第54話 綾奈の母親と初の対面
松木先生に俺と綾奈さんが抱きあってるのを見られた。
松木先生は昨日の俺のスピーチは聞いているはずだけど、俺達が付き合っていることは知らないはずだ。
この状況を見て、松木先生はどう思うのだろう。
俺が無理矢理綾奈さんに抱きついていると思われるのだろうか。
そう考えると、肌寒い気候なのに俺の全身から嫌な汗が出てきた。
俺と綾奈さんは互いに離れて、俺はそこからすぐに松木先生に向かって頭を下げた。
「すみません松木先生!」
「おかえり綾奈。真人君も…………え?」
「え?」
ほぼ同時に声を発した為、互いのリアクションに困惑した声を漏らした。
「どうして真人君が謝るのかしら?」
「い、いやだって、妹さんを抱きしめていて、松木先生は俺が綾奈さんに無理矢理抱きついていると思われると思って」
松木先生の問いかけに、俺はしどろもどろになりながらも答える。
ヤバい……どんなに釈明しても、怒られる未来しか見えない。
「え?二人は付き合ってるんでしょ?」
「決して無理矢理ではなくてこれは…………へ?」
松木先生の予想外の返しに、必死に釈明しようとテンパっていた俺からマヌケな声が出てしまった。
「綾奈の気持ちは本人から聞いて知っていたし、昨日の真人君の告白も綾奈へのものだったでしょ?だから二人はもう付き合ってると思ったのだけど、違う?」
「い、いえ!違わないです。昨日から綾奈さんとお付き合いをしております!」
まだ緊張が抜け切れてない俺は、つい、いつも以上に畏まった返事をしてしまう。
「ふふっ、そんなに畏まらなくて良いわよ。綾奈も、よかったわね」
「……うん」
松木先生は綾奈さんに優しく微笑んで、綾奈さんはまだ恥ずかしがってるのか、顔を赤くして、下を向いたまま松木先生の言葉に頷いている。
すると、玄関からもう一人の女性が出てきた。
「おかえり綾奈。それから、貴方が中筋真人君ね」
そう言った女性を見ると、年齢は見た目二十代後半から三十代前半くらいで、長い黒髪を後ろで一つに束ねている。
身長は綾奈さんとほぼ同じくらいで、スレンダーで美しい体型、そしてかなりの美人だ。
「はじめまして。綾奈と麻里奈の母、西蓮寺明奈です」
「っ!」
綾奈さんと松木先生のお母さん!?
いや、それにしては若い。母親と言われなければ二人のお姉さんでも通用するレベルだ。
松木先生が何歳かはわからないが、先生の母親ということは、うちの母さんとほぼ同年代ということになるのか?
「は、はじめまして!中筋真人と申します。あ、綾奈さんと昨日からお付き合いをさせて頂いております」
俺は背筋をピンと伸ばして、腰を九十度に折り曲げ丁寧に頭を下げて綾奈さんと松木先生の母親、明奈さんに挨拶をする。
「そんなに畏まらなくていいわよ。いつも綾奈がお世話になってます」
そんな俺に優しく声をかけてくれる綾奈さんのお母さん。姉妹と同じく、優しそうな人だ。
「綾奈と麻里奈から聞いていた通り、真面目そうな子で安心したわ。麻里奈の旦那さんの翔太君といい、うちの娘二人は良い人を見つけてくれて私も嬉しいわ」
翔太さん……今日の朝、幸ばあちゃんもその名前を口にしていたな。
松木先生の旦那さんはとても優しい人なんだろうな。
「き、恐縮です。でも、松木先生は旦那さんが家で待ってるんじゃ……」
「心配しなくても、翔太さんはまだ仕事だから大丈夫よ。それより真人君」
「は、はい」
「私からお願いがあるのだけど、良いかしら?」
松木先生が俺にお願い?恐らく綾奈さん関係のことなんだろうけど、何を言われるんだろう。
「こういうプライベートの時は、私のことを名前で呼んでくれないかしら?」
「…………へ?」
俺の予想は大きく外れた。
しかし、他校とはいえ、教師を名前で呼んで良いのだろうか?いくら本人からの頼みとはいえ躊躇してしまう。
「えっ、いや、でも……」
「真人君が考えてることはわかるわ。でも、将来私の義弟になる子に「先生」って呼ばれるのもちょっと寂しいから……ダメかしら?」
「お、お姉ちゃん!?」
俺の代わりに綾奈さんが驚きの声を上げた。
交際二日目なのに彼女のお姉さんからそんなことを言われて驚かないやつなんていないだろう。
「あら?私はてっきりそうなるのだと思ってたのだけど、綾奈は違うのかしら?」
気のせいか、松木先生がなんかいたずらっぽい笑顔を見せている。
そんな笑顔も美しいとか、この姉妹、やはり反則だろう。
「ち、違わないもん!真人君とは何があっても絶対離れないもん!」
綾奈さんはそんな松木先生の言葉に、少し子供っぽい口調で語句を強くして否定した。
