第122話 「未来の俺の奥様」
緊張から一気に解放された。
周りから拍手が聞こえてきた。見てみるとこのゲーセンに来ていた他のお客さんだ。
ほとんどが十代から二十代の男性客で、たまに女子のグループやカップルもいる。俺たちのやり取りを一部始終見ていたと思われる。
まぁ、あれだけ大声で叫んだら嫌でも注目を浴びてしまうよな。
「みんな、店長。ありがとうございました」
「本当に助かったよ。ありがとうございました」
俺と綾奈は五人にお礼を言った。
四人は口々に「いいって」や、「当然の事だから」って言っていて、改めてこの四人の友達に感謝する。
「ところで店長。さっき言っていた店長の相棒って誰のことですか?あの口ぶりからすると、俺たちの知ってる人ですよね?」
さっきの店長の「相棒」という言葉が気になったので聞いてみた。
相棒と呼ぶということは、少なくとも店長と歳が近い存在という事だ。でも、そんな年上の知り合いほとんどいな……あ、まさか。
「もしかして、店長の相棒って……」
「その通り。俺の相棒の名前はショウ……松木翔太だよ」
「えっ!?」
翔太さんの名前が思わぬところから出てきて、一番驚いていた綾奈から驚きの声が出た。
「お義兄さんが、店長さんの相棒?」
「そうだよ西蓮寺さん。俺も昔はかなりヤンチャしててね。その時の相棒が君の義理のお兄さんってわけなんだ」
「そ、そうだったんですね」
店長は「ヤンチャ」って軽く言ってるけど、さっきの中村を睨みつけていた店長は、ヤンチャという言葉で片付けてしまうには無理がある顔をしていた。
恐らくだけど、店長も翔太さんも相当に強くて、当時のその界隈ではかなりの有名人だったのではないだろうか……?
「それにしても綾奈。あんたさっきは大胆だったね~」
千佳さんの言葉で思考が止まる。
千佳さんは綾奈にニヤニヤした表情を向けていた。
「あ、あれは……真人君をバカにされて、つい勢いでキスしたというか……」
綾奈が顔を赤くしてもにょもにょと恥ずかしそうに言っている。可愛いなーもー。
「や、それもあるんだけど」
「?」
「私の未来の旦那様」
「!」
千佳さんの言葉に目を見開き、一気に耳まで真っ赤になる綾奈。
「いや、あの……それは」
「いや~ブチギレてる綾奈にも驚いたけど、あんな大胆発言をあの綾奈がするなんてね~」
「ち、ちぃちゃん!」
からからと笑って言う千佳さんを綾奈が必死に止めようとしているが、千佳さんはそれをことごとくかわしている。
「でもいいんじゃない?二人はいずれそうなるんだろ?」
一哉が言った。
「や、山根君まで!?」
「それとも西蓮寺さんは、勢いで言ってしまっただけで、さっきのは無かったことにするの?」
めっちゃニヤニヤしてるぞこいつ。最近は本当に、綾奈に対して遠慮がなくなってきているな。
「し、しないもん!真人君は絶対に私の旦那様になってもらうもん!」
綾奈の中で、俺が綾奈と結婚することが決定した瞬間だった。
いやまぁ、そもそもそれ以外の選択肢は俺の中にもないわけなんだが。
綾奈が旦那様って言ってくれたし、ここは俺もお返しをしないといけないよな。
そう思った俺は綾奈の頭に手を置き、笑顔で、そして優しい口調で言った。
「これからもよろしくね。未来の俺の奥様」
「…………」
あれ?綾奈がフリーズした。少し驚いた表情でこっちをじっと見ている。
やらかしてしまったと思ったけど、綾奈の顔がみるみる赤くなり、口角が上がっていき、両手を頬に当てた。
「……真人君の奥さん……私が、真人君のお嫁さん……えへっ、えへへ~♡」
この緩みきった顔よ。
俺も勢いとその場の空気で言ったけど、まさかここまでの反応をされるとは思ってなかった。綾奈の可愛さと、さっき言ったことと、綾奈の愛の深さからの照れで顔を右に逸らし、右手の甲で口を隠した。
向いた先に見えた中学生くらいの男子の集団は、綾奈を見て顔を赤くしている。恐らく綾奈の可愛さにやられたんだろう。
こんな可愛い子が俺の未来の嫁なんだぞ。うらやましいだろ~。なんて内心で自慢してみる。
「真人、照れてるね」
俺の表情を見て、健太郎が笑いながら言ってきた。
健太郎がこういうイジりをしてくるのは珍しいな。いつもは一哉の仕事なのに。
「そりゃ、これだけ可愛い反応されて、照れない奴なんていないだろ」
その綾奈の方を見ると、まだ顔を緩ませていた。
それだけでなく、「一緒に食卓を囲んで」とか、「一緒のベッドで真人君の腕枕で寝て~それから……」とか、未来の俺との生活の想像をしていた。綾奈さん、そういうのは二人きりの時にして下さい。
「それにしても綾奈ちゃん、全然帰ってこないね」
茜が綾奈の顔の前で手をひらひらさせているけど、綾奈は一向に妄想の世界から帰還する様子はない。
「ほら綾奈。もう暗くなってきたからそろそろ帰るよ」
千佳さんはそう言うと、綾奈の肩を持って前後に揺らし出した。綾奈の首がぐわんぐわんしている。
「あれ?ちぃちゃん。私、さっきまで大人な真人君に腕枕されてて……」
千佳さんに揺さぶられ、妄想の世界から帰還した綾奈。辺りをキョロキョロしている。
どうやら現実と妄想がごっちゃになっているみたいだ。
「綾奈。もう帰るよ」
俺はそう言って綾奈の手を握った。
「腕枕…………」
いいところで現実に引き戻されたみたいで、綾奈はしょんぼりしていた。
機会があったら現実でも腕枕をしてあげよう。……理性、もつかな?
俺たちは店長に挨拶をして、ゲーセンを後にした。
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