第68話 金賞報告と真人の嘘

 大会が終わって、私達は今日泊まる旅館にやって来た。

 三階建ての旅館で、外観は古風な造りなんだけど、中はとても綺麗に整備されていて、そしてとても大きかった。

 部屋は男子が二階に一部屋、女子は三階に二部屋になっていて、何か間違いが起こるのを防ぐために男女で階をわけたみたい。

 女子は十九人いるから、十人と九人で一部屋ずつ別れて、私はもちろんちぃちゃんと一緒の部屋にした。

 夕食はとても豪華で美味しく、皆「うまっ」とか「美味しい」と言って舌鼓を打っていた。

 夕食の後は少し時間を置いて、露天風呂付き大浴場でお風呂になっているのだけど、その間の時間を使って、浴衣に着替えた私は一階の広間に移動して、そこにある椅子に座って電話をかけた。

 相手はもちろん私の大好きな彼氏、真人君だ。

「もしもし真人君? 今電話して大丈夫?」

『大丈夫だよ綾奈さん。そっちは今はホテル?』

 あれ?何かおかしいな。

「うん。今日泊まる旅館だよ」

『そっか。お疲れ様』

 真人君が労いの言葉をかけてくれた。それだけで今日頑張ったのが報われる気がした。

 でも何だろう?真人君の声がいつもと違う。そう思いながらも私は早く報告したい気持ちから、テンション高めに結果を話した。

「ありがとう。ねえ聞いて。合唱コンクールの結果なんだけど」

『うん』

「金賞を貰いました!」

『マジで!?おめでとう綾奈さん』

「ありがとう真人君。凄く嬉しい」

 真人君がお祝いの言葉をくれた。嬉しくて飛び跳ねそうだけど、流石にここでやると恥ずかしいので心の中で飛び跳ねた。

『二人が帰ってきたら祝勝会だね』

「うん。凄く楽しみ。……そ、それでね」

『ん?』

「金賞を取った、ご、ご褒美が欲しいな」

『ご褒美?』

「その、真人君にいっぱい甘えたい」

 言っちゃった。付き合ってから今まで抱きしめてもらったり、頭撫でて貰ったりと散々甘えてきた自覚はあるんだけど、やっぱり離れた所にいるからいつもより余計に真人君が恋しい。こうして話していると一刻も早く会いたいって気持ちが強くなってくる。

『っ! んっ、ごほっ、ごほっ!』

 真人君が咳き込んだ。声に違和感があるし、体調が悪いのかな?

「真人君、大丈夫?」

『え?』

「咳き込んでるし、いつもと声も違うから……」

 普段お話していても真人君はほとんど咳き込んだりしないのに、今日はこうして咳き込んでるし、声が掠れていて少しだけど鼻声のように聞こえた。

『あぁ、実は昼から一哉と健太郎と茜とでカラオケに行っていてね。それでシャウトしすぎただけだよ』

「……本当?」

 真人君を疑いたくはないけど、どうしても心配な私は念の為もう一度聞いてみた。

『本当だよ。心配かけてごめんね』

 真人君は私に心配かけない為に優しく話してきた。

 ダメだよ……そんな優しい声を聞いたら、会いたいって感情が抑えきれなくなっちゃう。

「私は真人君の彼女だもん。心配するのは当たり前だよ」

『明日にはマシになってると思うから』

「じゃあ……」

 私はそれが我慢出来なくて、今日ずっと頭の片隅で言おうか迷っていた言葉を口にした。

「……真人君の、家に行っていいかな?」

『……へっ? ごほっ!』

 真人君は驚きの声を上げた直後、また咳き込んでしまった。あまり声に負担をかけないようにしないと。

「真人君に会いたすぎて、多分いつも抱きしめてくれる時間だけじゃ足りないから……誰にも邪魔されずに真人君に甘えたい……ダメかな?」

『美奈の奴が邪魔してきそうだけど』

「明日の真人君との時間は美奈ちゃんでも絶対邪魔させないよ」

 明日は日曜日だから、真人君のご家族も家にいるんだよね。そしてたまに私を揶揄ってくる美奈ちゃんも家にいるはず……だけど、明日は絶対に邪魔させない。何度念押ししてでも二人きりの空間に入ってこさせないようにする。それでも入って来たら……どうしてあげようかな?

