第106話 綾奈を想う後輩

「俺の彼女になにか用でもあるのか?」

「え?」

「あっ!」

 男子生徒はすぐさま後ろを振り向きびっくりした表情で俺を見てきた。ふむ、顔はまあまあのイケメンだが、健太郎の方が数段イケメンだ。

「真人君!」

 そして綾奈は俺の姿を認識すると、困惑した表情から一変、パッと大輪の花が咲いたような笑顔になり、男子生徒の隙をついて、とてとてと俺のそばにやってきた。

「この人が、さっき先輩が言っていた彼氏さんですか?」

「そうだよ。私の彼氏の中筋真人君、君の先輩でもあるんだよ」

 男子生徒は落ち込んだ表情で綾奈に俺のことを聞いて、綾奈は自慢げに俺を紹介した。嬉しいけど気恥しい。

 そして男子生徒は視線を綾奈から俺に移し、俺をじっと見つめた。高崎高校の校門で綾奈と千佳さんのクラスメイト二人がしていた視線と同じだ。

 まさか一日に三人に品定めされるような視線を向けられるとは思ってなかった。

「そうですか……えっと、中筋先輩。突然彼女である西蓮寺先輩に声をかけてすみませんでした。西蓮寺先輩もごめんなさい」

 あれ?意外にあっさりと謝ってきたな。もっとオラついてくると思っていたからちょっと拍子抜けだ。

「いや、いいんだよ」

 俺もこれ以上事を荒げるようなマネはしたくないので矛を収めた。

「私ももう気にしてないよ。受験勉強頑張ってね」

「は、はい!」

 綾奈に笑顔でエールを送られて男子生徒の表情も晴れる。現金なヤツだと思わなくはないけど、あんな笑顔で応援されると誰もが元気になるよな。

「あ、受験生だったんだ」

「はい。高崎高校を受ける予定です」

 高崎高校はここら辺の高校ではトップクラスの難関校だ。受験本番までもう何ヶ月もないのに、マンガを買おうとして大丈夫なのか?

 いや、参考書を買いに来て偶然綾奈を見つけて声をかけたのかもしれないし、受験生と言えど気分転換は必要だから、心の中とはいえ、頭ごなしに受験生の娯楽を否定するのは良くないな。

「そっか。大変だろうけど頑張って」

「あ、ありがとうございます。それで、あの……中筋先輩」

 男子生徒は俺に礼を言ったあと、少し気まずそうに俺の名を呼んだ。

 あれ?彼は俺にも用があるみたいだ。もう特に話すことはないと思ったけど、どうしたんだろう?

「なに?」

「……怒らないんですか?」

「え?」

「だって、西蓮寺先輩をナンパしたのは事実なのに、中筋先輩は最初こそ少し怒っているみたいでしたけど、今は違って見えたから……」

 まぁ、俺だって彼の態度が悪かったら今も機嫌が悪くなっていたかもしれない……でも。

「確かに、ナンパを見た時は少しムッとしたけど、君はもう反省しているみたいだったから」

「あ……」

「君は、俺や綾奈が中学にいる時から綾奈が好きだったんだろ?」

「はい。西蓮寺先輩が中学を卒業されるまで、休み時間や学校行事で見かける度、可愛いと、声をかけてみたいと思っていたんです。それで、ここで先輩を見つけて、思い切って声をかけたんです」

 その気持ちは痛いほどわかる。俺だって綾奈を好きになってからは彼と同じように、話しかけようかと何回思ったかわからない。しかもクラスが一緒だったから、彼よりもその気持ちは強かったと思う。

「彼氏がいるとは思ってなくて、実際に俺が現れて困惑したけど今は反省している……って感じかな?」

「はい……本当にすみません」

「本気で悪いと思っている相手をこれ以上責めたりはしないよ。だからもう気にしないでいい」

 反省している相手を頭ごなしに責めても気分が悪いし、考えすぎかもしれないけど、もし俺がキツい言葉を浴びせて、それがきっかけで受験が上手くいかなかったらと考えると……やっぱり俺には責めることは出来ない。

