第104話 変わらないけど変わったもの
「綾奈を好きな気持ち」
「真人君を想う気持ち」
俺たちの答えは、言葉こそ若干違うものの、その本質は全く同じだった。そのことにお互い笑い合った。
そして、言葉だけ聞けば全く変わっていないように思えるが、そうじゃない。変わったものと言うには少しだけ語弊がある。
正確には、変わらないけど変わったものだ。
「綾奈を好きって気持ちは変わらないけど、その大きさは前とは比べ物にならないくらい大きくなってる」
「私も、真人君が好きって気持ちが今もどんどん大きくなっていって止められないの」
綾奈も同じ気持ちでいてくれているのが何よりも嬉しい。
夕日に照らされている綾奈の微笑みは、どんな綺麗な景色や芸術品なんかより、美しく、尊いものだった。
これからも、この笑顔を守っていかないとな。
「こうして同じことを一緒に声に出して言うのって、連絡先を交換した時を思い出すね」
「あぁ、確かに」
綾奈の言葉に、俺はその時のことを思い出して目を細めた。
これも初めて一緒に下校した日、駅構内で連絡先を交換したんだけど、その時同時に「あのっ!」って言ってしまい、それから「中筋君から……」や「いや、西蓮寺さんから……」って、お互い譲り合いの精神が発動してしまって、一向に話が進まないのを見かねた千佳さんが同時に言うのを提案してくれた。あの時千佳さんがいてくれなかったら、あのコントみたいなやり取りは永遠に続いていただろうな。
てか、名前で呼ぶのが当たり前になりすぎて、苗字で呼ぶのが逆に気恥しいな。苗字で呼ぶことは多分もうないだろう。呼んだら呼んだで綾奈がしょんぼりしてしまうだろうし。
逆に綾奈に苗字で呼ばれたら俺はショックで何日か立ち直れないかもしれない。
「……連絡先を交換したあと、ちぃちゃんに少し離れた所に連れて行かれてなにかお話してたよね?その時真人君はちぃちゃんの胸を見てて……むぅ」
「いや、あれは不可抗力というか、男には抗えないというか……で、でも、すぐに目を瞑ったから見たのはほんの少しだよ!」
あの時は、なんで綾奈が不機嫌になったのかわからなかったが、俺が好きで、ナイショの話をする為とはいえ千佳さんが俺に密着する形になり、デレデレしてしまったと勘違いされたのが原因だ。本当にデレデレはしていない。ちょっと……いや、けっこうドキドキしただけだ。
俺と千佳さんが何もないとわかっていても、やっぱり好きな人のあんな光景は見たくないよな。逆の立場だったら俺も嫉妬すると思う。
「……ごめん」
「謝らないでいいよ。あの時は少し嫉妬しちゃって、ちぃちゃんがちょっと羨ましいって思っちゃったけど、真人君とちぃちゃんの間には何もないってわかってるから」
「もちろん何もないし、何かあるところを想像出来ない」
俺は元から綾奈だけが好きだったので、千佳さんに恋愛感情を抱いたことはもちろんない。
「ねぇ、真人君」
やっぱり俺は綾奈だけだなぁ、と思っていたら綾奈が再び立ち止まって俺を呼んだ。
「どうしたの綾奈?」
綾奈を見ると、上目遣いで俺を見ながらもじもじしていた。顔が赤いのは夕焼けに照らせれているからではないだろう。
少し強い風が吹いて、綾奈の肩にかかりそうな長さの美しい黒のボブヘアが揺れる。
風で少し顔にかかった髪を、綾奈は手で耳にかけて言った。
「……真人君のこと、もっと好きになっていい?」
「いいよ」
綾奈の予想外の言葉、予想以上の可愛い言葉に即答しながらも、俺の心臓はドキドキして顔も熱く、多分赤くなっているんだろうけど夕焼けで誤魔化せるかな?
「ふぇ!?」
即答されるとは思っていなかったのか、綾奈は目を見開いて驚いていた。そして夕焼けでは誤魔化せないほど頬が赤い。
「そんなの確認取らなくていいよ。その、自分で言うのは少し恥ずかしいけど、俺を好きになるのに遠慮なんて必要ないよ。綾奈にはもっと俺を好きになってほしいし、綾奈の愛がどんなに大きくても俺はそれを全部受け止めるから」
俺は真っ直ぐ綾奈の目を見て言った。うん、けっこう恥ずかしいな。
でも、綾奈も恥ずかしいと思いながらもこうやって言葉にしたんだ。俺もそれに言葉で、本心で応えなきゃって思った。
普段の俺なら照れて顔を逸らし口を右手の甲で隠すだろうけど、この時ばかりは綾奈の目を見て言った。
綾奈は頬は赤いまま、ぽかんとした表情で俺の言葉を聞き、それを理解した綾奈の顔はみるみるうちに喜びの色を強くしていった。
「ありがとう真人君。大好き!」
綾奈は俺と手を繋いでいる方の手に少し力を込め、もう片方の手で俺の腕に抱きついてきた。
「俺も大好きだよ」
綾奈の気持ちに俺も本心で返した。
無性に綾奈の頭を撫でたくなったが、ちらほらと通行人もいるし、車も行き交っているからさすがにこれ以上注目を浴びるとさらに恥ずかしくなってしまう。なので俺は別れ際まで我慢することにした。
俺たちはそれからも、書店までの道のりをゆっくりと、そして隣に愛する人がいる幸せを噛みしめながら歩いた。
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