第8節 運命の文化祭

第37話 高崎高校文化祭当日

 茜に連れられて、一哉の誕生日プレゼントを選びにショッピングモールに行ってから一週間が経過し、今日は俺達一般の人も入ることが出来る高崎高校文化祭の二日目だ。

 今週の中頃に一哉の誕生日があり、無事にプレゼントを渡した茜から、一哉がとても喜んでくれた事と改めてのお礼をメッセージで送られてきて、その翌日にはプレゼントを受け取った一哉が、受け取ったブレスレットを自慢しまくってきたので、若干イラッとした。

「お兄ちゃん起きてるー?」

 着替えをしていると、突然美奈が俺の部屋に入ってきた。だからノックしろや。

「うわー、相変わらずいい腹筋してるよね」

 美奈は、上半身裸でいた俺の腹筋を見て、感嘆のため息をして感想を述べてきた。

 いい腹筋がどうかはわからないが、俺は今でも筋トレは毎日行っていて、うっすらとだが腹筋が割れていた。

「おはよう美奈。なんか用か?」

「いやー、特に用はないんだけど、ちゃんと起きてるかなって」

「そりゃ起きてるだろ」

 時刻は午前九時を回っている。何も無い日曜日でも普通に起きている時間帯だ。

「綾奈さんの和装を想像して寝不足なのかと思ってた」

「そんなわけあるか」

 寝坊はしなかったが、綾奈さんの和装姿を想像して、寝るのが遅くなったのは本当だ。

 美奈には絶対に言わないけどな。

「もう出るの?」

「もう少ししてからだな。綾奈さんは午前中にシフト入ってるみたいだから、それまでには行こうと思ってるよ」

「私も十一時くらいに学校に着くように出るつもりだよ。ちなみにマコちゃんと一緒に」

 マコちゃんとは、美奈の親友の吉岡茉子ちゃんだ。美奈が何回かうちに連れてきたこともあったし、中学でも会っていたので、俺も面識がある。

 身長が百四十五センチと小柄で茶髪のロングヘアが特徴的な女の子。美奈とはまた違った可愛さを持った子だ。

「そうか。気をつけてな」

「向こうで会ったら何か奢ってね」

「はいはい」

 その後も美奈と他愛のない話をしてから家を出て、高崎高校に向かった。


 午前十時半、高崎高校に到着した俺は、学校の大きさと、人の多さに驚いていた。

 高崎高校は文武両道の学校で、生徒達が安心して授業や部活が出来るように、いい設備も取り揃えていて、教室棟と部活棟の二棟からなる学校でその敷地面積もかなり大きい。うちとは大違いだ。

 そんな学校に生徒や教職員以外の人が入れるこの文化祭二日目は、毎年多くの人で賑わっていると聞いた。

「しかし、予想以上だろこれ」

 校門から校舎へ続く道だけでも多くの出店が立ち並び、プラカードを持ってクラスの出し物を宣伝している生徒も見かける。

 そこでふと、校門前にあった、あるイベントの告知を見て俺は驚きの声を上げる。

「この高校って、こんなイベントもするのか!?」

 お堅いイメージの高崎高校がこう言うイベントを行う事自体が予想出来なかった。

「あら、真人君?」

 校門から様子を見ていると、後ろから声を掛けられた。

「幸ばあちゃん」

 振り返ると、そこには俺がたまに通学路の歩道橋で話をしている幸ばあちゃんこと、新田幸子さんの姿があった。

「真人君もこの学校の文化祭、見に来たのね」

「はい。友達がこの学校に通っていて、今日行くって約束してましたので」

「そうなのね。私も孫がこの学校にいるから見に来たのよ」

 そう言えば、幸ばあちゃんのお孫さんは俺と同い年って言ってたっけ。高崎高校に在籍してるということは頭いいんだな。羨ましい。

「お孫さんのクラスは何をやっているんですか?」

「確か……和風喫茶って言ってたかしら」

 幸ばあちゃんのお孫さんがまさかの綾奈さんのクラスメイトだった。世間は狭いな。

「じゃあ行き先は俺と一緒ですね。良かったら一緒に行きませんか?」

「あら?こんなおばあさんと一緒に行ってくれるの?嬉しいわねぇ」

「もちろんですよ。さぁ、行きましょう」

 そうして俺は、幸ばあちゃんと一緒に綾奈さんのいる教室に向けて歩き出した。


 綾奈さんのクラス、一年C組は、教室棟一階にあり、正面玄関からさほど離れていないらしく、これならあまり足腰が強くない幸ばあちゃんでも負担は軽いだろうと思い安堵していた。ちなみに校門から手前が教室棟で、奥が部活棟になっている。

 校舎に入り少し歩くと、俺たちの進行方向から最近知り合った人が歩いてきていて、俺に気づいたその人は軽く手を振り俺に話しかけてきた。

 その人の格好は、いつものスーツではなく、長袖のTシャツにデニムのパンツといったラフなものだった。

「あら真人君、いらっしゃい。……っておばあちゃんも一緒?」

「こんにちは松木先生……へ?」

 今、松木先生が俺の事名前で呼んできた事にも驚いたけれど、その後に松木先生が言った言葉に、俺は更に衝撃を覚えた。

 おばあちゃん?幸ばあちゃんの事「おばあちゃん」って言った?

