第51話 綾奈の不満

 駅へ向かう道を綾奈さんと二人で手を繋いで歩いていると、綾奈さんはまた「むぅ」と言って、頬を膨らましていた。

 何か嫌なことでもあったのだろうか……気になった俺は綾奈さんに理由を聞くことにした。

「綾奈さん、何かあった?さっきからむくれてるけど」

「……真人君って、茜さんとはいつもあんな感じなの?」

「あんな感じ」がどれをさしているのかがわからない。流石に俺と茜が親密な関係にあるとは思っていないだろうけど。

「あんな感じって?」

「真人君の茜さんに対する態度が山根君や清水君と同じだなと思って」

「まぁ、茜とは付き合い長いからね」

 幼なじみで、小さい頃からよく遊んでいた茜と、付き合っているとはいえ最近までほとんど喋ったことがなかった綾奈さんとでは、普段の接し方に差が出るのは仕方がないと俺は思っていたけど、綾奈さんはそれがご不満のようだ。そして一番の不満は次に綾奈さんから発せられた言葉だろう。

「それに、茜さんのことは呼び捨てだし」

「まぁ、子供の頃から普通にそう呼んでたからね」

 先輩後輩の概念が乏しい小学生時代からそう呼んでいたのでそれが抜けず、茜も特に気にしてない様子だったので、今現在も茜に対しては普通に呼び捨てで呼んでいる。

「私も真人君に呼び捨てで呼ばれたい」

 綾奈さんは立ち止まり、上目遣いで呼び捨てにすることをお願いしてきた。

 そんな顔をされると俺も弱いので、意を決して綾奈さんを呼び捨てで呼んでみるとこにした。

「あ、綾奈…………さん」

 はいひよりました。

「…………むぅ」

 あぁ、綾奈さんが目に見えてしょんぼりしてしまった。

「ご、ごめん。でも名前で呼び出してからまだ一週間と少ししか経ってないから……。ヘタレで申し訳ないんだけど、もう少し時間が欲しい……ダメかな?」

「……いいよ。私もわがまま言ってごめんね」

「いやいや、わがままじゃないよ」

「うん。真人君が呼び捨てで呼んでくれるまで待ってるよ。ずっと」

「っ!」

 その言葉を聞くと、俺の心臓が大きく跳ねるのを感じた。

 だってさっきの言葉……逆プロポーズに聞こえなくもないから。

 そんな俺の動揺を知らない綾奈さんは、にこにこした表情に戻り、更に俺にくっついて腕と腕が完全に密着する状態になった。

 綾奈さんから発せられるいい匂いと、女性特有の身体の柔らかさに内心ドキドキしながら、俺は再び綾奈さんと駅に向かって歩き出した。

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