第73話 美奈から告げられた言葉

「みんなへのお土産どうしようか?」

 アニメショップを後にして、秋葉原の街並みを見て歩いて再び駅へと戻ってきた。

 時刻は十一時。自由行動終了まで後一時間。

 お土産をじっくり考える時間はない。

「ん~、無難に東京ばな〇にしとく?」

 ちぃちゃんが東京のお土産の定番、東京ばな〇を提案してきた。

「私達の家族にはそれでいいと思うけど、みんなと会うのは先になると思うから、買っても痛んじゃうんじゃないかな?」

「多分駅で出迎えてくれるんじゃない?茜センパイ達も出迎えてそうだし大丈夫でしょ」

 昨日は私達を見送ってくれたみんなだけど、今日も私達の帰りを駅で待っててくれるとは限らないと思ったけど、私は出発の前日に、帰ったら真人君に真っ先に会いたいと言って真人君はそれを快く受け入れてくれた。

 なら真人君は絶対に私を駅で待っててくれると思い。私達は急いで東京駅に向かいお目当ての東京ばな〇を人数分購入して集合場所に戻った。


 バスに乗り込んだ私達は、行きと一緒で一番前の席に座った。

 バスの中には既に半数以上の部員とお姉ちゃんが乗っていた。

「ねえねえ、二人はどこに行ってたの?」

 一つ後ろに座っていた先輩が、私たちに質問をしてきた。

「彼氏へのお土産を買いに秋葉原へ行って、それから家族や仲のいい友達に渡す東京ばな〇を買って来ました」

「そうなんだ。彼氏、喜んでくれるといいね」

「はいっ!」

 それから程なくして全員がバスに乗り込み、お姉ちゃんが点呼を取って全員いることを確認してバスが動き出した。

 私は真人君に【今から戻ります。早く真人君に会いたいよ】とメッセージを送った。

 あと数時間で真人君に会えるんだ。

 駅で真人君が待っててくれてるはずだから、真人君が見えたら彼の胸に飛び込みたい。

 それから抱きしめられて、頭を撫でて貰って『金賞おめでとう。頑張ったね』って褒めてもらいたい。

 それから真人君の家に行って、真人君にたくさん甘えて、それから……。

「っ!」

 私、なんて事を想像してるの!?

 これじゃあ、凄くはしたない子みたい……。

 私が想像したのは真人君とキスを……そして、それ以上の事をしているところ。

 今まで二回も真人君からのキスを、私が怖かったからという理由で拒んでしまったけど、今は真人君とキスをしたいって気持ちの方が強くなってる。

 一日以上遠く離れた所にいたのと、昨日の旅館での会話、もちろん真人君とのキスにのめり込んでしまうのではという思いもあるけど、今はそれよりも真人君とキスをしてみたいという気持ちが強い。

「…………っ!」

 今からそんな事を考えると真人君の顔を恥ずかしくて見れなくなりそうなので、私は頭を振ってそんな想像を無理矢理打ち消した。

「綾奈ちゃん。彼氏の事考えてる?」

「へ?」

 そう言ってきたのは私の後ろに座っている先輩だ。恐らく私が頭を振っているのを後ろから感じ取って聞いてきたみたい。

「は、はい」

「やっぱり!この後彼氏の家に行くんだから色々考えちゃうよね」

「せ、先輩!?」

 先輩がバス全体に聞こえる声量で言ってきたから、私は一気に顔が熱くなった。

 後ろに座っている男子がなんかざわざわしてるし、今日この後の私の予定を知っている女子はニヤニヤしたり、生暖かい目をこちらに向けてくる。

「いよいよ綾奈も大人の階段を登る時が近づいてきたね」

「綾奈、昨日も言ったけど真人君の家に行ってもちゃんと節度は守りなさいね」

「そ、そんな事しないから!」

 ちぃちゃんと、通路を隔てた横の席に座っていたお姉ちゃんにも言われた。

 私はさらに恥ずかしくなって大声で叫んでしまった。

「もぉ……」

 私は不満な顔をしながらスマホを取り出す。真人君からの返信はまだ来ない。

 バスが出発してもう一時間以上経つのに既読にもならない。

 やっぱり何かあったのかなと思って不安になっていると、既読の二文字が表示されて、そこから一分くらいで返信が来た。

【返事遅れてごめん。気をつけて帰ってきてね】

 その返信を見た私の心はは、返信が来た嬉しさや安心よりも違和感の方が色濃く出ていた。

 普段の真人君なら、さっき私が送ったメッセージに対して【俺も早く会いたい】って返してくれることがほとんどなのに、今回はその言葉がなかった。

 些細なことだとは思ったけど、いつもの真人君らしくないやり取りに、不安の色が強くなっていった。

 それからバスに揺られ続け、夕方四時半に高崎高校に戻ってきた。

 お姉ちゃんからの簡単なお話があった後に解散となって、私とちぃちゃんは駅に向かって歩いていた。

「真人なら大丈夫だって。きっと昨日みたいにサプライズでも考えてるんだと思うよ」

「……うん」

 バスの中で何度か真人君とメッセージでやり取りをしてたんだけど、ある時から既読も表示されなくなって、私は心配で落ち着かなかった。

 真人君と四六時中メッセージや電話をしている訳では無いけど、それでも私がメッセージを送った時は必ず五分以内には既読を付けてくれていたから、初めての展開に動揺を隠せないでいた。

