第71話 姉の助けとさらなる火種

「阿島君。ここは女子の部屋よ。ここで何をしていたの?」

「…………」

 お姉ちゃんの質問に、阿島君はただ黙って俯いていることしかしなかった。

「……西蓮寺さん。阿島君と何を話していたの?」

 一向に答えようとしない阿島君に業を煮やしたお姉ちゃんが、今度は私に質問をしてきた。姉としてではなく、教師として。

「……阿島君に明日の自由行動、一緒に原宿に行ってほしいほしいと言われて、彼氏がいるからと断ったんですけど、阿島君はそれでも食い下がってきて……」

「そう……」

 私から事情を聞くと、お姉ちゃんは再び阿島君の方を向いた。

「阿島君。聞いた通り西蓮寺さんには付き合っている人がいるわ。彼氏の為を想って断っている西蓮寺さんに対して無理矢理誘うのは、あまり感心しないわね」

 お姉ちゃんの言葉に、ずっと俯いていた阿島君がお姉ちゃんの顔を睨むように見た。

「確かに悪いとは思ってます。でも俺は、西蓮寺さんが好きだから、西蓮寺さんと東京での思い出を作りたかったから誘ったんです。たとえ西蓮寺さんに彼氏がいても、先生に俺を止める権利はないと思います」

 阿島君の言う通り、教師であるお姉ちゃんは生徒同士のそういった問題は過度に干渉は出来ない。

「そうね……なら言い方を変えるわ」

「え?」

 ……教師なら。

「綾奈の姉として、阿島君の綾奈への誘いを認めることは出来ないわ」

「……は?」

 阿島君は呆然としている。

 男子は十人中七人が臨時合唱部員で、正規の部員でも私とお姉ちゃんが姉妹である事を知っているけと、その人達にはちゃんと口止めをしていたとお姉ちゃんが話していた。だから阿島君の反応は当然だと思った。

「え?何を言って……先生と西蓮寺さんが姉妹?……は?」

 突然のお姉ちゃんのカミングアウトに混乱する阿島君。

「本当よ。私は去年結婚して、今は旦那の姓である松木を名乗ってるけど、私の旧姓は西蓮寺。綾奈は私の実の妹よ」

「……先生は知ってるんですか?西蓮寺さんの彼氏のことを」

「えぇ。よく知ってるわ。綾奈を誰よりも想ってくれている凄くいい子よ。それに彼といる時の綾奈は本当に幸せそうな顔をしてるから、綾奈をそんな顔にしてくれる真人君には感謝してるし、私も彼のことは気に入っているわ。少なくとも、義理の弟として迎えたいくらいには、ね」

「なっ……!?」

「それに真人君を気に入っているのは私だけじゃないわ。私たちの両親、そして母方の祖母も真人君を認めているから、親公認どころか祖母公認でもあるのよ。綾奈も口を開けば真人君の話題ばかりで、彼を心から愛してるのよ。だから二人の間に入る事は誰も出来やしないから、悪いことは言わないから諦めることをお勧めするわ」

「お、お姉ちゃん!言い過ぎだから!!」

「そう?ごめんね綾奈」

 そこには教師である松木麻里奈先生は存在せず、私が大好きな、美人で優しくて、ちょっといたずらっぽいところもある私のお姉ちゃんがいた。

「わかり……ました。西蓮寺さん、ごめん」

「ううん。正直に言うと、阿島君の言葉に怒りを覚えたんだけど、わかってくれたならいいよ」

「確かにあの発言は綾奈でなくとも怒るでしょうね」

「え……?」

「お姉ちゃん聞いてたの!?」

 お姉ちゃんもさっきの阿島君が言ったことを聞いていたの?一体いつから私達のやり取りを見ていたんだろう?

