第155話 反則を繰り出す二人

 俺たちは今、電車に乗って移動をしているのだが、同じ車両に乗っている人達の視線をビシビシと感じる。主に男の。

 理由は明白で、俺と手を繋いで隣に座っている綾奈を見ているのだ。

 今日この視線を感じるのは、今が初めてではない。

 デートが始まって、移動を開始した時から、男たちが綾奈をチラチラと見ているのはわかっていた。

 今日の綾奈はいつも以上に気合いが入った装いをしているので、そんな可愛すぎる綾奈を見てしまうのは仕方がないが、ちょっと見すぎな気がする。

「……むぅ」

 隣の綾奈から、いつもの不満の声がもれた。やっぱり綾奈もこれだけ視線を感じてたら嫌になるよな。

「綾奈、大丈夫?凄い見られてるけど……」

「うん。それは大丈夫だよ」

 どうやら男共の視線はあまり気にしていないようだ。それなら何故綾奈は不機嫌な声をもらしたのだろうか?

「さっきから周りの女の人が真人君をチラチラ見てきてるから」

「えっ?」

 女の人が、俺を見てる?

 それが本当か確かめる為に、俺は周りに視線をやる。

 すると、確かに俺たちと同年代か、少し年上のお姉さんっぽい人たちが俺をチラチラと見ていた。

 どうやら俺は周りの視線には疎いらしい。北内さんが俺を見ていたのにも全然気づけなかったしな。

 というより、俺なんか見て何が良いんだ?

 そんな事を考えていると、綾奈が俺の腕を掴んで密着してきた。

「あ、綾奈!?」

「真人君は私のだから、今の、いつもよりかっこいい真人君を見てほしくないんだもん」

 そんな事をすると余計に注目を浴びてしまうのでは? という指摘をしそうになったけど、すんでのところでそれを飲み込んだ。

「それを言ったら、俺だってそうさ」

「え?」

「綾奈は俺の彼女だ。俺の為に気合いを入れた服装で来てくれたんだから、それを他の男には見られたくない。綾奈を独り占めしていい男は、俺だけだから」

「あ……あぅ……~~~~っ!」

 綾奈は俺の腕を掴んでいる力はそのままに、耳まで赤くなって俯いてしまった。

「そ、そうだけど……今言うのは反則!」

「えぇ……」

 反則って……どのタイミングで言えばよかったのか。多分いつ言っても反則って言われるんだろうな。

 俺は笑顔で鼻を鳴らし、そして綾奈の耳に顔を近づけた。

「じゃあ、お互いこの姿を見せるのは、二人っきりの時にしよう」

「っ!」

 耳打ちでそう言うと、綾奈は身体をビクッと震わせた。

 そして顔を赤くしながらも、俺の耳に顔を近づけてきた。

「うん。真人君のこと、もっと独り占めさせてね」

 綾奈の言葉に顔が熱くなった。

「…………」

 俺の耳から離れた綾奈の顔を見ると、頬を朱に染め、上目遣いで瞳を潤わせながら見てくる。

 これ、最近わかったんだけど、綾奈がキスをしたい時に見せてくる仕草だ。

 俺もキスはしたい。でも流石にここでは出来ないので、俺はまた綾奈に耳打ちをする為に顔を近づけた。

 ただし、今度は両手で綾奈の耳と俺の口を隠しながら。

「俺もキスしたいけど、今はこれで我慢して」

「へ?」

 そう耳打ちをして、俺は綾奈の耳に自分の唇を押し当てた。

 これは以前、綾奈が電車内で俺にしてくれた事だ。

 今度は俺がそのまま綾奈にお返しをした。

「ひゃう!」

 突然耳にキスをされて、つい大声を出してしまった綾奈は、慌てて自分の口を塞いだ。

 当然ながら周囲の人はその声に反応して俺たちを見た。

「ま、真人君!」

「あはは。綾奈がそれほどのリアクションをするとは思わなかったから……ごめんね」

「……いいよ。許す。……そのかわり───」

 綾奈がまた俺の耳に顔を近づけてきた。


「後でいっぱい、ちゅうしてね」


 その一言で、今度は俺の身体がビクッと跳ねた。

 そんなこと言うのは反則だろう。

 俺もさっき綾奈に反則って言われてるからおあいこかな?

 お互い反則を繰り出した会話をしながら、目的の駅まで綾奈との会話を楽しんだ。

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