第123話 綾奈の決意と決断
ゲーセンを後にした俺と綾奈は、程なくして四人と別れて、今は綾奈の家に向かって一緒に歩いていて、いつの間にか人気のない道に来ていた。
こっちからでも綾奈の家に行けるけど、あまり通らない道だ。近くに公園が見えてきた。
楽しい時間ももうすぐ終わり。来週……いや、明日からは学年十位以内を目指してのテスト勉強の毎日が始まると思うと、どうしてもメランコリックになってしまう。
「今日、楽しかったね」
「そうだね」
一部、楽しくないイベントも発生したけど、それを除けば、今日は本当に楽しかった。
そこからはお互い言葉を発することなく歩いていた。
沈黙も全然苦にならないから俺は良いんだけど、綾奈を見ると何か考え込んでいるようだった。
難しい顔して考え込んでると思ったら、目を瞑り、それから「よし」って言って、何かを決意した様子だった。
そして綾奈が口を開いた。
「真人君」
「どうしたの?」
立ち止まり、綾奈は俺の目を真っ直ぐに見つめている。
「私、今度の期末試験で学年一位を目指すよ」
「え?」
さっき綾奈が考えていたのはこの事だったのか。
「真人君が学年十位以内を目指すのに、私だけいつも通りだと不公平だし、だったら私も高い目標にチャレンジしてみようかなって」
綾奈は中学ではほとんど学年一位をキープしていたけど、高校に入ってからは一度も一位を取ったことがないのか?高崎高校は、それほど学力が高いのか。
「綾奈って、高校に入ってからのテストでは最高何位だったの?」
「六位だよ」
マジかよ。あの綾奈が五本の指にも入ってないなんて。高崎のレベルの高さに改めて驚かされた。
「そんなに難しいんだね」
「うん。それに周りは勉強出来る人ばかりだからね。それでね、真人君」
綾奈は続けて何かを言おうとしている。
でも、その表情はどこか辛そうで、何やら苦渋の決断をしたようにも感じられた。
「何?」
「……その、真人君が良かったらなんだけど……」
「うん」
「……テストが終わるまで、真人君と、朝の登校以外では会わないようにしたい」
「……えっ?」
綾奈が何を言ったのか理解出来ず、俺は呆然と聞き返していた。
「こんな事勝手に言っちゃって凄く申し訳ないんだけど、最近は真人君のことばかり考えちゃって、授業にあまり集中出来ていないの。このまま行けば多分順位を凄く落とす事になると思うんだ。だから本気でテスト勉強を頑張りたいから……その、真人君さえ良ければなんだけど、ダメかな?」
綾奈の言葉にショックを受けなかったと言われればもちろん嘘になる。
前回の中間試験の時は、週末に図書館で勉強したし、テスト期間中は毎日綾奈と一緒に帰ったりもした。
今回は綾奈と全く会えないわけではないけど、それでも会える時間は明らかに短くなるだろう。
お互いもの凄く好きあっている自覚があり、今日は口約束だけど婚約もした矢先の綾奈の言葉に、ショックを受けない方がどうかしている。
でも、綾奈だって辛いはずなのに、それだけの決断をしてまで学年一位を目指そうとしているのだ。ここで俺が子供みたいに我儘を言って綾奈を困らせてしまうのはダメだ。
「……わかった」
「ありがとう。真人君」
「いいよ。綾奈の勉強の邪魔になりたくないし」
これは本心だ。
「邪魔なんかじゃないよ!真人君は私にとって不可欠な人だもん」
「俺も一緒だよ。綾奈は俺にとってなくてはならない人だよ」
俺は綾奈の頭を撫でる。
「会わないようにするって言ったけど、偶然見かけたら声かけてね?私も真人君を見かけたら声かけるから」
「もちろん」
テスト期間中に綾奈を見かけても声をかけたらいけないなんて事になったらそれは死よりも辛い。
「真人君」
「ん?」
「私が学年一位をとったら、私のお願いも聞いてくれる?」
俺は昨日、早朝に綾奈の家に行った時に言われた事を思い出した。
『期末試験で、もし真人君が学年で十位以内になったら、真人君のお願いを、何でも一つ聞くよ』
綾奈も今回、本気でテスト勉強を頑張るんだ。それくらいのご褒美はあって然るべきだよな。
「いいよ」
「ありがとう真人君。それから、ごめんね」
「お互い頑張ろうね」
「うん」
俺は近くの公園を見た。
「ねえ、綾奈」
「どうしたの?」
「まだ、一緒にいられる?」
「うん。大丈夫だけど……」
俺は公園を指さした。
「その……テスト勉強頑張る為に、綾奈成分を補充したい」
「う、うん。……私も同じ事考えてた」
どうやら綾奈も同じ気持ちだったみたいで、それが嬉しくもあり、照れくさかった。
俺たちはお互いの親に帰りが少し遅くなることをメッセージで送信し、公園に入り、しばらく二人きりの甘い時間を堪能した。
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