そして俺の腕に抱きついてくる綾奈さんは、とても可愛らしかった。
綾奈さんがここまで言ってくれてるのに、これ以上俺が狼狽える訳にはいかないよな。
「俺も綾奈さんと同意見です。じゃあ、ま、麻里奈さん。これからもよろしくお願いします」
俺は少しどもりながらも、松木先生、いや、麻里奈さんの目を見てそう告げた。
「じゃあ真人君。私のことも気軽に名前で呼んでちょうだい」
そこに綾奈さんのお母さんが便乗するように言ってきた。
「わ、わかりました。明奈さん」
明奈さんは、俺の言葉にえらく上機嫌に微笑んできた。
「じゃあ綾奈。もう遅いし、そろそろ真人君を離してあげなさい」
明奈さんの言葉で俺は時計を見る。すると既に十九時を過ぎていた。
「…………むぅ」
綾奈さんは今日四度目の可愛らしい不満の声を漏らした。
明奈さんの言葉を聞かずに、俺から離れようとしない。
「真人君。良かったら今度うちにいらっしゃい。お父さんも真人君に会いたがってるから」
明奈さんの言葉を聞き、俺にまた緊張が走る。
「わ、わかりました」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。お父さんは優しい人だし、綾奈と一緒に真人君のことを話したら好印象だったから」
綾奈さん、俺のことをお父さんに話したのか。
まぁ、俺も母さんに話したし、父さんの耳にも入ってるだろうから、それに対してどうこう言ったりしないけど、やっぱり男親に会うのは凄く緊張するな。
「わかりました。近いうちにお邪魔させていただきますね」
「えぇ。待ってるわ」
「なら真人君。翔太さんがやっているお店に綾奈と一緒に来て欲しいわ。翔太さんに真人君のことを話したら、彼も貴方に会いたがっていたから」
麻里奈さんが俺と明奈さんの会話に乗っかってきた。翔太さんがやっているお店?一体なんだろうと思い、麻里奈に聞いてみることにした。
「旦那さんは何かお店を経営してるんですか?」
「えぇ。翔太さんはパティシエなの」
「パティシエ!?」
何ともオシャレな単語が出てきたな。
「ドゥー・ボヌールってお店。聞いたことない?」
「えっ、そのお店って……」
麻里奈さんが告げたお店の名前は俺も知っている。確かローカルニュースで特集されていたはずだ。
ドゥー・ボヌールの提供するケーキははどれも美味しく、店員の接客態度もとても良く、店長がイケメンで、他の店員さんもイケメンだったり可愛い人が多いと話題になっているお店だ。
「翔太さんはそこの店長よ」
「店長!?」
麻里奈さんの話によれば、店舗兼自宅になっているそうだ。
店長ということは、そのニュースでやっていた特集にも出ているはずなんだけど、ちゃんと見ていなかったので、顔までは覚えていなかった。今度美奈にでも聞いてみるか。
「えぇ。彼の作るケーキはどれも絶品だから、是非食べに来て」
麻里奈さんが満面の笑みで旦那さんの作るケーキを推してくる。
普段クールな麻里奈さんがこんな笑顔を見せるほど旦那さんのことを、そして旦那さんが作るケーキを愛しているんだな。
そんな麻里奈さんの言葉と表情に俺はドゥー・ボヌールと言うお店にも、そして麻里奈さんの旦那さん、松木翔太さんにも興味が出てきた。
「はい。是非今度綾奈さんと一緒に行きます」
「ふふっ。主人に伝えておくわね」
俺と麻里奈さんの会話が終了したのを見計らって、今度は明奈さんが口を開いた。
「……それじゃあ綾奈、そろそろ真人君を離してあげなさい」
綾奈さんはあれからずっと俺の腕に抱きついている。一向に離す気配がなかったので、明奈さんが二度目の注意をした。
「……はぁい」
これにはさすがの綾奈さんも抵抗する意思は見せず、ゆっくりと俺の腕から離れた。その顔はとても寂しそうだ。
「それじゃあ明奈さん、麻里奈さん。これで失礼します。綾奈さんもまたね」
俺は明奈さんと麻里奈さんにお辞儀をして、綾奈さんに笑顔で挨拶をして彼女の頭を撫でた。
「…………えへへ」
すると綾奈さんは寂しそうな表情から一変して、蕩けた笑顔になった。
「あらあら」
「ふふっ」
何やら二人から生暖かい目で見られているが、構わず綾奈さんの頭を撫でた。
十秒程撫でた後、俺は手を離して、改めて明奈さんと麻里奈さんにお辞儀をして、綾奈さんに手を振り西蓮寺家を後にした。
帰り道、俺はスマホを取り出してメッセージアプリを開き、健太郎に今日綾奈さんの話し相手になってくれた事へのお礼のメッセージを飛ばした。
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