第109話 二人の仲

 時刻は夕方六時半。

 夕方といっても十一月中旬のこの時間の空は既に真っ暗になっていた。

 俺は駅の出入口付近に立って、綾奈達が出てくるのを待っている。ちなみに俺がここにいることは綾奈には伝えていない。

 一方の阿島は、俺から少し離れたところに立っていて、そこから様子を見てもらうことにした。

「おっ!」

 少しして、綾奈と千佳さんが駅から出てきた。歩くランドマークの異名──俺が勝手に言っているだけ──を持つ千佳さんを見つけるのは容易だ。

「真人君!」

 俺を見つけた綾奈は、とてとてと俺に向かって走ってきて、そのまま俺に抱きついてきた。阿島や周囲の人達の目を気にしていない。

 綾奈、俺の胸に頬を擦り付けているけど、通行人がけっこういるからね? 皆さんもれなく俺たちを見てるからね!?

 予想以上に阿島に見せつける形となってしまったが、公衆の面前でここまで甘えてこられると嬉しさより恥ずかしさが勝る。

 ここでそのことを綾奈に言うと、綾奈はきっと羞恥で顔を真っ赤にするだろう。

 彼女に恥ずかしい思いをさせるくらいなら堂々とイチャついていた方がいいと判断した俺は、恥ずかしさを押し殺すことに決めた。

「おかえり綾奈」

 そう言って俺は綾奈の頭を優しく撫でる。

「えへへ~♪ ただいま、真人君」

 綾奈はふにゃふにゃした笑みを浮かべた。この笑顔を見るだけで今日の疲れが吹き飛ぶし、さっきの阿島との会話でイラついていた心も浄化される。

「うん。千佳さんもお疲れ様」

 綾奈の頭を撫でながら、ゆっくり歩いてきた千佳さんにも挨拶をした。

「ありがと真人。てか、なんであんたがこんな時間にこんな所にいるのさ?」

「言われてみれば……真人君、部活ないはずだし」

 普段綾奈の部活がある日は一人で帰っているので、やっぱり不思議がられるよな。

「たまたまこの辺に用があって、ちょっと前に片付いたから二人を出迎えたわけ」

 嘘は言っていない。

「そうなんだ。お疲れ様、真人君」

 今度は綾奈が俺の頭を優しく撫でてきた。

「ありがとう綾奈」

「……用事、ねぇ」

 一方の千佳さんは何やら含みのある返しをして、辺りを見渡している。

 阿島がいる方を見ると、千佳さんは阿島を見つけたらしく、しばらくその方向を見ていた。

「……そういうこと」

 千佳さんはそうつぶやくと、俺の顔を見てきたので、俺はそれに頷いた。

 千佳さんは呆れたように嘆息した。

「じゃあ綾奈、あたしは先に帰るね」

「うん。ちぃちゃんまた明日ね」

「また明日ね千佳さん」

 千佳さんはそのまま帰っていき、俺たちは千佳さんが見えなくなるまで見送った。ちなみにまだ綾奈は抱きついたままだ。

 千佳さんが見えなくなったところで、ふと阿島がいた所を見ると、暗くてはっきりとはわからなかったけど、苦虫を噛み潰したような表情をしていたが、すぐに深呼吸をして真面目な顔になり、コクっと微かに頷いて去っていった。

 これで諦めてくれるといいのだが。

 綾奈の方を見ると、いつの間にか抱きつくのはやめていて、俺の顔をじっと見ていた。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ」

 俺たちは笑いあって、手を繋いだ。

「俺たちも行こっか」

「うん!」

 こうして俺はいつものように手を繋ぎ綾奈を家まで送って、いつものように家の前で抱きしめながら頭を撫でて、そして定番になりつつあるキスをして自宅に戻った。

 その道中にスマホを見ると、一件のメッセージが入っていて、確認すると差出人は千佳さんだった。

【なんであそこに阿島がいたのか、教えてもらうよ】

 そんなメッセージの後に、「詳しく」の文字と顔がドアップで圧がすごいキツネのスタンプが送られていた。

 俺は【わかった。後で電話するよ】と、そして「後でね」の文字と一緒になっている犬のスタンプで返した。

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