第46話(第1章エピローグ) 後夜祭
時刻は十八時二十分。
晴れて恋人関係になった俺と綾奈さんは、気持ちを落ち着かせてから手を繋いでグラウンドにやってきた。もちろん指を絡めた恋人繋ぎだ。
グラウンドは既に後夜祭が始まっており、結構な人数が参加していた。
「真人ー、西蓮寺さーん!」
しばらくグラウンドを二人で歩いていたら、聞き覚えのある声が俺達を呼んだので、声がした方を見ると、そこには一哉と茜がいた。
「やったな真人。おめでとう」
二人の傍に行くと、繋がれている俺と綾奈さんの手を見た一哉が、祝福の言葉をかけてきた。それは普段のからかいではない、心からのものだった。
「おかげさまでな」
「あのスピーチも良かったよ。本当におめでとう真人。それから……」
茜はそう言うと、繋いでいた一哉の手を離し、一歩綾奈さんに近づいて、思い切り頭を下げた。
「西蓮寺さん。昼間の事は、本当にごめんなさい!」
茜が綾奈さんに謝罪の言葉を口にした。
謝った後も、茜が頭を上げる気配はなく、俺達は困惑した。
「い、いえ、話は真人君から聞きました。もう気にしてませんから、頭を上げてください」
綾奈さんがそう言うと、茜はゆっくりと顔を上げる。だけど、表情は暗いままだ。
「もしあの事が原因で、二人の仲が壊れたりしたらって思うと、合わせる顔がなかったから……」
「この通り、真人君とお付き合いする事が出来ましたから、だからもう気にしないで下さい」
綾奈さんはにっこり笑って、茜にそう告げた。
「……」
綾奈さんの言葉と表情に茜は言葉をなくして、口を開けて綾奈さんを見ている。
「何か、真人が西蓮寺さん好きになるの、わかる気がする」
「だろ?」
「いや、茜は俺のだから。たとえ西蓮寺さんでも渡さないから」
一哉が慌てて茜を止めに入る。いや、多分冗談ってわかってるからフリだなこれは。
そんな一哉に茜が近づいていき、再び一哉と手を握った。
「心配しなくても、カズくんから離れたりしないよ」
茜はそう言うとニカッと笑い、一哉にウインクを飛ばした。
繋がれた二人の腕を見ると、そこには色違いでお揃いのブレスレットが触れ合っていた。
「良ければ、茜さんって呼んで良いですか?私、茜さんと仲良くしたいです」
「もちろんだよ!これからよろしくね。綾奈ちゃん」
綾奈さんの言葉に茜が満開の笑顔になり綾奈を抱きしめた。
「あ、ここにいた。綾奈ー!」
「ちぃちゃん!」
離れたところから宮原さんの声がしてそちらを向くと、宮原さんが走ってこっちに向かってきていた。
そんな宮原さんを見た綾奈さんも宮原さん目掛けて駆け足になる。
「上手くいった?」
「うん!」
「おめでとう綾奈!」
そんな短いやり取りの後、宮原さんは綾奈さんを抱きしめた。
そんな二人を見ていると、宮原さんの後ろから近づいてくる一人の男子がいた。
「おめでとう西蓮寺さん。そして真人」
「あなたは昼間、私達のクラスに来ていた……」
「ありがとう健太郎」
「えっ!? 清水君なの!?」
どうやら綾奈さんはあのイケメンが健太郎っていうことを知らなかったみたいだ。
あの時は綾奈さんはいなかったし、綾奈さん達のクラスに行った時も自分の事は言わなかったんだろうな。
苦笑いしながら見ていると、俺たちの傍に来た三人。
「中筋も、おめでとう」
宮原さんは俺の方を見て、俺にも祝福の言葉をくれた。
その表情はとても穏やかで、今まで見たことがない表情だった。
「ありがとう。でもこうして綾奈さんと付き合えたのも宮原さんがいたからだよ。本当にありがとう」
宮原さんがいなければ、綾奈さんと一緒に下校するなんて事にはならなかったし、合唱コンクール以降、俺と綾奈さんに接点は生まれなかっただろうから、本当に宮原さんには感謝してもしきれないくらいだった。
「それで、その……。実はあたしから、いや、あたし達からも報告があるんだけど」
急に宮原さんの歯切れが悪くなった。顔も赤いし、一体何を言うつもりなんだろう?
