第3節 綾奈と千佳、合唱コンクール全国大会へ
第66話 大会前、最後の激励
翌日の土曜日、時刻は午前六時。
まだ完全に陽が登っていない早朝、俺は駅に来ていた。
理由はもちろん、今日合唱コンクール全国大会に出発する綾奈さんと千佳さんの見送りの為だ。
十一月の早朝は思っていたよりも冷える。
それにまだ眠い。
「ふぁ~あ」
俺の横にいる一哉が欠伸をした。
なぜ俺だけでなく一哉もいるのかというと、一昨日学校で一哉に「全国大会に行く綾奈さんと千佳さんをサプライズで見送りに行かないか」と提案していたからだ。一哉その提案に了承してくれてこうして二人で早朝の駅に来ていた。
茜と健太郎にもこの話はしたのだが、二人とも風見高校近くに住んでいた為、こっちに来るまでに二人が出発してしまう為に断念した。
「やっぱり眠いな」
欠伸をしていた一哉が目を擦りながら言ってきた。
「確かにな。そして寒い」
俺もこの時のために五時に起床した。普段休日は八時くらいまで寝てるし、平日でも五時はまだ夢の中にいる時間帯なので、起きるのに苦労した。
「寝たら死ぬぞ!」
「そんな大袈裟なレベルじゃないだろ。真冬の北海道じゃないんだから……っておい!その流れで俺をビンタしようとするな!」
そんな俺のツッコミに一哉はけらけらと笑っている。
こいつ、さっきまで欠伸して眠そうだったのに何でこんなテンションでふざけられるのか。いや、考えるのもバカらしいのでやめとこう。
「……えっ!?」
一哉とそんなバカみたいなやり取りをしていると、少し離れた所から驚きの声が聞こえた。
声がした方を見ると、そこには綾奈さんと千佳さんがいた。
俺は二人に向かって手を振った。
そうすると、綾奈さんはとてとてと駆け足で俺たちの元へやってきた。
何で俺と一哉がここにいるのかわからない、と顔に書いてある。後やっぱり可愛い。
「え? え? な、何で真人君と山根君がいるの?」
綾奈さんが顔に書いてある事を口に出した。
「二人に大会前最後の激励にね」
「そういうこと」
一哉の説明に俺が肯定する。
歩いて俺たちの元にやってきた千佳さんは何やら嘆息している。
「はぁ……どうせ真人は綾奈に会いたいから昨日に続いて来たんでしょ?」
千佳さんにあっさりと見抜かれてぐぅの音も出ない。
「そ、それと、これを渡しに来たんだよ」
そう言って俺が見せたのは必勝祈願の御守りだ。今週の学校終わりに神社に行って買っていたやつだ。
色は金色と綾奈さんに渡すのには少々似合わない色だけど、この色を選んだのにはちゃんと理由がある。
「この御守りの金色って、もしかして」
「うん。綾奈さんと千佳さん……高崎高校が金賞をとれますようにって」
合唱コンクールのは金賞、銀賞、銅賞の三つから評価される。もちろん金賞が一番上だ。
この金賞を取れるのはわずか数校のみの狭き門だ。麻里奈さん指導の元、ここまで厳しい練習を積んできた高崎高校の皆には是非とも金賞を取って欲しい。そんな願いからこの御守りにした。
「あたしは昨日健太郎に貰ったけど、何で昨日綾奈にあげなかったのさ?」
千佳さんが半ば呆れたような半目になり聞いてきた。
「それはほら、直前に渡したかったから」
「……単に昨日渡し忘れてたんじゃないの?」
……一哉と言い千佳さんと言い、何で俺達の親友はこんなにも鋭いのか。
昨日の帰りに綾奈さんとイチャイチャしていて御守りの事を失念していたのは本当だ。
で、でも仮に昨日御守りを渡したとしても今日も見送りに来るつもりだったので結果オーライだ(?)
「綾奈さん、頑張ってね」
俺は綾奈さんに御守りを手渡し優しく握らせる。
「ありがとう真人君。頑張ってくるね」
綾奈さんは御守りを受け取ると笑顔で俺にお礼を言った。
それから綾奈さんは顔を赤くしながら何かもじもじしている。どうしたんだ?
「あ、あのね、よ、良かったら……真人君成分を補充させてほしいんだけど」
「え?」
「その……ギュッて、してほしい……です」
綾奈さんの声にデクレッシェンドが掛かり、段々と弱く消え入りそうな声になる。
ハグは何回もしてきたけど、今は俺たちだけじゃなく一哉と千佳さんもいる。加えて駅の前なので、早朝とはいえ電車を利用する人が少なからずいるのでちょっと恥ずかしかったりする。
俺は一哉と千佳さんの方を見る。
「いや今さら俺らに気をつかう必要ないだろ」
「そうそう。てかそろそろ行かないと遅刻するから早くしなよ」
「わ、わかった」
二人の言葉に頷き、俺は綾奈さんを抱きしめた。
綾奈さんも俺の腰に手を回してくる。いつもより力強く抱きしめられている。
俺は両手で綾奈さんの背中と後頭部をそれぞれ押さえて抱きしめる。
あぁ……離したくないなぁ。
一哉達が傍にいても、道行く人が俺達を見ていても、一度綾奈さんを抱きしめたらずっとこのまま抱きしめていたくなってしまう。
でもそうなると、二人が遅刻してしまい、麻里奈さんや他の部員の迷惑になるので、俺は綾奈さんの後頭部に手を軽くぽんぽんと当てて綾奈さんから離れた。
綾奈さんの顔を見ると、頬が赤くなっており、気恥しさからか目線を少し下げていた。
だけど少しして綾奈さんは笑顔で俺を見た。
「ありがとう真人君。私、頑張ってくるね!」
「うん。ここから応援してるよ」
そのまま綾奈さんと見つめ合っていると、千佳さんが綾奈さんの腕を引っ張りながら歩き出した。
「はいはい、マジで遅れるから行くよ」
「あぁ~、ま、真人君、それから山根君。行ってきます!」
「ありがとね二人共。行ってくるよ」
綾奈さんは少し困った様な表情をしていたけど、すぐに笑顔になり千佳さんと一緒に駅構内に向かっていった。
「綾奈さん、千佳さん、行ってらっしゃい!」
「二人共頑張って!」
俺達は二人が見えなくなるまで駅の入口を見ていた。
「行っちまったな」
「あぁ」
「高崎は金賞取れるかね?」
「取るさ、必ず」
「西蓮寺さんが遠くに行くからって寂しいとか言うなよ」
「寂しい……」
「おい……明日の夕方までの辛抱だ。帰ってきたらいっぱい労ってやれよ」
「おう」
そんなやり取りをして、俺達は駅を離れようとした。
「ん、んん!」
ふと、喉の奥に何かが詰まってるような違和感を感じて咳払いをする。
「なんだ?風邪か?」
「いや、多分朝早くから大声出したからだろうな」
心配する一哉をよそに、特に気にすることなく俺達はそれぞれの家路についた。
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