第103話 初デートを振り返る
駅から移動して数分。
俺たちは手を繋いだまま、書店へ向かうためまずはアーケードを目指していた。
辺りは既に夕焼けに包まれていて、俺たち以外の通行人のかすかに聞こえる話し声や、すれ違う車の音が聞こえてくる。本当にゆったりとした時間だ。
そして俺の隣には最愛の彼女、綾奈がいて、その表情は俺と同じで楽しそうで、手をしっかり握って恋人繋ぎをしている。
幸せな時間がゆっくりと過ぎていく感覚になる。本当に心地いい。
それにこうして歩いていると、二ヶ月ほど前、俺と綾奈が初めて一緒に下校した時の事を思い出すな。
その前日の二学期始業式後の放課後、突如千佳さんに連れられて入ったファミレスに綾奈もいて、綾奈のボディーガードとして一緒に下校する事をお願いされた。
そしてその翌日、早速一緒に下校する事になり、そこで寄ったのが今向かっている本屋だった。
約一年前、中学三年の二学期に綾奈に惚れて、中学卒業と共に綾奈との繋がりは絶たれたと思っていたのに、ボディーガードと称して一緒に下校する事になり、その綾奈と今こうして付き合っているなんて、一年前の俺に教えても絶対に信じてくれないだろうな。
「こうして歩いていると、少し前の事を思い出すよね」
どうやら綾奈も以前の事を思い出していたようだ。
「そうだね」
「真人君も、同じように思い出していたの?」
「うん。こうして本屋に向けて歩いていると、やっぱりね」
それから綾奈は立ち止まってから目を閉じ、まぶたの裏に焼き付いている光景を見ているかのように、穏やかな表情を浮かべて語り出す。
「初めて真人君と一緒に下校して、今と同じように本屋さんに向かっている時は本当に緊張したなぁ」
綾奈が目を開けたので、移動を再開する。
「それは俺だって同じだよ。めっちゃ緊張したし会話も途切れないようにしないとって思って必死だったよ」
あの時は綾奈が話題を振ってくれたから良かったけど、綾奈と二人きりになってから自分の会話の引き出しを全部開けて、その中から良さそうな話題を探すのに必死になっていただろうな。
「そういえば、確か真人君はこの辺りで謝ってたよね?」
「それは……あの時、綾奈は俺が無害そうだからボディーガードを指名したとばかり思ってて、下心を見せてしまって、それで焦って謝ったんだよ」
俺が綾奈と一緒に帰れることが嬉しいと綾奈にバレて、綾奈が俺を拒絶してボディーガードを初日でクビになる場面も想像してしまった。あの時は本当に焦った。
「あの時はお互い好きって気持ちは隠していたのもあるけど、気づいてなかったもんね」
そう。まさかあの綾奈が俺のことが好きなんて、告白される前まで絶対にありえないと思っていた。
「あの時の真人君の言葉、本当に嬉しかったよ」
綾奈はあの時の俺の言葉を思い出しているんだろう、俺と手を繋いでいない方の手を自分の胸に持っていき、目に見えない宝物を見ているような、そんな優しい顔をしている。
「それを言うなら俺だってそうさ。綾奈がずっと俺と喋ってみたかったなんて想像すらしていなかったから……あの時の嬉しさとドキドキは今でも覚えてるよ」
それからも俺たちは笑顔で思い出話に花を咲かせる。
「それにしても、俺たちはあの頃から随分変わったよね」
本当に変わった。それはもう色々と。
「そうだね。私たち、今はこうしてお付き合いをしているし」
「あの時は少し距離が開いていたけど、今は手を繋いで距離はゼロセンチだし」
「お互い呼び方も変わったよね。以前は苗字で呼んでたのに今はお互い名前で呼びあってるし」
「最初は緊張していたのに、今は綾奈の隣がどこよりも落ち着くし」
「あぅ……そ、それは私も。真人君の隣は何よりも落ち着くし心地いいよ」
そう言うと綾奈は、照れながらも俺の二の腕辺りに自分の頭をくっつけてきた。少し身長差があるので、立ったままでは肩に乗せることは出来ない。
その仕草に俺の心臓は早鐘を打っている。
綾奈の隣はどこよりも落ち着く。それは本心なんだけど、その状況は……落ち着かないな。
「で、でもやっぱり、一番変わったのは……」
「うん。やっぱり一番は……」
綾奈も一番変わったものがあるようで、その口ぶりからすると、もしかしたら俺と同じことを思っているのかもしれない。
「……一緒に言う?」
「いいよ」
同時に言うのを了承してくれた綾奈。
俺たちはまた歩みを止めてお互いの顔を見る。
「「せーの」」
その合図の後に、俺たちは同時に声を出した。
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