 俺の判断を、綾奈は目を細めて微笑んで見ていた。

 俺はドキッとしながら綾奈に微笑み返すと、綾奈はびっくりして頬を赤らめて下を向いてしまった。その仕草と、やっぱり俺のこと好きすぎだろと思うとさらにドキドキする。

「あの、西蓮寺先輩」

「へっ!? ど、どうしたの?」

 照れて下を向いていたから、突然声をかけられて驚いているようだ。そんな綾奈もやっぱり可愛い。

 そしてこの後輩も同じことを思ったのか、彼の頬も少し赤かった。

「俺が高崎高校に入ったら、たまに先輩に声をかけてもいいですか?」

「もちろん。あなたの気持ちには応えられないけど、それでもいいならいつでも声をかけて来てね」

「っ!」

 まさか綾奈がOKを出すとは思っていなかったんだろう、その男子生徒は大層驚いていた。頬がさらに赤く、そして息を飲んだのは綾奈の笑顔を見たからだろうな。

「あ、ありがとうございます!おかげで受験、頑張れそうです!」

 男子生徒は勢いよく頭を下げて綾奈にお礼を言った。

 その勢いに押されたのか、綾奈は苦笑いをしていた。彼の気持ちはわかるけどテンションが高いよな。それにこの礼儀正しさ、なにか運動部に所属していたのかもしれないな。

「じゃあ、これ以上二人の邪魔をしたくないので、これで失礼します」

「うん。来年、高崎高校で待ってるね」

 ……綾奈さん。それ、彼氏がいなかったら絶対誤解されるセリフだからね。

「はい!頑張って合格してみせます」

 だが、さっきのセリフで彼のやる気に火がついたようだから良しとしとこう。

「では西蓮寺先輩。来年、高崎高校で。中筋先輩も機会があればまた」

「「うん。また(ね)」」

 一礼して去っていく後輩の背中を、俺たちは手を振りながら見ていた。

「……綾奈」

 男子生徒が見えなくなったあと、俺はジト目になり綾奈を見た。

「あ、あはは……ごめんね真人君。さっき気をつけてって言われたばかりなのに」

 どうやら綾奈は俺の言わんとしていることを理解したようで、苦笑いで謝ってきた。

 まさかあれから十分もしないうちにナンパに出くわすのは予想出来なかった。

 今回は相手が良い奴だったから被害はなかったけど、これがもし中村みたいな奴だったらと思うと……。

「っ!」

 そう考えると寒気が走った。

「もう大丈夫だと思うから。さ、また別々に本を見て回ろう」

 綾奈は一人で先に進もうと歩き出し、俺もそれについていく感じで足を動かした。

「嫌でーす。今日はもう綾奈を家に送り届けるまで絶対離れませーん」

 俺はわざと不機嫌な感じを装いながら言った。

 もちろん実際には怒ってなくて、ただ純粋に綾奈が心配なのと、綾奈と一緒にいたかったからだ。

「ふふっ、うん。じゃあ一緒に回ろ!」

 綾奈も俺が本当に不機嫌なっているとは思ってなく、俺の態度に微笑み、それから手を繋いできた。

 それからマンガの新刊コーナーに移動し、俺は美奈が読みたがっていたマンガを手に取ったのだが、なんと綾奈も俺と同じマンガを手に取った。

 理由を聞くと、俺が読んでいるマンガだと知り、自分も読み始めたら予想以上にハマって新刊が出るのを楽しみにしていたらしい。

 この作品のファンが増えるのは嬉しいが、綾奈の理由が可愛すぎて照れてしまい、それを見た綾奈が「真人君かわいい」と言ってきた。

 なんか、俺が照れたらかわいいって言うの、パターン化されてないか?と思わなくもないんだけど、あえてツッコミを入れないようにして、それぞれ本を購入し帰路に着いた。

 そして綾奈を無事に家に送り届け、俺たちは綾奈の家の前でいつものようにハグやキスをして、俺も自分の家に向かって歩き出した。

 今回綾奈をナンパしてきた奴はたまたまいい奴だったので実害はなかったが、それでも綾奈に彼氏がいるのを知らずにナンパしてくる奴はこれからも出てくるだろう。

 綾奈もただ黙って俺の助けを待つような弱い女の子じゃ決してないけど、それでももしもの時は俺が綾奈を守っていかないとな。

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