第39話 決定的な証拠

 その後はもう家に帰ると言う幸ばあちゃんを校門まで見送り、適当に校内をブラブラして、一通り回ってまた正面玄関まで戻ってきた。

 本当に人が多くて少し疲れたが、先程綾奈さんから【今終わりました。着替えて向かうので待っててね】と言ったメッセージと猫のスタンプが送られてきて疲れが消し飛んだ。我ながら現金だなと思う。

 綾奈さんのメッセージに【了解。待ってます】と返信して辺りを見渡すと、人混みの中に見知った顔がいたので近づいた。

「茜」

「ん?やっほー真人」

 茜は俺にいつもの挨拶をしてきた。その手にはパックに詰められた焼きそばを持っている。

 もうお昼時だから焼きそばを昼食に選んだようだ。

「あれ?一哉は?」

「まだ来てないよ。お昼過ぎに待ち合わせしてたんだけど、待ちきれなくて先に来ちゃった」

「そっか。にしても本当に凄いなここの文化祭。こんなに人が来るとは思わなかった」

「だねー。私も毎年来てるわけじゃないけど、年々来校する人が増えてる気がする」

 人の多さに互いに驚いていると、茜は俺の顔を見てニヤニヤした笑みを浮かべている。こう言う表情の茜が聞いてくることなんて一つしかない。

「西蓮寺さんのクラスには行った?」

 はい予想的中ー。

「あぁ、行ったよ」

「確か和風喫茶だったっけ?どうだった?」

「お団子セットを注文したけど美味しかったよ」

「いや、そうじゃなくて」

「え?」

 本当は質問の意味をわかっていたけど、話題を逸らせないかと思ってあえてそう答えたのだけど、上手くいかなかった。

「西蓮寺さんの和装、どうだった?」

 今度はストレートに聞いてきた。答えるのは少々照れくさかったけど、素直に答えるとこにしよう。

「まぁ、可愛かったよ」

 言葉にすると途端に恥ずかしくなって、ついぶっきらぼうに答えてしまった。

「はいはいごちそうさま」

 茜が肩を竦めながら、やれやれと言った感じで言ってきた。

「それで、この後はどうするの?」

「綾奈さんのシフトが終わったから、合流して一緒に回る約束してる」

「おぉ、文化祭デートじゃん。やるねぇ真人」

 茜はニヤニヤしながら俺の胸を肘で小突いてくる。

「でも、西蓮寺さんとの関係も良好で何よ……きゃっ」

 茜の言葉が途中で悲鳴に変わる。どうやら逆方向から来た人と激しめにぶつかったようで、茜は俺の方を向いていたからその人に気づかなかったようだ。

 バランスを崩していて、このままでは倒れる。

「茜!」

 俺は咄嗟に茜の手を掴み、倒れそうになっている茜の身体を強引に自分へと引き寄せる。

「あっ」

 結果、茜が俺の胸に収まり、俺が茜を抱きしめる形となった。

焼きそばは地面に落ちて、とても食べれる状態ではなかった。

「ご、ごめん!」

 三秒ほど茜を抱きしめた状態のまま、ようやく現状を理解した俺は慌てて茜の身体を離した。

「う、ううん。ありがとう真人。助かったよ」

 茜の頬がほんのり赤くなっている。どうやら照れているようだ。一哉とイチャイチャしまくってこう言う事は慣れっこだと思っていたが違ったみたいだ。

「茜に怪我がなくて良かったよ」

「うん。真人のおかげ。本当にありがとう」

 そう言って俺達は笑いあっていた。

 ぶつかった人は既にいなくなっていた。一言謝罪が欲しかったし、こちらもそれを言いたかったが仕方ない。

 そんな事を思っていると、


「まさ、と、くん……?」


 ふと俺の耳に、聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。とても弱々しく、周りの喧騒にかき消されてもおかしくない程の声量だったが、俺の耳にはしっかりと聞こえてきた。