 嫌われた……という事は間違ってもないと思うけど、それならどうして、と考えているとスマホに着信が入った。

 慌てて画面を確認すると、表示された名前は真人君ではなく、真人君の妹の美奈ちゃんだった。

 美奈ちゃんから電話をかけてくるのは珍しいと思いながらも私は通話ボタンをタップした。

「もしもし美奈ちゃん。どうしたの?」

『お義姉ちゃん、今大丈夫?』

 美奈ちゃんは風見高校の文化祭以降、私に敬語は使わなくなった。

 スマホ越しの美奈ちゃんの声にいつもの明るさはなく、どこか落ち込んでいるような感じがした。

 嫌な予感がしながらも、美奈ちゃんと話をする。

「うん。学校を出たところだから大丈夫だよ」

『お義姉ちゃん、これから駅でお兄ちゃんと合流してうちに来るんだよね?』

「うん。もしかしてお邪魔したらまずかったかな?」

『ううん。そんな事ない。お義姉ちゃんが来るの楽しみにしてた』

 どうやら中筋家の皆さんの都合が悪いわけではないみたい。じゃあ一体何なんだろう?

「じゃあ、一体どうしたの?真人君に何かあった?」

 考えたくない想像をしながらも、私は美奈ちゃんに何があったのかを聞いた。

『……実はお兄ちゃん、昨日から体調崩してて、駅に行けそうにない……』

「…………え?」

 私の悪い予感は当たってしまった。

『今は眠ってるけど、ちょっと前までお義姉ちゃんを出迎えるから駅に行くって聞かなかったの』

「ちょ、ちょっと待って。昨日の夜に真人君と電話でお話して、確かに声に違和感はあったけど、でもそれは山根君達とカラオケに行ってて喉が枯れたって言ってて……だから……」

 真人君が体調を崩したことに動揺しすぎて言いたいことがまとまらない。

 やっぱり昨日真人君とお話した時に感じた違和感は間違ってなかった。声も枯れていて鼻声だったから真人君に念押ししてまで聞いたけど、真人君は風邪ではなくてカラオケに行ってたから言っていたから、それ以降は私も特に気にしなくて真人君とのお話を楽しんでいた。

 美奈ちゃんの言ってることが本当なら、昨日真人君は私に嘘をついた事になる。……どうして?

『お兄ちゃん昨日は駅でお義姉ちゃん達を見送ってからはどこにも行ってないよ。食事とトイレ以外はずっと部屋にいたよ。だからお兄ちゃんの体調が悪いって気付いたのは今日なんだ。熱もかなり高くて……それでも、這ってでも駅に行こうとして、この事をお義姉ちゃんに言おうとしたら、夕方になるまでは絶対に言うなって堅く口止めされてて……理由を聞いたら私も納得せざるを得なくて』

「本当の事を言わなかった理由……?」

 真人君が昨日私に体調が悪いと言わなかった、そしてそれを美奈ちゃんにも口止めしてた理由。私は真人君の性格上何となくは察していた。

『お義姉ちゃんに本当の事を言うと、多分お義姉ちゃんは心配しすぎてきっと今すぐこっちに帰ってくると言い出すからって……それに合唱コンクールで全力を出して欲しかったし、短時間とはいえ、せっかくの東京観光も自分の事は気にせず楽しんでもらいたくて言わなかったって』

 今日だっておかしいと思うところはあった。

 私が朝にメッセージを送った時も、いつもはすぐに返信してくれるのに今日に限って既読になるのも遅かった。まだ寝てるのかなと思ってそこまで心配してなくて東京観光を楽しんだけど、やっぱり風邪を引いていたんだ。

「…………真人君……ぐすっ」

 私の目から一筋の涙が零れた。

 やっぱり……予想してた通り、真人君は私の事を想って自分の体調が悪いことを黙ってたんだ。

 もし昨日の本番前にこの事を知ったら全力を出し切れなかっただろうし、大会が終わったらお姉ちゃんに無理を言ってすぐにでも真人君の元に駆けつけたと思う。

『お兄ちゃんもこんなだし、お義姉ちゃんをおもてなしが出来ないと思うから、だからまた日を改めて───』

「美奈ちゃん」

 私は美奈ちゃんの言葉を遮って、いずれ本当に義理の妹になるであろう女の子の名前を呼んだ。

『何?』

「やっぱり今からそっちに行っていいかな?……ううん。行きたい」

『……え?』

「真人君は私の為を想って自分の体調の事を隠していた。それを知って何もしないで自分の家に真っ直ぐ帰るなんて嫌!私も、大好きな真人君の為になにかしてあげたい……ダメかな?」

 今の真人君に私がしてあげられる事なんてないのかもしれない。けど、それでも彼の為に何かしたい……その一心から私は美奈ちゃんにお願いをしていた。

『でも、うちの場所知らないよね?』

「それなら山根君か茜さんに教えてもらうよ。多分駅に来てくれてるはずだから」

『わかった。お母さん達には私から伝えておくから。気をつけてね』

「ありがとう。それじゃあまた後でね」

 そう言って美奈ちゃんとの通話は終了した。

「何?真人、どうかした?」

 隣で黙って聞いていたちぃちゃんが心配そうに聞いてきたので、私はさっきの美奈ちゃんとのやり取りを説明した。

「そっか……真人、熱で寝込んでるのか」

「……うん」

「よし!そうとわかれば、早く帰ろう」

「ありがとうちぃちゃん。急ごう」

 私とちぃちゃんは駅に向かって走り出した。

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