第67話 高崎高校合唱部の全国大会

「はぁ……真人君」

 真人君と山根君に見送られ電車に乗って移動していた私とちぃちゃんだけど、もう既に真人君が恋しくて仕方がなくなっていた。

「綾奈……あんた燃費悪すぎでしょ」

 そんな私の独り言を聞いていたちぃちゃんが呆れたように言ってきた。

「寂しい……」

 そして私は親友のそんなツッコミに反応することなく、私の心には寂しさが募っていっていた。

「しっかりしなよ。頑張って結果残して、真人にいい報告したいんでしょ?」

「……うん」

「そんなんじゃ真人に笑われるよ。せっかく御守りくれたんだから、それを真人だと思って肌身離さず持っておきなよ」

 ちぃちゃんの言葉に、私はさっき真人君から貰ってずっと手に持っていた御守りを見る。

 金色の御守りで中心には「必勝」と書かれている。

 私はそれを軽く握って心を落ち着かせる。

 真人君に会えないのは寂しい。けど、真人君は私の、高崎高校の金賞を願って、私の為にこの御守りをくれたんだ。だから寂しくて真人君に会いたい気持ちは目一杯押さえつけて明日帰ってきたらそれを爆発させて真人君にいっぱい甘えよう。

「わかった。ごめんねちぃちゃん」

 ちぃちゃんに謝罪とお礼を言って、私は真人君から貰った御守りを制服の内ポケットにしまい込んだ。

 そのタイミングで高崎高校の最寄り駅に到着したので私達は電車を降りた。

 駅構内を進んでいると、見慣れた男女二人組がいて、女性の方は私達を見つけると大きく手を振ってきた。

「綾奈ちゃーん、千佳ちゃーん」

「茜さん!?それに清水君も!」

「っ!」

 茜さんと清水君も真人君と山君同様、私達の見送りに来てくれていた。

 二人共風見高校からほど近い所に住んでいるため、見送りには来ないと思っていたから、さっきの真人君達以上に驚いた。

 びっくりした声をあげたちぃちゃんの方を見ると、目を見開いて頬が少し赤らんでいた。やっぱりちぃちゃんも清水君に会えて嬉しいのかな?

