奈は俺から手を離し、髪とスカートを手で抑えた。

 綾奈はコートのボタンは閉めてなくて、そのせいでスカートが風で舞い上がり、危うくスカートの中が見えそうになった。

 近くにいた男どもはそれを見て「惜しい」なんて口走っていた。俺も見たことがないのにお前らにそんなラッキースケベなイベントがあってたまるか。

 風が止んで、綾奈はスカートから手を離し、乱れた髪を手で軽く整え直した。

 いつまでもここに留まっていると時間がなくなるし、綾奈の体温も下がってしまうな。

 そう思った俺は、コートのボタンを閉めた綾奈に、自分の片手を差し出した。

 それを見た綾奈は笑顔で俺の手を握り指を絡めてくれた。

 俺は自分のコートのポケットに、自分の手を、握っている綾奈の手ごと入れた。

「っ!」

 突然の事で綾奈は驚き、頬を赤くしていた。

「これだとあったかいでしょ?行こ。綾奈」

「うんっ!」

 こうして俺達は映画館を後にし、アーケード内を歩き出した。


 夕食はこのアーケード内にあるパスタ専門店に入った。

 社会人なら彼女とのデートでオシャレなフレンチレストランや夜景が一望出来る高層階にある高級レストランなんかに行くんだろうけど、俺たちは高校一年生。そんな所に行く財力は無い。

 まぁ、綾奈のクリスマスプレゼントで正直無理をしたから金銭的にかなり厳しい。

 今このデートも母さんと父さんからお年玉を前もって貰っていたため出来たデートだ。

「ごめんね綾奈。もっといい所に連れて行ってあげたかったけど」

「ううん。気にしないで」

 綾奈の優しさが心にしみる。

「ありがとう綾奈」

 俺は口角を上げて綾奈に微笑んだ。

「っ!」

 綾奈は俺のその顔を見て照れたように頬を赤らめ目を逸らした。

「お、お礼を言われる程の事じゃないよ。それに───」

 綾奈は再び俺と目を合わせて、微笑んで続きを口にした。

「真人、君と一緒なら、どこに行っても楽しいし、どんな事でも素敵な思い出になるから」

「綾奈……」

 そう言って目を閉じて微笑んだ。そのあまりの可愛さに、今度は俺が綾奈から目を逸らした。

 ……また、名前と君の間に若干の間があったな。

 もしかしてだけど、綾奈は俺を呼び捨てで呼ぼうとしているのか?

 でも、義務教育の九年間の間に、綾奈が誰かを呼び捨てにしたところなんて見たことがない。ずっと一緒にいた千佳さんにも「ちぃちゃん」って愛称で呼んでるし。

 誰かを、ましてや異性を呼び捨てで呼ぼうとするのは、綾奈にとってどれほどハードルが高いのかは想像出来ない。ただ、ざっくりとめちゃくちゃ高いんだろうなとは想像がつく。

 異性を呼び捨てで呼ぶ事の難しさ、そして必要な勇気を俺は知っている。付き合ってから二週間ほど、俺は綾奈を「さん」付けで呼んでいた。単に俺がヘタレだったから。

 そのハードルを勇気で乗り越えて、綾奈に呼び捨てで呼ばれるかもしれないと思うとたまらなく嬉しいし、特別感がハンパない。

 初めて誰かを呼び捨てで呼ぶかもしれないんだ。特別どころか超特別と言ってもいいだろう。

 俺はその事を綾奈に聞かずに、黙って見守ることにして、目線を綾奈に戻した。

 そんな事を本気で言ってくれる綾奈を心底愛おしく思うし、だからこそもう心配をかけたくない。この後に行く場所でそれを伝えて、綾奈にクリスマスプレゼントを渡す。その瞬間がいよいよ近づいてきたんだと実感すると、凄く緊張してくる。

 この気持ち的に重すぎるプレゼント。それを見た綾奈はどう思うんだろう。普段から「旦那様」って言ってくれてるから、悪い反応はしないはずだ。

 そんな不安を心の片隅で考えながら、俺は綾奈の方を見て言った。

「ありがとう綾奈」

 俺たちはその後もお喋りし、笑いあって楽しいディナータイムを過ごした。

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