第131話 一人の少女の初恋の終わり

 真人の家を後にした吉岡茉子は、自宅に向けて歩いていた。

 太陽は西に傾き、夕焼けが茉子の影を伸ばしている。

 時折ふく風に、茉子の髪が揺れている。

 だが茉子は気にする様子もなく、ただ俯きながら歩いていた。

「マコちゃーん!」

 後ろで茉子を呼ぶ声がする。先程までお邪魔していた家に住む真人の妹、中筋美奈。

 茉子の親友で学校ではほとんど一緒の時間を共有している。

「はぁ、はぁ、……送ってくよマコちゃん」

「……うん。ありがとうみぃちゃん」

 美奈にお礼を言う茉子。

 しかし、相変わらず顔を俯けて、声も先程までの元気が無かった。

「……」

「……」

 二人は無言で歩く。

「……真人先輩。本当に西蓮寺先輩が大好きなんだね」

 少しして茉子が口を開いた。その言葉は弱々しく、今にも消えてしまいそうなほどだった。

「……うん」

「西蓮寺先輩が羨ましいな。真人先輩に、あんなに愛してもらえて……」

「マコちゃん……」

「先輩を好きになったの、私の方が早かったのにな」

 茉子は、今まで秘めていた真人への想いを呟いた。

「マコちゃん。……ごめんね。私がもっと早くマコちゃんの気持ちに気づいていれば」

 美奈の言葉に茉子はふるふると首を横に振る。

 美奈が茉子の気持ちを知ったのは今日だった。

 今まで親友の美奈にも言わず、一年以上もの間ずっと一人で真人への想いを大きくしていった。

「みぃちゃんのせいじゃないよ。告白する勇気がなかった私のせいだよ。それに、先輩の魅力に気づいているのは私だけって奢りもあったし」

「マコちゃん……」

「そんなことを思って告白しないでいたら、真人先輩はいつの間にか西蓮寺先輩を好きになって、西蓮寺先輩も真人先輩の魅力に気づいて……だから告白を先延ばしにしようとした私のせいだよ」

 真人は去年まで肥満体型で、尚且つ陰キャオタクだった為、ほとんどの女子は真人を恋愛対象として見ていなかった。

 美奈の親友で真人とも交流のあった茉子だからこそ、真人の魅力─優しく誠実で、他人を思いやる心─にいち早く気付き、ずっと真人を慕っていた。

 真人は陰キャ故、あまり自分から人に接する性格ではないから、そんな真人を好きになってしまう人は自分くらいだろう……そう思っていたから、茉子は真人への告白を先延ばしにし続けた。

 その結果、「学校一の美少女」と呼ばれていた西蓮寺綾奈が真人の魅力に気づいて真人を好きになってしまい、また、真人も綾奈に恋をしてしまった。

 高崎高校の文化祭のイベント、大告白祭で、真人が綾奈へ告白しているスピーチももちろん聞いていた。

 ずっと想い続けていた人が自分じゃない人へ本気の告白をしている……。それが茉子にとってどれだけの精神的ダメージになったかは計り知れない。

 だが、茉子はそのスピーチを聞いても気丈に振る舞い、美奈に悟らせないために必死に感情を、そして涙を押し殺した。

 その結果、茉子は帰宅して自室で一晩中泣きじゃくり、翌日学校も休んだ。

「だから、諦めるために真人先輩にわざと西蓮寺先輩の話題を振って、二人がいかに仲がいいか思い知ろうとしたの」

「……私、あれで良かった?」

「うん。ありがとうみぃちゃん。私のわがままに付き合ってもらって」

「わがままなんて……」

 真人と綾奈の仲を、二人がどれだけお互い愛し合っているかを確かめるため、茉子はわざと真人の部屋に行った。勉強を教えてもらうのは、その目的を果たすための方便だ。

 美奈にも、真人と綾奈の仲のいいエピソードを途中で挟み込んで欲しいとお願いをしていた。

「おかげですっきりしたよ。ありがとうみぃちゃん」

 そう言った茉子の表情は、明らかに無理している笑顔だった。

「マコちゃん……」

「っ!」

 美奈は思わず茉子を抱きしめた。

「辛かったら、泣いていいんだよ」

「…………うぅっ、うぇ……!」

 美奈の言葉で、せきを切ったように茉子の目からぼろぼろと涙がこぼれた。

「ぐすっ……うわぁぁぁぁぁん!」

 美奈は、ただ黙って茉子を抱きしめ、茉子の背中をさすっていた。

「真人先輩の、ひぐっ、いちばんになりたかったよーー!」

 真人の知らないところで、真人を密かに想い続けていた少女の初恋は、悲しい結末で幕を閉じた。

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