第95話 お家デートから一夜明け……

 綾奈とお家デートをした翌日の火曜日。

 体調が全快した俺は、普段通りに家を出た。

 綾奈と千佳さんとの待ち合わせ場所のT地路に向かう道中、俺は昨日、綾奈が家に来た時のことを思い出していた。

 本当に楽しく、幸せな時間だった。

 それでいて、忘れられない日にもなった。

 俺が綾奈を呼び捨てで呼び、そして綾奈と初めてキスをした、記念日になった。

 呼び捨てにするのをさんざん待たせてしまったから、「遅いよぉ」って言って少しだけ頬をふくらませるリアクションも予想したけど、まさか泣かれるとは思わなかった。

 あの泣いた時の綾奈の顔は、不謹慎かもしれないけど、とても綺麗でドキドキした。

 綾奈の表情はどんなものでも全て好きなのだが、今まで俺は、大切な彼女の泣いている顔は見たくないと思っていた。けど俺の一言で嬉し涙を流してくれた綾奈はまた見たいと、そう思ってしまった。

 まぁ、嬉し涙なんてそうそう流せるものでもないから、次見るとしたら……プ、プロポーズした時……とか、かな?

 自分で考えて顔がすごく熱くなる。

 俺達はまだ高校一年生。そして俺と綾奈はまだ今年度の誕生日を迎えていないので、どんなに早くプロポーズしたとしても三年以上先になる。

 綾奈は何があっても俺から離れないと言ってくれたから、その未来はほぼ確約されているが、俺も綾奈の言葉にただあぐらをかくような事は絶対にしない。

 もっともっと努力して、綾奈をしっかりと支えられるような男に、綾奈の隣に並んでも綾奈が笑われないような男になり、それを維持する。

 とりあえず、前みたいな怠惰な生活に戻らないようにしないとな。

「まさとくーん!」

 前方から俺の名を呼ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。

 見ると、そこには笑顔で大きく手を振る愛しの彼女の綾奈と、その綾奈の親友のギャル、千佳さんがいた。

 考え事して歩いていたら、いつの間にか待ち合わせ場所のT地路に着いたようだ。

 俺は駆け足で二人のそばまで行くと、二人に挨拶をした。

「おはよう綾奈、千佳さん」

「おはよう真人君」

 そう言って、綾奈はそばに来た俺の手をすぐさま握り、指を絡めてきた。その行動に俺はドキドキしながら、同時に幸せも感じていた。

「おはよ真人。体調もすっかり元通りじゃん」

 千佳さんも俺に笑顔で挨拶をしてくれ、俺の体調が良くなったことを喜んでくれていた。本当、友達思いだよな千佳さん。

「おかげさまでね。それから心配かけてごめん」

「何言ってんのさ、友達なんだから心配するのは当たり前じゃん。綾奈の愛のこもった看病のおかげだねぇ」

 千佳さんはからからと笑ったあとに、綾奈と俺を交互に見てにやにやしている。

 俺は苦笑しながら、そして綾奈は頬を赤くしながら千佳さんを見て、俺たちは駅へ向けて歩き出した。


「真人、綾奈を呼び捨てにするようになったんだね」

 やっぱりそこはつっこんでくるよな。

 昨日は家族以外なら綾奈としか会ってないし、昨日のグループチャットでのやり取りも「綾奈さん」って打ってたから昨日の今日での呼び方の変化を気にしない方が無理というものだよな。

「まぁ、俺がヘタレなせいで随分と待たせてしまったからね」

「本当だよ」

 千佳さんが間髪入れずにツッコミを入れてきた。くそっ、反論出来ない。

「ちぃちゃん、真人君が困ってるから」

 俺が苦笑を浮かべつつ内心でぐぬぬっていると綾奈が助けてくれた。やっぱり綾奈は優しいな。

「で?綾奈、昨日は真人の部屋で何をしてたの?」

「へっ!?」

 千佳さん、今度は綾奈にターゲットを変更したようだ。昨日俺達が何をしていたのか洗いざらい吐かせるつもりか? 刑事かなにかかよ?

「だ、だから真人君の部屋でゲームしてただけだよ!」

 綾奈のこの口ぶりからして、どうやら昨日も千佳さんに昨日のことを聞かれたようだ。

 まぁ、親友が彼氏の家で何をしたのかは気になるのも仕方ないのかな?

 だが、そう言う綾奈の顔は真っ赤になっているので、綾奈の言葉が嘘というのが見て取れる。

「あはは、そういうことにしといてあげるよ。ごめんね綾奈」

「もぉ……」

 千佳さんの質問は他人事ではないのだけど、この親友二人のやり取りを見て、相変わらず仲がいいなと思い、口角を上げた。

 それから、俺達が歩道橋に差し掛かると、綾奈のおばあさんである幸ばぁちゃんこと新田幸子さんに会ったので、三人で朝の挨拶をしてそのまま駅に向かい電車に乗った。

 綾奈達の通う高崎高校は、地元の駅から二駅、そして俺の通う風見高校は三駅先なので、綾奈達の方が先に降りるのだが、今日は高崎の最寄り駅に着いても綾奈は俺の手を離さず、俺が離そうとしても、それを拒否し、扉が閉まる前まで俺達は手を握っていた。離した時は悲しそうな表情をしていた綾奈だけど、俺が頭を撫でたら照れてふにゃっとした笑みを見せてくれた。それを見た千佳さんはやれやれといった感じで苦笑していた。

 綾奈と離れたくないのは俺も一緒なんだけど、もし風見高校の最寄り駅が高崎のそれより先にあったら、俺は綾奈の手を離せていただろうか……昨日のお家デートは、色んな意味で特別なものだったから、愛しさがいつもより溢れたこの状態では、乗り過ごし遅刻する選択をしたかもしれないな。

 そんな事を考えながら、俺は電車に揺られていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る