第38話 和風喫茶

 行列に並んで十数分、受付の女子生徒に呼ばれていよいよ和風喫茶となった教室に入る時がやってきた。

 受付の女子生徒は、少し薄い赤色を基調とした、時代劇なんかに出てくるお茶屋さんの様な着物を着ていた。

 廊下から教室を除くと、これまた時代劇のお茶屋さんみたいな横長の椅子に上から赤い布を被せた感じの席が幾つか用意されていて、他のグループが見えないように、屏風で隠されていた。この学校、屏風もあるの?

 俺達が教室に入ると、その存在に気づいた一人の女子生徒が笑顔で俺たちの傍までやってきた。

「真人君、来てくれたんだ!」

「う、うん。こんにちは綾奈さん」

 その女子生徒は綾奈さんだった。受付にいた女子生徒と同じ着物を着ていた綾奈さんは、控えめに言って似合いすぎていて、その姿を見た瞬間、俺の顔が赤くなり、心臓が大きく跳ねるのを感じた。

 そして綾奈さんの声が大きかったからか、周りにいた綾奈さんのクラスメイトが俺達の方を一斉に見る。

 気のせいか、男子生徒の視線が怨敵を見る視線や憎しみがこもった視線のように感じる。

「えへへ、ありがとう。……って、おばあちゃん!?」

 ようやく幸ばあちゃんの存在に気づいた綾奈さんはまたも大きな声を上げる。

 そしてさっきよりも多くの視線が綾奈さんに向けられる。

「な、何でおばあちゃんが真人君と一緒に来てるの?」

 さっきの松木先生と見事に同じリアクションに苦笑しつつ、席に案内される中、幸ばあちゃんと出会った時のことを綾奈さんに話し、幸ばあちゃんにも、俺が綾奈さんと一緒に下校していることを伝えた。

「じゃあ、あの時のお婆さんがおばあちゃんだったんだ……」

「?」

 綾奈さんは一人でぶつぶつ呟いていたけど、小さくて聞き取れなかった。

 その後、俺はお団子セット、幸ばあちゃんは羊羹を注文して、それを厨房担当の生徒に伝えるべく、綾奈さんは離れていった。

「真人君」

 綾奈さんが離れたのを見計らってか、幸ばあちゃんが少々真剣な声音で俺を呼んだ。

「はい」

「さっき、真人君は綾奈と一緒に下校していると言っていたわね」

「え、はい」

 なんだ?幸ばあちゃんの顔が今まで見たことがないくらい真剣な表情を浮かべている。

 やっぱり自分の大切な孫が俺みたいな奴と一緒に下校しているのは、温厚な幸ばあちゃんでもやはりいい気分にはならないのだろうか。

「九月に入ったばかりの頃、真人君は好きな人と一緒に下校する事になったと、言ってたわよね?」

「……あ」

「つまり、真人君の好きな人は、綾奈なのね?」

「っ!」

 幸ばあちゃん、あの時のやり取りを覚えてたんだ。

 そして俺の好きな人が、自分の孫だということも知られた。

 そう思うと身体から嫌な汗が一気に噴き出し、口の中がカラカラになって、何を言っていいのかわからずに焦ってしまう。

 そうか、さっき松木先生に「綾奈さんも幸ばあちゃんの孫」って教えられた時に感じた焦りはこれだったのか。

 何か言わなければと思うけど、焦って頭の中で言葉の整理が出来ず、ワードのピースがさらにぐちゃぐちゃになっていく。

 焦りを表に出さないよう幸ばあちゃんの顔を見ると、先程と変わらず真剣な表情で俺の事を見ている。

 その表情を見て俺はハッとなる。

 幸ばあちゃんが真剣に聞いているのに、何取り繕う様な言葉を考えようとしていたんだ。こっちも本心で話さないとダメだろ!

