第76話 起きたら愛する人がいる幸せ
それからしばらく私が落ち着くまで真人君は待っていてくれた。その優しさが凄く嬉しいんだけど、病人に気を使わせてしまった事を反省しないといけない。
「もう大丈夫。ごめんね真人君」
「謝らないといけないのは俺の方だよ」
「え?」
真人君が私に謝らないといけないこと?一体何だろう?
昨日の電話で私に嘘をついた事かな?でもあれは私のことを想ってついた嘘だから、心配こそすれ謝られることではないと思うんだけど……。
「けほっ! 綾奈さんのお願いを叶えてあげられなくてごめんね」
「お願い?…………あっ」
それは、合唱コンクール全国大会前日に言ったことと、昨日の電話で言ったことを指していた。
「帰ってきたら真っ先に俺に会いたいってのと、いっぱい甘えたいって言ってたこと……どっちもしてあげられなくてごめん」
「っ!」
この人はどこまで優しいんだろう。
普通、熱出して寝込んでる時は苦しくて自分の事もままならないはずなのに、それなのに真人君はこんな時にも私のことを考えてくれて、私のお願いを叶えてあげられなかったことに謝罪をしている。そのことに申し訳なさと同時に、愛しさがまた込み上げてきた。
「そんなこと気にしないで。とても嬉しいけど、今は体調を治す事を優先して」
「うん。……けどなぁ」
頷きはしてくれたけど、どこか納得がいってない真人君。こういう時の彼は中々頑固だから引き下がってはくれないよね。
私は何か真人君が納得出来る落とし所がないか考える。
「なら……」
一つの案を閃いたので、言ってみることにした。
「なに?」
「明日もお見舞いに来ていい?」
「え?」
「明日は部活がお休みだから放課後は時間あるし、もし真人君の体調が戻らなかったら、今みたいに傍にいて看病したいし、明日体調が戻ってたら、あ、甘えさせてほしい。……どうかな?」
私が提案したのは、明日も私がここに来ること。
大会明けで流石に部活はないので放課後はここに直行できる。
真人君の体調がもし明日になっても回復しなかったとしても私が看病出来るし、体調が回復したら私が言ったお願いの一つを叶えてくれる。それなら真人君も今より責任を感じなくてすむと思って提案した。
「明日もって……良いの?」
「もちろんだよ。だから今日は自分の体調の事だけ考えて、私にあ、甘えてくれると……嬉しいな」
「っ!……げほっ!」
「だ、大丈夫!?」
「う、うん。大丈夫。ちょっとドキッとしただけだから」
「へっ?」
真人君の不意の発言に私までドキドキしちゃってきた。
「じゃあ、早く治すよ。明日の為にね」
「っ!うんっ!」
そこからは沈黙が流れたけど、真人君と二人でいる時は沈黙すら心地よく感じてしまう。
そして無言のまま、お互い見つめ合う。
……キス、してみたい。
って、また何を考えてるの私!?
真人君は熱を出して苦しんでるのに、今はそんな考えしないようにしなくちゃ!
「わ、私。真人君の為にご飯作ってくるから!」
「え?」
一度この場を離れないとどんどん気持ちが強くなってしまうと思った私は、真人君にご飯を作るために立ち上がった。
「綾奈さんが作ってくれるの?」
「うん。良子さんから許可は貰ってるから。すぐ作ってくるから待っててね」
そう言って真人君の頭を撫でて、私は一度部屋を後にした。
こんな状態で不謹慎かもしれないけど、凄く幸せだ。
昨日から熱を出して、市販の解熱剤を飲んで無理矢理にでも熱を下げようとして失敗して、それでも綾奈さんを迎えに行こうとふらつく身体を無理して起こして出掛けようとしたら家族に止められた。
当然といえば当然なんだけど、父さんや美奈に部屋に押し戻された。
昨日の夜から体温を測ってなかった事を白状すると、怒った美奈に無理矢理体温計を脇にぶっ刺された。
測定された体温を見ると、三十八度七分だった。
家族から外出禁止令が発令されて、美奈がこの事を綾奈さんに報告しようとしたから、もう出掛けないことを条件に、夕方まで綾奈さんには俺の体調の事を言わないよう頼んだ。
せっかくの東京観光、俺のことなんて気にしないで楽しんでもらいたかったから。
ベッドに入り、睡魔が襲ってきて抗うことが出来ずに眠りにつく。
次に目が覚めると、そこには会いたくてたまらなかった綾奈さんがいた。
俺は寝起きと体調不良が重なって思うように声が出せなかったけど、何とか綾奈さんに手を伸ばして一言「おかえり」を言うことが出来た。
その後涙を流した綾奈さんには驚かされたけど。
体調を崩したけど、愛する人に心から心配されて、その上料理も作って貰えるなんて幸せだな。
たまには風邪をひくのも良いかもしれない……なんて言ったら綾奈さんに凄く怒られそうだけど。
明日、綾奈さんに思い切り甘えてもらうために、疲れてるところ凄く申し訳ないけど、今日は綾奈さんにいっぱい頼ろう。お互いが楽しいと思える明日にする為に。
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