「茜さんと清水君も見送りに来てくれたんだ!?」

「うん。私達の家からじゃ二人の最寄り駅に時間までに行くのは難しいと思ったから、こうして健太郎君と自転車で来て待ってたんだ」

「うん。真人からこの提案をされて、やっぱり僕達も二人を見送りたいって思ったから」

 二人の優しさに胸が熱くなる。私は本当に彼氏に、そして友達に恵まれてると思った。

「……ごめん綾奈。あたしもあんたのこと言えないや」

「え?」

 ちぃちゃんがそう言うと、清水君の方に走って行き、そのまま清水君に抱きついた。

「ち、千佳さん!?」

 突然の事に清水君もびっくりしていた。

 私もちぃちゃんの突然の行動に驚き、清水君に抱きついた所を見て思わず顔が熱くなったのを感じた。

 構内にいる人達もちぃちゃん達を見ていた。

 私と真人君もさっきはこんな感じだったんだと思うと、少し恥ずかしくなったけど、全然後悔なんかしてない。

「ごめん健太郎。……少しだけ、このままでいさせてよ」

「……うん」

 清水君もちぃちゃんを抱きしめて頭を撫で始めた。

 それを見た私は、「私も真人君にしてもらいたい」って思ってしまった。

 ダメダメ!さっき真人君に会いたいって思いは帰ってくるまで封印するって言ったばかりなのに。

 私は頭を振り無理矢理そんな考えをやめた。

「うん。もう大丈夫。ありがとう健太郎」

「どういたしまして」

 十秒程で、ちぃちゃんは清水君から離れた。それだけでいいんだ。

「センパイも、ありがとね」

「私も二人の友達だもん。これくらいはね。それにいいものも見れたし」

 茜さんは揶揄うようにちぃちゃんにウインクをしてみせた。この先輩、可愛いな。

「周りにバカップルが二組もいるから、あたしも毒されたのかもね」

「じゃあ、バカップル三号だね」

「その称号いらねー」

 それから二人して笑っていた。ちぃちゃんと茜さんも何だかんだで仲が良いから見ててほっこりしちゃうな。

「じゃあ行こうちぃちゃん。茜さん、清水君。来てくれてありがとう」

「頑張ってね。千佳さん、西蓮寺さん」

「二人とも頑張って!」

 二人からのエールを貰い、さらに気合いが入った。

 それからちぃちゃんと目配せをして、二人して大切な人から貰った御守りを見せた。

「「行ってきます!」」

 私達は笑顔で二人に挨拶をして高崎高校に向かって歩き出した。


 高崎高校に着くと、既にほとんどの部員が集合していた。

 割とギリギリの到着だった為、合宿部顧問で私のお姉ちゃんである松木麻里奈先生に少し注意された。

「はぁ、どうせ綾奈が真人君と離れたくないってごねたからでしょ」

 さすがお姉ちゃん、私の行動も真人君が見送りに来ていたのもお見通しみたい。

 で、でもちぃちゃんも清水君に抱きついていたからね。

 私達は荷物をバスの荷台に積み、席に着いた。

 ちなみに席は一番前で私が窓側で通路側がちぃちゃんが座った。

 通路を挟んだ反対側の席にはお姉ちゃんが座っている。

「全員揃ったので出発するわね」

「「はーい」」

 お姉ちゃんの号令に私たちが返事をすると、お姉ちゃんが初老の運転手さんに「お願いします」と言って、バスが動き出した。

 お姉ちゃんに「お願いします」と言われた運転手さんの頬が少し赤かったのと、テンションが高かったのが気になった。

 バスで移動中、私はちぃちゃんと何でもない会話や合宿コンクールの話題や真人君や清水君、私達の彼氏の話題、明日の自由行動は秋葉原に行って二人へのお土産を買おうといった話や、それぞれの家族や山根君、茜さんへのお土産を買おうと言った様々な会話をしているうちに目的地の会場に到着した。

 お昼前に私達高崎高校は会場に到着したけど、私達の出番は全体の最後の方なのでまだ時間に余裕がある。

 なので出番近くまでは自由行動が許されていたので私とちぃちゃんは他の仲の良い女子部員達と近くで昼食をとり、会場の外や中を見て回って時間を潰した。

 いよいよ私達の出番が近くなって、部員全員が集められたんだけど、ここから私は徐々に緊張し出していた。ちぃちゃんを見ると、制服を校則通りに着用していて少し胸がキツそうだった。え?もしかしてまた大きくなったのかな?

 表情を見ると、普段あまり緊張しないちぃちゃんも、全国の舞台では緊張を隠せないでいた。

 他の部員も緊張しているのか、大きく深呼吸したり、手のひらに人の字を書いてそれを飲み込んでいたり、そわそわと落ち着かない様子だった。

 私はというと、ご多分にもれず凄く緊張していて、喉がカラカラになって足もカクカク震えていた。

 再びちぃちゃんを見ると、ちぃちゃんも私を見ていて、私に自分の制服の内ポケットを指さしていた。

「あ…………」

 私はちぃちゃんの意図に気づいて、自分の制服の内ポケットから、今日出発前に真人君に貰った御守りを取り出す。

 そうだよ。私は一人じゃない。

 横にはちぃちゃんがいてくれるし、山根君と茜さんと清水君も応援してくれている。

 そして何より、真人君が付いていてくれている。たとえ今は近くにいなくても、この御守りから真人君を感じることが出来る。そう思うと私の中から緊張が薄れ、真人君や皆の思いで心が満たされる。

 真人君、そしてみんな見てて。

 私とちぃちゃん、高崎高校は必ず金賞をとって帰るから。

「さぁ、いよいよ本番よ。皆はこれまで厳しい練習を通して夏休みより明らかにスキルアップしてるわ。今日までの練習の成果を出し切って、最高のパフォーマンスを見せましょう」

「「はい!」」

 お姉ちゃんの言葉に私達は大きな声で応えた。

 そしてついに高崎高校の出番となり、私達はステージに登壇した。

 夏休みに立ったステージよりも大きい。客席も物凄く多くて、ここまで勝ち進んできた学校の生徒と先生で客席はほぼ埋め尽くされている。

 会場の空気にのまれそうになったけど、目を閉じ制服の内ポケットにしまっている御守りに制服越しで触れる。

 意識を集中……うん。いける!

 目を開けるとお姉ちゃんが客席に向かって礼をしていた。

 客席から拍手が起こる。

 程なくして拍手が止み、会場内を静寂が包み込む。

 お姉ちゃんが両手を上げ、伴奏者の女子部員と目を合わせる。

 指揮を始め、ピアノの音も聞こえてきた。

 私は今日まで練習してきた事、その全てを出し切るべく歌った。

 さっきまでガチガチに緊張していて、喉も乾いていたのに、自分でも驚くほど声がよく通った。

 練習で余程調子がいい時と同じ、いやそれ以上かもしれない。

 私はソプラノ担当なんだけど、同じソプラノの子の声も、他のパートの歌声もよく通っている。

 私を含めて、みんな調子が良い人がほとんどなのかな?

 いや、きっと今までの練習の成果が遺憾無く発揮されているからなんだ。

 指揮をしているお姉ちゃんも、私達の歌声を聞いて時折笑顔を見せてくれている。

 きっとお姉ちゃんも私達が練習の時以上の実力を発揮しているからなんだろう。

 やがて私達は歌い終わり、指揮と伴奏も止まった。

 お姉ちゃんが再び客席に向かって礼をする。

 すると客席から大きな拍手が聞こえてきた。

 拍手の大きさからも手応えを感じながら、私達はステージから降段した。

 全ての学校の歌唱が終わって、いよいよ結果発表の時がやってきた。

 私は客席の隣に座っていたちぃちゃんと手を繋ぎ、固唾を飲んで結果を待った。そして───。


『金賞 高崎高校』


 金賞を獲得した学校の発表になって、高崎高校は一番最初に呼ばれた。

 呼ばれた瞬間、私はちぃちゃんと向かい合って、嬉しさのあまり涙を流しながらちぃちゃんと抱き合った。

 真人君。私……やったよ!

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