第138話 綾奈両親からのお誘い

 カラオケ店を後にした俺たちは、綾奈の家に向かった。

 いつも通り、綾奈を家まで送って行くためなのだが、今日はそれだけではない。

 実は、綾奈のご両親から夕食のご招待があったのだ。

 付き合い始めた翌日、綾奈の家の前で綾奈のお母さんの明奈さんからお誘いは受けていたので、今日お邪魔させていただくかたちとなった。

 前回綾奈の家に行った時は、朝早くだったし、その理由が、俺が綾奈に甘えたかったからというかなり自分勝手な理由からだ。

 あの時は明奈さんは笑顔だったけど、内心では迷惑だったんじゃないかヒヤヒヤだった。後で聞いたら全然そんなことはなく安心したんだけど、今後は早朝や深夜の訪問はやめようと心に誓った。

「えへへ~、真人君と一緒にお夕食~」

 隣の綾奈を見れば、この後の俺が西蓮寺家の夕食にお邪魔するのが余程嬉しいのか、俺と繋いでいる手をブンブンとふって、歌まで歌っている。

 そんな楽しそうな綾奈を見ていると、俺も自然と笑顔になり、緊張もやわらいでいった。

 そんなこんなで綾奈の家に到着した。時刻は午後六時半。ちょうど夕食時だ。

「ただいま~」

 玄関を開けて、大きな声で帰ったことを知らせる綾奈。いつもこんな感じなのかはわからないが、テンションが高い。

 綾奈の声に反応して、リビングの扉が開き、中から明奈さんが出てきた。ロングTシャツにロングスカートといった装いだ。

「おかえり綾奈。真人君も」

 明奈さんは笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

「明奈さん、今日はお招きいただきありがとうございます」

 ここで俺はあることに気がついた。

 せっかく招待してくれたのに、何かお土産を持ってくるべきだったか?

「……それと、手ぶらで来てしまってすみません」

「……え?」

 俺の言葉に、明奈さんはきょとんとしている。「何を言っているのかしらこの子は?」みたいな顔だ。

「いや、せっかく招待していただいたのに、何かお土産を持参したらよかったなと思いまして……」

「……ふふ」

 少しの沈黙の後、明奈さんは破顔して笑い声がもれた。

「え?」

「うふふ。そんなこと気にしなくていいのよ。綾奈はもちろん、私も主人も、真人君とお夕食を食べたくて誘ったんだから。真人君の気遣いは嬉しいけど、その気持ちだけで十分よ。ありがとう真人君」

 そこまで言われては何も言い返せないな。

「わかりました。明奈さん」

「さ、二人とも手を洗っていらっしゃい。ちょうど出来たところだから、早く食べましょ」

「うん。真人君、行こっ!」

「うん。明奈さん、お邪魔します」

「うふふ。真人君、「ただいま」でもいいのよ」

「っ!」

 明奈さんの言葉に驚いてしまった。

 そう言ってくれるってことは、俺と綾奈が将来結婚するのを認めてくれているってこと……なのか?

 冗談で言っている様子でもないので、俺は思い切って言うことにした。

「じ、じゃあ……た、ただいま」

「はい。おかえりなさい真人君」

 明奈さんは、その美しい笑顔で優しくかえしてくれた。

 明奈さん、本当に優しい人だな。

 靴を脱ぎ、来客用のスリッパに履き替えて、綾奈と一緒に手を洗いに行こうとしたが、俺はリビングの前で立ち止まった。

「真人君?」

 立ち止まった俺を綾奈は不思議そうに見ていたけど、手を洗いに行く前に、この家の家主に一言挨拶をしなければと思った。

 リビングの扉を開けると、弘樹さんが既に食卓についていた。

 弘樹さんはリビングの扉が開く音に反応してこちらを見ていた。

「弘樹さん、お邪魔します。今日はお招きいただきありがとうございます」

 俺は弘樹さんにお辞儀をした。

「やぁ、真人君。よく来たね。妻が作った鍋は絶品だから早く手を洗って一緒に食べよう」

「はい」

 今日は鍋を作ってくれたのか。どんな鍋か楽しみだ。

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