第92話 美奈を迎えに
それからしばらく綾奈の膝枕を堪能していた俺は、ふと妹の美奈の事が頭に浮かんだ。
時刻はもうすぐ夕方の六時になり、辺りはすっかり暗くなっていた。
「そういえば、美奈のやつ遅いな」
隣の部屋から物音が聞こえないことから、恐らく美奈はまだ帰ってきていない。部活にも入っていないし、一体どこをほっつき歩いているんだ?
そんなことを考えていると、綾奈の口から「もしかして……」という声が聞こえた。
美奈の帰りが遅い理由に心当たりがあるんだろうか?
俺は何か知ってるのではないかと思い、綾奈に聞いてみた。
「美奈の帰りが遅い理由知ってる?」
「えっ!?いや、その……な、何だろうね」
明らかに狼狽えている。それで誤魔化せるほど俺も単純ではない。
「本当に?」
「う……うぅ~」
綾奈が唸っている。
これはもう理由を知っていると言っているようなものだけど、綾奈は何故かその理由を言おうとはしない。
「別に怒ったりしないから。何か知ってるなら教えてほしいな」
俺は笑顔と優しい口調、そして綾奈の頭を撫でながら言った。
すると綾奈は美奈の帰りが遅い理由を語ってくれた。
「き、昨日この家を出る時、美奈ちゃんに「私がいる間は真人君の部屋に絶対に入って来ないでね」って言いました」
「あ~なるほどね」
それで美奈は寄り道でもして時間を潰してるって訳か。
これは、綾奈の言い分も理解出来る。
俺も綾奈と二人きりの時間は、出来たら誰にも邪魔されたくない。
でも、いくら美奈が気をつかってくれたとはいえ、中学二年生の女の子を暗くなるまで寄り道させてしまうのはやっぱり申し訳ない。
この解決策は、今後検討しないといけないな。
そんな事を考えていると、俺のスマホが震えた。どうやらメッセージが来たようだ。
俺はスマホを手に取り、メッセージアプリを起動すると、送り主は美奈で、俺はそのメッセージを確認する。
「綾奈」
「なに?」
綾奈はまだ申し訳なさそうな顔をしていた。
「美奈、あのアーケードに行ってて今から帰るってさ」
そう言って俺は、美奈からのメッセージが表示された画面を綾奈に見せた。
しかし、俺達の都合で寄り道をさせてしまったわけだから、このままここで美奈の帰りを待つのは何か違うよな。
「真人君」
「どうしたの?」
綾奈が俺の名前を呼んだので綾奈を見ると、綾奈は真剣でどこか申し訳なさそうな表情をしていた。
「美奈ちゃんを迎えに行きたい」
綾奈ならきっとそう言うと思っていた。
「俺も同じ事思ってた」
そうして二人して笑いあって、俺達は美奈を迎えに行く為、俺の自宅を出た。
俺の自宅を出てアーケードに向かって五分ほど歩いていると、反対方向から見慣れた人影が見えた。美奈だ。
「美奈ー!」
「お兄ちゃーん!お義姉ちゃーん!」
俺が美奈の名前を呼ぶと、俺たちに気づいた美奈も、俺たちを大声で呼び、手をぶんぶんと勢いよく振ってきた。
すると、美奈を見つけた綾奈は、美奈に向かって真っ直ぐ走り出した。
「綾奈?」
綾奈を見ると、走った勢いそのままに美奈に抱きついた。いきなりの百合展開に驚く。
「美奈ちゃん、ごめんね」
「え?どうしたのお義姉ちゃん」
綾奈の突然の謝罪に困惑する美奈。そして美奈を離そうとしない綾奈。
「昨日、あんな事言っちゃって……本当にごめんなさい」
「謝らないでよ。お義姉ちゃん」
「でも……」
「それに、私も今日二人に悪いことしちゃったし」
「「え?」」
俺たちに悪いこと?一体何の話だ?
美奈とは今日面と向かって顔を合わせていない。綾奈を追いかけて急いで外に出るのを見て、遠くから挨拶をしたくらいだ。
登校中に綾奈になにかしてしまったのかもしれないが、それだと「二人に」という言葉は使わないだろう。
美奈を見ると、みるみる顔を赤くしていた。
「その……偶然とはいえ、玄関でお義姉ちゃんがお兄ちゃんにキスしてるところを見ちゃったから……」
「なっ!?」
「へっ!?」
俺たちがキスをしているところを美奈が見ていた?カマをかけているのかと思ったけど、美奈の顔がさっきより赤くなっていて、顔を俯けていて俺たちの方を見ようとしない。あ、これマジだ。
「それで、二人きりにしてあげようとしたというか……恥ずかしくて家に入れなかったというか……」
徐々に声のボリュームが下がっている美奈。こんな表情、兄の俺も見たことがない。
「まさか見られていたとは。悪かったな美奈」
「謝らないでよお兄ちゃん。それで、二人はどこまで進んだの?」
「ふぇ!?」
さっきまでとは一変して、今度は俺たちがさっきまでどう過ごしたのか気になる様子の美奈。
「玄関でキスしたんだから……部屋ではそれ以上の───」
「そ、そんな事してないからっ!!」
美奈の言葉を遮って、綾奈が大声で反論した。綾奈の顔は真っ赤になっている。
「ほんとに~?」
「本当にしてないって。まぁ、キスは何度かしたけど……俺の部屋では普通にゲームやっただけだよ」
綾奈が俺の足の上に座ったり、膝枕をしてもらったりしたが言わないでおいた。
「え~いいなぁ。私もお義姉ちゃんと一緒にゲームしたかった~」
美奈とは小さい頃はよく二人でゲームに興じていたけど、美奈が中学に上がり、俺のことをよく思わなくなってからはぱったりとしなくなった。むしろあの頃は会話もほとんどなかった。
だから、久しぶりに美奈とゲームがしたくて、自然と言葉が出てきた。
「なら今度三人でやるか」
「やったぁ!じゃあお義姉ちゃん。また家に遊びに来てね!」
「ふふっ。うん。その時は是非お邪魔させてもらうね」
こうして綾奈がまた家に来ることが確約された。
綾奈と二人で過ごすのももちろんいいけど、美奈も入れて三人で遊ぶのも絶対楽しくなるので、俺も今から楽しみにしていた。
「じゃあ、そろそろ家に帰るか」
「うんっ!」
美奈は俺の横に並んだと思ったら、俺の手を握ってきた。
「美奈!?」
「たまにはいいじゃん。兄妹で手を繋ぐの」
美奈と手を繋いで歩くのは小学校低学年以来で、照れもあるが嬉しさの方がはるかに勝っていた。
まさか高校生になって妹と手を繋ぐ日が来るとは思わなかった。けど、大きくなってからこうして妹と手を繋ぐのもいいものだな。
綾奈は俺達の後ろで見ている。
すると、美奈が綾奈の方を向き、俺と手を繋いでいない右手を綾奈に差し出した。
「お義姉ちゃんも手、繋ご?」
美奈に笑顔で言われ、驚いていた綾奈だが、すぐに目を細めて差し出された美奈の右手を左手で握った。
「喜んで」
「えへへっ」
こうして俺達は三人仲良く手を繋いで、中筋家に向かって歩き出した。
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