『な、なんか凄い気迫がスマホ越しから感じるんだけど』

「それだけ真人君に会いたいんだもん」

『わかった。綾奈さんへのご褒美だもんね。じゃあ明日家に案内するよ』

「ごめんねわがまま言って」

『わがままなんて思ってないよ。綾奈さんは頑張って金賞とったんだから当然の権利だと思う。それに……俺も綾奈さんに早く会いたい』

「っ!」

 真人君も私に会いたいって思ってくれてるんだ。

 ダメ……嬉しすぎて顔がニヤけちゃう。

「えへへ……凄く嬉しい」

 もっと話していたいけど、そろそろお風呂の時間だから……名残惜しいけど切らなきゃ。

「じゃあ、もうすぐお風呂の時間だから切るね」

『わかった。温まってきてね』

「ありがとう真人君。じゃあまた明日。……大好き」

『うん、また明日ね。……俺も大好きだよ綾奈さん』

 電話を切って、さっきまで真人君と繋がっていたスマホをじっと見つめる。

「……えへへ」

 あぁ、明日が楽しみすぎてニヤニヤしちゃう。やっぱり今すぐにでも会いたいよ。

「何だらしない顔してるのよ?」

「お、お姉ちゃん!?」

 上から声がしたと思って見上げると、そこにはお姉ちゃんが呆れた顔で私を見ていた。

「お風呂の時間で呼びに行ったら綾奈いないし、電話も繋がらないから探してたんだけど、はぁ……こんな所で真人君と話してたなんてね」

 お姉ちゃんは呆れたように嘆息していた。

「なんで真人君と話してたってわかるの?」

「綾奈があんなだらしない顔になる相手なんて真人君しかいないでしょ?」

 まただらしない顔って言われた……そんなにだらしない顔してたのかな?

 そんなことを考えながらスマホで今の時刻を見ると、入浴開始の時間はとっくに過ぎていた。

「急いで準備しなくちゃ!」

「そんなことだと思って持ってきたわよ」

 そう言ってお姉ちゃんが手渡してくれたのは、私の下着が入った小さなバッグだった。

「女子の部員はみんな私と綾奈が姉妹なのは知ってるから、みんなに断って部屋に入って綾奈の下着を持ってきたのよ」

「あ、ありがとうお姉ちゃん。じゃあ行ってきます」

「綾奈」

 お姉ちゃんにお礼を言ってから急いで大浴場の方に向かおうとしたら、お姉ちゃんに呼び止められた。

 また何か注意されるのかなって思いながらお姉ちゃんの方を振り向くと、そこには先生じゃない、いたずらっぽい笑みをした私のお姉ちゃんがいた。

「そういう純白なのも良いけど、真人君を誘惑するのならもう少し大人な感じのもいいと思うわよ」

 私は手に持っている下着が入ったバッグを見て、すぐさま顔が熱くなった。

「お、お姉ちゃんのバカ!!」

 大声でそう言うと、火照った顔そのままに、私は大浴場に走った。



「はぁ……何とか誤魔化せたかな?」

 綾奈さんとの通話が終了した俺は、先程まで俺が世界一大好きな彼女の声が聞こえていたスマホを枕の横に落とした。

 それから傍にあった体温計を右脇に刺した。

 俺はさっき、綾奈さんに嘘をついた。

 今日はみんなとカラオケになんて行っていない。それどころか、綾奈さんと千佳さんの見送りに行って帰ってからは、どこにも出かけていなかった。

 特に予定もなかったので、食事とトイレ以外は部屋でマンガやラノベを読んだり、ゲームをしたりとオタ活に専念していた。もちろん高崎の金賞獲得は祈っていた。

 だからというべきか、自分の体調の変化に割と早く気が付いた。

 最初は喉に違和感を覚えただけだったのだが、時間が進むに連れ、徐々に喉が痛くなっていって咳が出だし、鼻も詰まっていき、少しフラフラしている。

 ピピッ、ピピッと体温計が測定完了の音を出した。

 俺は体温計を脇から抜いて、表示された数値を見る。

「三十七度二分か……」

 恐らくここ最近、連日の寒暖差の影響をもろに受けて体調を崩してしまったんだろうな。

 微熱だが油断は出来ない。

 風邪の引き始めで、これからまだまだ体温は上昇し続けるかもしれない。

 さっきの電話の中でもし俺が本当の事を言ったら、綾奈さんは俺を心配して、最悪今すぐ俺の所へ行くなんてことを言いそうだったから嘘をついた。

「……にしても、なんでこのタイミングなんだよ」

 家には病院で出される風邪薬はなく、市販の薬が少しあるだけだ。

 明日の夕方には綾奈さんを我が家に招待する約束をした。

 だから、明日の夕方までには何としても完治させなければならない。

 多分あの発言は、綾奈さんも大分勇気を出して言ってくれた言葉だ。

 綾奈さんの言葉は心底嬉しかった。

 こんな風邪程度でそれを中止にするなんて出来ない。

 俺は綾奈さんに会いたいんだ!

 俺はベッドから起き上がり、少しふらつく足取りで一階のリビングに下りて薬を服用した。寒くて身体が震える。

 とにかく明日の夕方まで横になり少しでも体調をいい方へ持っていく。

「帰ったら俺に真っ先に会いたいと言ってくれたことも、勇気を出して俺の家に行きたいと言ってくれたことも、絶対に叶えてみせる」

 俺は冷やしまくらと額に貼る冷感シートを冷蔵庫から取り出して、自分の部屋に戻って布団の中に潜った。

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