「えぇ。千佳からメッセージが送られてきてここに来てみたら、阿島君から「彼氏には黙ってたらいい」って言葉が聞こえてきたから、綾奈がどんどん怒っていくのが伝わってきたわ。私でもあれほどの怒気を放っていた綾奈は見たことがないわ」

 お姉ちゃんがやってきたタイミングはちょうど阿島君が食い下がってきた時みたい。

「綾奈がキレると思って出てきたけど、多分阿島君も綾奈と本気でデートしたくて言った言葉なんでしょうけど、ちょっと言いすぎてしまったわね阿島君」

「はい。反省……してます」

 阿島君はそう言うと下を向いた。彼の手を見ると思い切り両手で握りこぶしを作っていた。

 それから阿島君はとぼとぼと自分の部屋に戻って行った。

「千佳もこれでいいのよね?」

 お姉ちゃんは襖の奥の部屋にいるちぃちゃんに向かってそんな事を言っていた。

「はい。ありがとうございます麻里奈さん」

 ちぃちゃんとお姉ちゃんのやり取りから、事前にこの事に関して打ち合わせがあったみたい。でもいつから……。

「…………ぁ」

 そう言えば、阿島君が私を訪ねて部屋に来た時、ちぃちゃんは誰かにメッセージを送っていたけど、あの状況になるのを見越してお姉ちゃんに伝えたのかな?

「いやー阿島がここまでしつこいのは予想外だったんですけど、でもこれで綾奈と真人があたし等の中である意味一番進んでいる事を証明出来ました」

「本当、びっくりだよ!」

「西蓮寺さんの彼氏が先生だけじゃなくて親公認なんて」

「これ、二人が十八になったらすぐ結婚できるんじゃない?」

「け、結婚!?」

「千佳、まさかこの為に私を呼んだの?」

 お姉ちゃんはちぃちゃんが自分を呼んだ本当の理由を知って呆れていた。

 ちぃちゃんがお姉ちゃんを呼んだ本当の理由。それは私と真人君が私の両親やおばあちゃん公認の仲ということをみんなに見せる為だった。

「はい。阿島も諦めたみたいで結果オーライでした」

 そんなお姉ちゃんに平然と言ってのけるちぃちゃんも流石というか何というか……。

「はぁ……まあいいわ。明日も早いんだから、あなた達も早く寝なさいね」

「「はーい」」

 そう言うとお姉ちゃんは自分の部屋に戻って行った。

「あぁ、そうだわ。綾奈」

「なに?お姉ちゃん」

 少しして何かを思い出したお姉ちゃんは振り返って私を見た。その顔は私がお風呂に行く前に見せたいたずらっぽい笑みだった。嫌な予感しかしないよ。

「明日、真人君の家に行くのは良いんだけど、ちゃんと高校生としての節度は守りなさいね」

「「えぇ!?」」

 ほらやっぱり!お姉ちゃんからまたとんでもない発言が飛び出したよぉ!

 部屋で聞いていた女子部員達、ちぃちゃんまでもびっくりして、半数以上が目をキラキラさせている。これも嫌な予感がする。

「ちょっと綾奈ちゃん!さっき先生が言っていた事詳しく!」

「明日彼氏の家に行くってどゆこと!?」

「綾奈もそっち方面で茜センパイ達と並ぶ時が来たね」

 私は部屋に引っ張られて、さっきのお姉ちゃんが言ったことについて質問攻めにあってしまった。爛々とさせている目付きが怖いよ。

 ちぃちゃんがしれっと爆弾発言しちゃってさらに激しさが増した気がするし。

「そ、そんな事しないよ!キスもまだなのに!」

「でも明日真人の家であいつとキスするんでしょ?」

「あぅ……する、かも、しれない、けど……」

 自分で言っててすごく恥ずかしくて、顔から火が出そうなほど熱い。

「「綾奈ちゃん(西蓮寺さん)かわいいーーー!」」

 それからも質問攻めは続いて、開放されたのはもうすぐ日付けが変わるくらいの時間だった。

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