 ご近所さんでよく会う間柄だから気さくにそう呼んでいるだけなのか、それとも血縁関係的な意味なのか。

 それはどう言う意味の「おばあちゃん」なんだろうと思っていると、渦中のおばあちゃんが俺の欲しかった答えを口にした。

「元気そうねぇ麻里奈。麻里奈も真人君の事を知っていたのね。真人君、麻里奈は私の孫なのよ」

「そ、そうなんですか!?」

 マジかよ!松木先生が幸ばあちゃんのお孫さん!?

 いや、まさかの展開に理解が遅れる。

 さっき幸ばあちゃんのお孫さんが綾奈さんのクラスにいる事に世間の狭さを感じているけど更に狭くなったな。3LDKからワンルームになった感じだ。

「えぇ。麻里奈、真人君は一年くらい前から私の朝の散歩を手助けしてくれているのよ」

「そうだったの。ありがとう真人君。祖母の手助けをしてくれて」

「い、いえ!そんな大したことはしてないですよ……あれ?」

 松木先生が俺に微笑んでくれて、それを見た俺は、あまりの美しさに顔が赤くなっていた。

 ん?待てよ。今、俺の中に新たな疑問が生まれた。

 疑問というほど大袈裟なものでは無いけど、何故幸ばあちゃんが松木先生のお婆さんって知った時に真っ先にこの事が頭に浮かばなかったのか。

 松木先生が幸ばあちゃんのお孫さんなら、それはつまり……。

「え?じゃあ……」

「綾奈もおばあちゃんの孫よ」

「で、ですよねー」

 やっぱりねえぇぇえええ!そうだと思ったよ。

 何で俺その事実に気づかなくて、何でこんなに焦ってるんだ?

「綾奈のクラスはすぐそこよ。ほら、あの少し行列が出来ている所よ」

 松木先生が指さした先を見ると、数組の行列が出来ているクラスがあった。

 その行列の先頭に目をやると、受付をしている女子生徒がちょうど先頭のグループを教室に入れているところだった。

「まだ行列がそこまで出来ていない今がチャンスね。あまり待たなくてもいいと思うから、今のうちに行った方が良いわよ」

 まだお昼前だからそこまで行列が出来ていないのだろうと、松木先生の言葉で予想したけど、なんか男性グループが多い気がする。恐らく綾奈さんを一目見ようとしている輩がほとんどだろう。

「わかりました。ありがとうございます松木先生。幸ばあちゃん、行きましょう」

 男性グループに軽い嫉妬を向けながら、松木先生にお礼を言って幸ばあちゃんと一緒に行列に並ぼうと歩き出そうとした時だった。

「真人君、ちょっといいかしら?」

 松木先生に呼び止められて、幸ばあちゃんから少し離れた所へ移動すると、突然松木先生が俺の耳へ顔を近づけてきた。

「っ!」

 超絶美人の先生の顔が俺のすぐ近くにある事と、松木先生から香るとても良い匂いに俺の心拍数は一気に上昇する。綾奈さんとは違ったいい香りだけど、やっぱり綾奈さんの香りが一番だ。

「先週の日曜日にショッピングモールで一緒にいたあの女性は誰だったのかしら?」

「えっ?」

 先生が耳打ちしてきた言葉を頭の中で繰り返す。

 先週の日曜日と言えば、茜と一緒に一哉の誕生日プレゼントを買いに行った日だ。

 あの時松木先生に見られてたのか。

「あの日偶然君を見かけてね。ちょっとした好奇心よ」

 松木先生が冗談っぽく言ってきた。

 ここで嘘をついても仕方ないので、俺はありのままを伝える事にした。

「あの時一緒にいたのは俺の幼なじみです。あいつの彼氏で俺の親友の誕生日プレゼントを選ぶのを手伝う為に一緒にいたんですよ」

 嘘偽りなく伝えたら、松木先生は顔を離し、それから俺の顔をじっと見ている。美人に見つめられるとやっぱりドキドキするな。

「……そうだったのね。教えてくてありがとう。変な事聞いてごめんなさいね」

「いえ、全然構いませんよ」

「おばあちゃんを待たせても悪いから、早く行ってあげて」

「わかりました」

「文化祭楽しんでね真人君」

「はい。ありがとうございます」

 そう言って松木先生に一礼して、俺は幸ばあちゃんと一緒に和風喫茶の行列に並んだ。

「ふふっ。やっぱり綾奈の早とちりじゃない」

 幸ばあちゃんの所に行く途中、松木先生が何かを言っていたけど、俺にはその言葉は聞こえなかった。

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