 そう考えて、俺は目を瞑り、一度深呼吸をしてから、改めて幸ばあちゃんに向き直った。

「はい。俺は綾奈さんが好きです」

「そう……」

 幸ばあちゃんは一言呟いた。

 どの様なニュアンスの言葉なのかはわからなかった。

「お待たせしましたー。お団子セットと羊羹です」

 その時、俺達が注文していたメニューが出来上がったのか、女子生徒が持ってきてくれた。

 俺は持ってきてくれた女子生徒にお礼を言おうと顔を上げると、そこには見知った顔がいた。

「み、宮原さん!?」

 注文した物を持ってきたのは宮原さんだった。綾奈さんが持ってきてくれるのだと思った。

「来てくれてサンキュー中筋。それから幸子さん、お久しぶりです」

「あら千佳ちゃん、久しぶりねぇ」

「!」

「何よ中筋?」

「い、いや……」

 宮原さん敬語使えたんだな。

 普段からタメ口しか聞いてないので、宮原さんが敬語を使うのを見るとなんか新鮮な気持ちになる。

「……言っとくけど、あたしも目上の人には敬語、普通に使うからね」

 宮原さんがジト目を向けてくる。ヤバい、思ってたことがバレてた。

「まぁいいや、じゃあ二人とも、ごゆっくり」

 それ以上特につっこまれることなく、俺たちの席から離れたかと思ったら、仕切り代わりの屏風に手を置いて、顔だけ俺の方に向けてきた。

「そうそう中筋、さっきの言葉、ちゃんと本人にも言うんだよ?」

「さっきの言葉?」

 宮原さんがどの事を言っているのかわからず、オウム返しで聞き返してしまう。

 すると宮原さんは嘆息した後、ニヤニヤしながら「さっきの言葉」を口にした。

「俺は綾奈さんが……」

「!」

 その言葉を聞いた瞬間、顔が一気に赤くなる。

 いや、それよりも何で宮原さんがその言葉を知ってるんだ!?大きな声で言ってないのに。

「ちょうど入ろうとしたタイミングで聞こえてきたからね」

 うわー、マジか。タイミングが良いというか悪いというか。

「てか、あんたが綾奈をどう思ってるかなんてけっこう前から知ってたし」

 綾奈さんへの気持ちを聞かれたことに焦っていると、宮原さんは追撃と言わんばかりのカミングアウトをしてきた。

「え、マジで!?」

「マジマジ。逆にあれでバレてないとか何で思えるの?」

「……」

 俺、そんなにわかりやすく態度に出てた?

 じゃあ、綾奈さんにも俺の気持ち、バレてるんじゃないのか?

「あー、綾奈はあんたの気持ちに一ミリも気が付いてないから」

 綾奈さん鈍感でマジでありがとうございます!

 好きな人をディスるのはあまりしたくないけど、この時ばかりはマジで感謝していた。

「そういう事だから、ちゃんと本人にも言うんだよー。それから、衣装の感想も綾奈に伝えるんだよ」

 そう言い、手をヒラヒラとしながら、宮原さんは離れていった。

 そこからまた、幸ばあちゃんと二人きりになったのだが、去り際の宮原さんとのやり取りから、何となく気まずい空気を感じていたが、いつまでも黙りはよくないので、変な空気になった事を詫びようと思い、幸ばあちゃんの方を向いた。

「すみません。変な空気になっちゃって」

 怒られると思っていた俺だったが、次に幸ばあちゃんから発せられた言葉は、俺の予想外の言葉だった。

「あら、どうして謝るのかしら?」

「えっ?」

 予想してなかった幸ばあちゃんの反応に、俺は思わず面食らってしまう。……こんなやり取り、以前綾奈さんともあったな。

「九月の最初に私が真人君に言った言葉、覚えてないかしら?」

「俺に言ってくれた言葉……?」

 あの時幸ばあちゃんは俺に何と言ってたっけ?思い出そうとするも中々思い出せない。

「うふふ、私はあの時真人君に言った言葉をしっかりと覚えてるわよ」

 俺がまだ思い出そうと必死に記憶の底から見つけ出そうとしている中、幸ばあちゃんは続けてあの時俺に言ったという言葉を口にした。

「あの時私はこう言ったわ。『真人くんみたいな男の子を選んでくれると良いんだけどねぇ』って」

「っ!」

 そうだ、思い出した。確かにあの時幸ばあちゃんはそんな事を言ってくれた。あの時はまさか綾奈さんが幸ばあちゃんの孫なんて思わなかったから、あの時の言葉が頭から抜け落ちていた。

「真人君みたいな人じゃなくて、真人君本人を選んでくれたのだから、これほど嬉しいことはないわ」

 幸ばあちゃんはまるで我が事の様に喜んでくれている。

 そんな笑顔を見て、俺も自然と笑みを浮かべるのだけれど、この空気を壊してしまうかもだけど、どうしても訂正しないといけない事があった。

「幸ばあちゃん、俺たち別に付き合ってるわけじゃないですからね」

 幸ばあちゃんの言った通り、もし本当に綾奈さんが俺を選んでくれたならどれほど嬉しいかは想像出来ない。確かに中学時代とは比べ物にならないくらい仲良くなった自信はあるが、綾奈さんが俺を選んでくれる事は正直ないんじゃないかと思っている。

