第133話 テスト前の金曜日、帰りの電車内にて

 それから二日後の金曜日。

 いよいよ来週月曜日からは期末試験。

 今日も図書室で最終下校時刻までテスト勉強をして、今は帰りの電車に乗ったばかりだ。

 この二週間程でかなり勉強をして、色んな人にわからない箇所を教えてもらい、ひたすら反復練習をして、理解を深めてきた。

 これなら確実に学年順位の自己ベストを更新出来る。

 後はそれを十位以内に持っていくだけだ。

 この土日が勝負なので、どちらもひたすら勉強する予定だ。

 そんな俺の中には、一つだけ気がかりなことがあった。

 それは、一昨日の水曜日の放課後、北内さんに告白された事だ。

 それ自体は解決して、北内さんとは本当に友達になり、休み時間に少しだけだが話もした。

 一哉と健太郎は驚いていた。

 一哉は冗談で「浮気か?」って言っていたからイラッとしてシメた。

 俺が綾奈以外の女子を好きになるわけないだろうことは、あいつもわかりきっているだろうに。

 その綾奈には、北内さんとの件を伝えられていない。

 これ、やっぱり言わないでいたら不誠実だよな?

 俺も言わないとモヤモヤするし、うん。やっぱり綾奈に伝えよう。

 そう決心した時、電車が止まり、ドアが開いた。どうやら高崎高校の最寄り駅に到着したようだ。

 綾奈は今頃は帰ってテスト勉強してるんだろうな、と考えてながら、車両に出入りする人を眺めていた。

「ねぇ、良いじゃん。今度デートしようよ」

 すると、近くから男の声が聞こえてきた。

 どうやら女の子をナンパしているようだ。

 こんな公衆の面前でよく口説くことが出来るな。俺なら絶対無理だ。

 そもそも大好きな彼女がいるのに、他の子をナンパなんて絶対しないのだが。

「だから、私には彼氏がいるので無理ですってば」

 そのナンパに対する女の子の声が聞こえてきた。どうやら相手がしつこいらしく、少し強い口調だ。

 というか、この女の子の声……聞き覚えがありまくるのだが。

 ドアが閉まり、電車が動き出した。

「え~?でも君が彼氏と一緒にいるところは見たことないし、俺とデートしたくなくて嘘をついてるんじゃない?」

「嘘なんてついてません。彼氏がいるのも、あなたと一緒に出かけたくないのも本当です」

 俺は乗客をかけ分け、声がする方へと近づく。

 すると、ナンパされているのはやっぱり綾奈だった。

 何で綾奈がこんな時間に電車に乗っているんだ?

 いや、そんな事を考えるのは後だ。とにかく綾奈を助けないと。

「綾奈!」

 俺は二人の近くまで移動して、綾奈を呼んだ。

「……!」

 綾奈は俺を見ると、大輪の花が咲いたような笑顔を向けて、真っ直ぐ俺の元に駆けてきた。ゆっくりでいいから。電車が揺れて危ないよ。

「真人君!」

 そのまま綾奈は俺に抱きついてきた。

 俺の胸に頬を付けてすりすりしてくる。まるで猫みたいだ。

 俺は綾奈の背中を抱き、頭を撫でながら綾奈をナンパしていた男を睨みつけた。

 その男は若いサラリーマン風な格好で、スーツはちゃんと着ていなく、ネクタイはきっちり閉めてないし、スーツ自体もまあまあくたびれていて、あまり真面目に仕事をしているとは思えない風貌だった。

「俺がこの子の彼氏だ。人の彼女にちょっかいかけてんじゃねぇよ!」

「……ちっ!」

 その男は自分が不利と見るや、舌打ちをして別の車両に逃げていった。

 その様子を見ていた他の乗客から、小さく「おぉ~」という感嘆の声や、小さな拍手が起こっていた。当然の事をしたんだけど、なんか照れるな。

 俺は綾奈と一緒にドア側に移動した。

「綾奈、大丈夫だった?」

「うん。真人君が助けてくれたから」

 綾奈に怪我がなくて一安心だ。

 それにしても気になるのはさっき綾奈をナンパしてきた男だ。まさか社会人が高校生である綾奈に声をかけるとは……。

「綾奈。さっきの男は知り合い?」

「ううん。駅で私を見て、気になったから声をかけたって言われた」

 まぁ、綾奈の可愛さからしたら不思議なことではないんだけど、それでも彼氏がいると言っている女の子をしつこくナンパするのはいただけない。

「そっか。またあんなのが出てくるといけないから、俺から離れないでね」

「……はい♡」

 そう言って綾奈はまた俺の胸に顔を埋めた。

 俺は自然と綾奈の頭に手を置き撫でる。

 いつも思うけど、綾奈の髪は本当にサラサラで凄く撫で心地がいい。

 二つ目の駅を通過して次が降りる駅だ。

 綾奈は俺の胸から顔を離し、頬を赤くして瞳を左右に動かしていて落ち着かない様子だ。

「真人君。耳貸して」

 そんな綾奈からのお願いで、俺は綾奈の顔に耳を近づける。

 綾奈の耳打ちした言葉で俺の顔は一気に熱くなった。

「……ちゅうしたい」

 耳打ちで、綾奈の可愛い声でそんなことを言われて、心臓が跳ねない男はいないだろう。

 もちろん俺も綾奈とキスがしたい。

 抱きしめるのも、キスをするのも先週金曜日以来だ。登校中は頭を撫でるくらいまでの行為しか出来ない。

 テスト明けまでお預けと思っていたところへのこの綾奈からのお願いで、俺の理性の壁は大ダメージを受けた。

 ただ、今は電車の中で、俺たち以外にもたくさんの乗客がいるこの状況でのキスは流石にTPOに反する。今のこの抱きしめている状況もそうではないのかと言われたらノーコメントだ。

 今度は俺が綾奈に耳打ちをして言った。

「俺もしたい。後でね」

 そう優しく言い綾奈を見ると、顔を真っ赤にして目を見開いていた。俺も顔が熱い。

 すると綾奈は、顔を真っ赤にしたまま、また俺の耳に顔を持ってきた。

「はい♡」

 そんな言葉と同時に、綾奈は俺の耳に自分の唇を当ててきた。

「っ!」

 俺はすぐさま綾奈から耳を離した。

 顔が焼けるように熱く、心臓がバクバクしてる。

 そして耳には先程の綾奈の甘い声と、唇の感触が残っている。

 綾奈を見ると、まだ顔は赤く、照れた様子で「えへへ」と笑っている。

 俺は電車から降りてしばらくしても、ドキドキがおさまらなかった。

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