 弱々しくあったし、声が震えていたのが気になって、声が聞こえた方を見ると、そこには俺の好きな人、西蓮寺綾奈さんが少し離れた所にいた。

「え……?」

 綾奈さんの表情はとてもショッキングなものを見たかのように茫然自失としていて、目からは涙が零れていた。

「………っ!」

 そして、これ以上泣くのを我慢するかのような表情をしたかと思ったら、踵を返して再び校舎の中へと走り出した。

「綾奈さん……?」

 俺は突然の事で身体が動かず、走り去っていく綾奈さんの背中を眺めることしか出来なかった。



 真人君とおばあちゃんが教室を出てからも、私は和風喫茶の接客を笑顔でこなしていた。

「綾奈、気持ちはわかるけど顔が緩みすぎだから」

 ちぃちゃんがやれやれと言った感じで言ってきた。

 でも、そう言われても仕方ないほど、今の私の顔は笑顔と言うより、緩みきった顔をしていた。

「だって、さっきの真人君の言葉と、この後の事を考えたら……えへへ♩」

 真人君にも頑張るって伝えたのに、これじゃあ接客が手につかないよぉ。

 そんな事を思っていると、一組の男女が教室に入ってきた。

「わっ、凄い美男美女カップル……」

 私がそんなことを思っていると、周りのクラスメイトやお客さん達も、その二人のことをじっと見ていた。

「はっ!」

 って、私何言ってるの!?真人君の方があの人よりよっぽどかっこいいのに!

 注文を受けたクラスメイトの女子が小走りで料理担当にオーダーを告げているけど、さっきからその子の顔が赤い。

 男子も女子も、あのカップルが気になるみたいで、傍を通りかかると、皆チラチラと中の様子を伺っている。

 ちぃちゃんが注文された食べ物を、そのカップルへ持っていったけど、何故かちぃちゃんも混じって三人で談笑していた。

 何を話しているのかまではわからなかったけど、ちぃちゃんにあんな知り合いがいた事にびっくりした。

 ちぃちゃんにあの二人は知り合いなのか聞いたけど、はぐらかされてあまり答えてはくれなかった。

 でも、その時のちぃちゃんの顔は照れたようにはにかんで、顔が少し赤かった気がした。

 あんな表情、私も見たことがない。

 もしかしてちぃちゃん、あの男の子の事を……いやいや、確かにかっこいいし、凄く穏やかで優しそうな人だったけど、一緒にいた人はどう見ても彼女さんだもん。

 恋人がいる人をちぃちゃんが好きになるなんてないよね。

 その後少しして美奈ちゃんが友達と一緒に私たちのクラスにやってきた。

 私を見た美奈ちゃんは、「綾奈さん可愛い!めっちゃ似合ってます。似合いすぎてヤバい」って、凄くテンションが高かったから思わず苦笑いしちゃった。

 そんな美奈ちゃん達を席に案内して離れようとしたら美奈ちゃんが私に駆け寄ってきた。

「お兄ちゃんからその衣装の感想、貰いました?」

「っ!」

 耳元でそんな事を言ってくるから、聞いた瞬間、真人君に言われた事を思い出して顔が一気に熱くなった。顔が緩みそうになるのは何とか堪えた。

「可愛いって言ってもらったんですね」

「もうっ!美奈ちゃん!」

 これ以上いると完全に美奈ちゃんのペースにはまってしまいそうなので、顔が赤いまま半ば強引にそこから離れた。

 そこからしばらくしてようやく交代の時間がやってきた。

 真人君は中庭にいるらしいから、私は急いで更衣室に行って制服に着替えた。

 真人君との文化祭デートを思うと凄くワクワクするし胸がドキドキする。

 早く真人君に会いたい。そんな気持ちが溢れてしまって、私は急いで中庭へ向かって、真人君らしい人の後ろ姿を見たんだけど、それを見た瞬間、私は何も考えられなくなってしまった。


 真人君が、知らない女の人を抱きしめていたんだから。


 真人君が慌ててその人を離して、真人君に抱きしめられていた女の人の顔を見た瞬間、私はショックを受けた。

「北内、さん……?」

 少し距離があり、はっきりと顔を確認した訳ではないけど、背格好が合同練習の時に見かけた北内さんに似ていた。

 そんな、真人君はやっぱり北内さんと付き合っていたのかな?

 他の人でもショックは受けてたと思うけど、真人君の事が好きだと聞いていた北内さんだとわかったら、私を襲った胸の痛みは、尋常じゃなかった。

 頭が痛い。

 唇が震える。

 嫌な汗が全身から流れる。

 私の中を負の感情が支配していく中、おぼつかない足取りで二人に少し近づいて私は大好きな彼の名を震えながら呼んだ。

「まさ、と、くん……?」

 私の声に気づいて真人君が振り返って私を見る。

 真人君に抱きしめられていた女の人も、真人君の視線の先にいる私を見る。

涙で滲んだ私の目には、二人がどんな顔をしているのかわからない。

 慌てて離したにも関わらず、二人の距離は、普通の異性の友達では説明がつかないくらい近かった。

 あぁ、やっぱりこの二人は付き合っているんだ。

 そう自分で結論付けると、私の目から涙が溢れていた。

 これ以上ここに居たくない。二人の仲の良い姿を見たくないと思った私は、校舎の中へ駆け出していた。

 とにかく二人から距離を取りたかったから、無理やり人を掻き分けてひたすら走った。

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