第110話 知らされる旅館での出来事

『はぁ!?あいつそんなこと言ってきたの!?』

 夜、自室で千佳さんと電話で話していた俺は、今日駅に阿島がいた理由を千佳さんに話したら、千佳さんからそんな言葉が返ってきた。驚きながらだいぶ呆れているようだ。

『マジか。あいつアレで諦めてなかったのか……』

「アレって?」

 千佳さんから気になるワードが出てきたので俺は「アレ」について聞いてみた。

『いや阿島の奴、全国大会の時に泊まった旅館で女子の部屋に来てね』

「うんうん」

『その時に綾奈を翌日の自由行動に誘ったんだよ』

「そうだったの!?」

 その話は初耳だ。

 俺が風邪で弱っている中、東京ではそんな事が起こっていたのか。

 ただ阿島は、ちゃんと真っ向から勝負していた事がわかったので、卑怯者と思うのはやめよう。

『うん。もちろん綾奈は真人がいるから断ったんだけど、阿島はそれでも食い下がってきてね』

「で、どうなったの?」

 結果は見えている内容だけど、やっぱり気になる内容なので千佳さんの言葉を待つ間はドキドキする。

『そしたら阿島は、「彼氏に言わなければ良い」とか、「彼氏の事は忘れて一緒に自由行動を楽しもう」とか言ってて、それ聞いて呆れたしちょっと痛々しかったね』

 マジか、阿島はそんな事を言ってしつこく食い下がってきたのか。

 阿島の綾奈に対する想いは本物と認めるけど、彼氏がいるとわかった時点で諦めるだろ普通。

「それを聞いて綾奈は?」

『阿島に対して何かを言おうとしてたんだけど、そこへあたしが事前に呼んでおいた麻里奈さんが登場して事態をおさめたんだよ』

「なるほど。さすが麻里奈さん」

『阿島に対して何か言おうとしていた綾奈の顔は、あたしは綾奈の後ろから見てたからわからなかったけど、麻里奈さんが言うには凄く怒ってたっぽいよ』

「え!?」

 あの綾奈が怒る!?

 普段穏やかで、女神のように優しい綾奈が怒るなんてよっぽどの事だぞ。

『あの時真人の存在を軽んじられたのがよっぽど腹立たしかったんだろうね。あたしも健太郎のこと、そんな風に言われたらその瞬間に手が出るだろうし』

「あはは……」

 千佳さんの言葉に思わず苦笑いをしてしまう。

 千佳さんなら本当に手を出して相手をボコるだろうな。

『まぁ、その時の真人の判断は正解だよ。他の奴がどうこう言おうと、あんた達には関係ないし、言いたいやつには言わせておけばいいんだよ。当人同士が好き合ってるのに外野がギャーギャー騒ぐのはお門違いだと気づかない奴らの戯言ざれごとなんだから』

 千佳さんの言う通り、俺と綾奈は好き合っている。最初はそれを不安に感じる事もあったけど、今は疑いようのない事実だ。

 俺たちが好きで付き合ってるのに口を挟まないでほしい。影で言うのは勝手だけどね。

「ありがとう千佳さん。もちろんそんな言葉には屈さないよ。そんな事を真に受けてたら綾奈に申し訳ないしね」

『あんたはあの綾奈が選んだ男なんだ。もっと胸張って堂々としときなよ』

「わかった。マジでありがとう千佳さん。自信ついたよ」

『良いって良いって。じゃあそろそろ切るね』

「うん。おやすみ千佳さん。また明日ね」

『はいはーい。また明日。おやすみ~』

 そう言って電話を切った。

 やっぱり綾奈の親友の千佳さんに言われると言葉の重みが違うな。

 うん。他の奴らは関係ない。

 誰に何を言われようとすました顔で堂々と綾奈の隣に立っていよう。

 しかし、あの綾奈がキレるなんて。

 そんな姿見たことがないから想像出来ない。

 でも、阿島の言葉でキレるほど、俺は綾奈に想われているんだな。

 そう思うと俺の心は高揚し、口角も上がっていた。

 無性に綾奈の声が聞きたくなったので、千佳さんとの通話が終了してベッドに放っていたスマホを手に取り、俺は綾奈に電話をかけた。

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