 いくら仲良くなったからと言っても、どんなイケメンの告白にも首を縦に振らなかった綾奈さんの事だ。

 綾奈さんと仲良くなりたいと思い努力してきたとしても、俺の気持ちに応えてくれないのではと、つい弱気になってしまう。

「あら、そうだったわね」

 幸ばあちゃんは「まだ早かったわね」と笑いながら言ってきた。早いも何も、付き合えるかどうかわからないのに、と思ったけど、それは言わないでおいた。

 それから幸ばあちゃんが羊羹を食べ終えたタイミングで席を立ち、教室を出ようとしたら、俺達に気付いた綾奈さんがやってきた。

「おばあちゃん、真人君。もう出るの?」

「うん、ご馳走様。美味しかったよ」

「お粗末さまでした」

 そんなやり取りをして、ふと宮原さんが最後に言っていた事を思い出した。

「あ、綾奈さん!」

「何?真人君」

「えと……その」

 中々言い出せなくて焦って幸ばあちゃんの方に目をやると、幸ばあちゃんはにこにこしながら俺の方を見ていた。

 俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、綾奈さんの目を真っ直ぐ見た。

「着物、すごく似合ってる。その……可愛いよ」

「へっ?」

 笑顔から一転、驚いた表情になり目をぱちぱちさせている綾奈さんの顔はみるみる赤くなり、視線を少し下に向け両手で頬を押さえていた。

「あ、ありがとう。すごく、嬉しい……えへへ」

 そう言うと綾奈さんは、ふにゃっとした笑顔を俺に向けた。

 あまりに可愛すぎて思わず視線が泳いでしまう。

 そこでふと近くにいた男子生徒数人が視界に入ったのだけど、全員が緩みきった表情をした綾奈さんを見て、ぽかんとした表情のままフリーズしている。

 どうやら普段見ることのない綾奈さんの表情を見て脳がキャパオーバーを起こしたみたいだ。

 俺も直視出来ないだけで、その男子生徒達とほぼ同じ状況だ。

「ねぇ、真人君」

 すると、まだ顔が赤い綾奈さんが俺の名を呼んだので、慌てて視線を綾奈さんに戻す。

「何?綾奈さん」

「えと、この後ってどうするの?」

「特にこれと言って行きたい所はないから、とりあえず色々と文化祭を回ってみようと思ってるよ」

「そうなんだ。えっと、じゃあ……」

 綾奈さんは何かを伝えようとしているのだが、もじもじしていて、中々次の句を告げないでいた。

「もし良かったなんだけど、わ、私と一緒に、ぶ、文化祭回らない?」

「っ!」

 綾奈さんが放った言葉に俺は息を飲んだ。

 これってつまり、文化祭デート!?

 そう思った瞬間、もう何度目か忘れたけど、再び俺の顔は赤くなる。

 チラリとまだ近くにいた男子生徒を見ると、絶望の表情をしていたり、俺を睨んでくる奴もいた。一応まだ俺はお客さんなんだけどな。

「もちろん良いよ」

 この質問に対する答えは一つしか持ち合わせていないので、二つ返事で頷く。

「……! じゃあ、交代の時間になったら連絡するね」

「了解。美奈の奴ももう少ししたら来ると思うから、良かったら相手してあげてよ」

「ふふっ。わかりました」

「じゃあ待ってるね。残りの時間頑張って」

「うん。この後の事を楽しみにしながら頑張ります」

 そう言った綾奈さんは、本当に嬉しそうな表情のまま、接客に戻って行った。

 俺は幸ばあちゃんと一緒に教室を出て、和風喫茶の行列を見ると、俺と同じくらいの歳の男女二人組を見つけた。

 男の方はセットされた黒い短髪に顔もかなりのイケメンで、女性の方は男より少し身長低めで、髪は肩より少し下まで伸びた少し明るめの茶髪で、こちらもかなりの美少女だった。

 美男美女カップルを見ていると、男の方と目が合った。

 見すぎて気を悪くさせてしまったかと思ったけど、そのイケメンは俺に向かって笑顔で手をヒラヒラとしていた。

「?」

「あの子、真人君の知り合い?」

 俺が首を傾げていると、幸ばあちゃんもそのイケメンを見ていたみたいで、不思議に思ったのか俺に聞いてきた。

「いえ、知らない人ですね」

 そう、会ったことは無い。そのはずなんだけど、あのイケメンの雰囲気を知っていると何となくだけどそう感じた。

 だけどやっぱり誰かわからなかったので、そのイケメンに軽い会釈をして、俺達は行列を通り過ぎた。

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