第75話 お見舞い

『はーい』

「!」

 少しすると、インターホンから女性の声が聞こえてきた。真人君のお母さんの良子さんだ。

「こ、こんにちは。西蓮寺綾奈です」

『まぁ!いらっしゃい綾奈ちゃん。今開けるから待っててね』

「は、はい」

 良子さんがそう言い終えると、玄関越しからパタパタとスリッパの音が聞こえてきて、その音が玄関前で止み、少しして玄関の施錠が解除されて扉が開いた。

「来てくれてありがとう綾奈ちゃん。疲れているのに悪いわね」

「いえ、突然お邪魔してすみません」

「そんなの気にしないでちょうだい。あなたが来てくれると真人も喜ぶと思うから」

 良子さんと会話を交わして私は真人君の自宅に入った。

 リビングからひょっこり顔を出している美奈ちゃんと目が合った。

「こんにちは美奈ちゃん」

「こんにちは。来てくれてありがと、お義姉ちゃん」

 いつも元気な美奈ちゃんだけど、今日は少ししょんぼりしてる。やっぱりお兄ちゃんが寝込んでるから心配してるのかな?

「真人の部屋は階段上がって一番奥の部屋よ。多分まだ寝てると思うから、声をかけて反応がなかったら勝手に入って大丈夫だからね」

「ありがとうございます。……それで、あの」

 真人君の部屋を教えてくれた良子さんにお礼を言って、私はここに来る間に考えていたことを良子さんに言ってみることにした。

「どうしたの綾奈ちゃん?」

「ま、真人君の夕食って、もう作られましたか?」

「いいえ、もう少ししたら作ろうと思ってたところよ」

「……でしたら、真人君の夕食、私が作ってもいいですか?」

 私が考えていたこと、それは真人君に私の手料理を食べてもらおうと思っていた。

 体調を崩していて食欲がないと思うから、消化にいい簡単な物を作りたいと考えていた。

「それは真人にとってもありがたいと思うけど、良いのかしら」

「もちろんです。私はいつも真人君にたくさんの愛情を貰ってきました。だから私も真人君の為になにかしてあげたくて……食材を使わせていただくことになるんですが……良いでしょうか?」

「そういう事なら、お願いしてもいい?」

「はいっ!任せてください」

 良子さんのお許しが出たので一安心。真人君の為に美味しい料理を作って早く元気になってもらおう。

「お義姉ちゃんの手料理良いな~」

「美奈ちゃんにはまた今度作ってあげるね」

「やった!」

「じゃあ綾奈ちゃん。先に真人に会ってあげて」

「はい。失礼します」

 そう言って私は出されたスリッパに履き替えて廊下を進むと、リビングで真人君のお父さんの雄一さんの姿が見えた。

 雄一さんはこちらのやり取りを気にしながらテレビを見ていた。

「ゆ、雄一さん。お邪魔します」

「やあ綾奈さん、来てくれてありがとう。真人も喜ぶよ」

 雄一さんと一言言葉を交わし、一礼したあと、真人君の部屋に向けて歩き出した。

 階段を登ると部屋が三つあって、奥が真人君の部屋、残りの部屋は美奈ちゃんの部屋とご両親の寝室かな?

 私はなるべく音を立てないよう慎重に歩いて真人君の部屋に近づく。

 そして真人君の部屋の前にたどり着いた。

「すぅーーー……はぁーーー……」

 初めて入る彼氏の部屋に緊張していたので、ここでまた深呼吸をして心を落ち着ける。

 そして、コンコンコンと三回ノックをした。

「真人君、綾奈です」

 扉越しに真人君に呼び掛けたけど返事がなかった。やっぱり眠ってるのかな?

 私はノブを掴み、真人君の部屋へ通じるドアを開けた。

 キイィィィと音が鳴ってしまったけど、起きる気配はなさそう。

 私はゆっくり扉を閉めて、正面のベッドで眠っている真人君を見た。

 掛け布団を首元までかぶっていて、額には冷感シート、そして枕の上にアイスまくらを置いて眠っているけど息遣いは荒く、苦しそうだった。

 私はゆっくりと真人君が寝ているベッドへと近づいていく。

 昨日私を優しい笑顔で送り出してくれたのに、今はとても苦しそうにしていて、顔には汗をかいていた。

 真人君の苦しそうな表情を見たら、胸が苦しくなって涙で視界が滲んできた。

 私はベッドの傍に座る。

「真人君。遅くなってごめんね」

 私はそう言うと、布団の中に両手を伸ばして、真人君の手を握った。

 すると、真人君も私の手を握り返してきた。

「ん……んぅ」

 真人君の声がして彼の顔を見ると、うっすらと片目だけ開けていて私を見つめていた。

「あ、やな、さん?」

 私の名前を呼んだ真人君の声は弱々しく、握り返していた私の手を離して、左手を布団から出して私の方へ伸ばしてきた。

 私は真人君の手を再び両手で握る。

「うん……うん。綾奈だよ真人君!」

「……おかえり。綾奈さん」

 真人君に笑顔でそう言われた直後、私は両目からボロボロと涙を流していた。

 私は溢れてくる涙を止めようとせず、愛しくて仕方がない彼の目を見て言った。

「……ただいま。真人君」

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