「実は僕達、付き合う事になりました」
「「「「ええええぇぇえええええ!?」」」」
なかなか言い出せずにいた宮原さんに変わり、衝撃の事実を口にした健太郎。
あまりの突然の発表に俺、綾奈さん、一哉、茜は揃って驚きの声を上げた。
「えっ、待って!?いつの間にそんな風になってたの!?」
綾奈さんが俺達を代表して宮原さんに詰め寄る。
宮原さんの二の腕付近を掴み、前後に揺らしてるから宮原さんはぐわんぐわんしている。
そして宮原さんの持っている二つの大きな果実もぷるんぷるんしている。
「お、落ち着きなって綾奈。実はあの勉強会以降、ちょくちょく二人で会っていて、ある時健太郎が告白してくれてね。あたしも満更じゃなかったんだけど、でも綾奈が中筋と付き合うまでは返事は出来ないって言って先延ばしにしてたんだよ。で、今日二人が付き合いだして、あたしも健太郎の告白をオッケーしたって訳」
「そ、そうなんだ」
説明してもらってもまだ状況が整理できないでいる綾奈さん。
いや、俺だって全然整理できてない。
「じゃあ、健太郎はいつから宮原さんの事が好きだったんだ!?」
未だ混乱している中、俺は頭に浮かんだ疑問を健太郎にぶつけた。
「始業式の後、校門で初めて千佳さんを見た時からかな。一目惚れだったよ」
「ま、マジか」
あの時健太郎がぽかんとしていたのは宮原さんにビビっていたからではなく、見惚れていたからだったんだ。
「でも清水君、一緒に教室に来ていたあの女の人は?」
「あれは僕の姉さんだよ」
「えぇ!?そうだったの!?」
健太郎の説明にまたしても驚きの声を上げた綾奈さん。
「まぁ、とにかく、これからも綾奈の事、頼んだよ真人」
「えっ!?」
宮原さんが突然俺の事を名前で呼んできた。
びっくりして俺は目を見開き驚きの声を上げる。
「あんたはこれから綾奈とずっと一緒にいるんだ。つまり綾奈の親友であるあたしとも長い付き合いになるんだから苗字で呼ぶのもよそよそしいっしょ?」
宮原さんの中では俺と綾奈さんがこの先も一緒に居ることは決定事項のようだ。
俺も綾奈さんを手放すつもりは全くないから間違ってないけどね。
「もちろん。何があっても綾奈さんを守れるよう頑張るよ。だからこれからもよろしく千佳さん。健太郎と仲良くね」
そう言うと千佳さんは頬を赤らめ照れくさそうにそっぽを向いた。
「あーそれと、あたしからもう一つ真人に言っておく事があるんだ」
「え、何?」
俺の方に向き直った千佳さんは苦笑いのような、ニヤニヤしたような笑みを浮かべている。
一体何を言うつもりなんだろうか?
「綾奈は、多分あんたが思ってるより数倍、あんたの事が好きだからね」
「へっ?」
千佳さんのその言葉に、変に身構えていた俺はつい素っ頓狂な声を出してしまった。
「ち、ちぃちゃん!」
「違うの?」
千佳さんの言葉に顔を真っ赤にして慌てていた綾奈さんだったけど、千佳さんの問いに、目を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
それから綾奈さんは踵を返し、俺の方に駆け寄って、その勢いのまま正面から俺に抱きついてきた。
「ずっと一緒だよ。真人君」
綾奈さんの行動に面食らってしまったけど、すぐに目を細めて綾奈さんを抱きしめた。
「もちろんだよ綾奈さん」
ひょんな事から始まった好きな人のボディーガードだけど、俺はこれからも、自分の人生をかけて綾奈さんを守っていこうと、何があっても支え合っていこうと強く胸に誓いながら、後夜祭を楽しんだ。
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