第7節 暗雲

第34話 茜からのお誘い

 夜、いつもの様に自室で寛いでいると、着信を知らせるメロディがスマホから鳴った。

 綾奈さんからかなと思い、ディスプレイを見ると、そこに表示された名前は東雲茜だった。

 珍しいなと思いながらも通話ボタンをタップすると、茜のいつもの挨拶が聞こえてきた。

「やっほー、真人。遅くにごめんね」

「それは良いけど、茜から電話なんて珍しいね」

「いやぁ、ちょっと真人に相談したい事があってね」

 茜が俺に相談したい事なんて一つしかないじゃないか。

「一哉の何が聞きたいんだよ?」

「何でカズくんの事ってわかったの?」

「いや逆に何でわからないと思ったんだよ」

「えー、なんか面白くない」

「面白くなくて結構だ」

 それは良いから要件をはよ言え。

「まあいいや。それはそうと、もうすぐカズくんの誕生日じゃん?」

 あぁ、もうそんな時期か。

 一哉の誕生日は確か来週の中頃だったと記憶していたけど、そのタイミングで茜からの相談はアレだろう。

「カズくんの誕生日プレゼント何が良いかわからなくて」

 予想的中、だな。

「別に茜からのプレゼントならあいつは何だって喜びそうだけどな」

「でも、初めての誕生日プレゼントだから、何か特別な物を送りたいって思うの」

 初めての彼氏の初めての誕生日プレゼントだから、気合いが入るのも納得だけど、気合いが入りすぎて何を送っていいのかわからなくなってるのか。

「自分をプレゼントしてみるとか?」

 誕生日やバレンタインやらの定番のネタを言ってみる。

「ちゃんと考えてよ!私も少しそれ考えたけど」

 考えたのかよ!と言うツッコミは既のところで口にはしなかったけれど、言葉が尻すぼみになっている辺り、恥ずかしかったのだろう。

 俺はとりあえず謝り、何がいいかを考えてみる。

「ん~、無難に消耗品がいいと思うけど、何かアクセサリーを送ってみるのもいいかもしれないな。そう言うのは重いって聞くけど、お互いめっちゃ好き合ってるからそんなの気にしないだろうし、一哉普段アクセサリーを身につけないから良い機会じゃないかな?」

「なるほどね~。良いかも!と言うわけで真人、明日カズくんのプレゼント選び付き合ってよ」

「相談だけじゃなかったのかよ!?」

「えー、だって私だけじゃ何選んだらいいかわからなくなるんだもん。カズくんの親友の真人なら良い物を選びそうな気がするし」

 確かに伊達に親友をやってないから、一哉の好みもある程度は把握している。けれど。

「あいつのアクセサリーの好みは知らないし、俺もアクセサリーに関してはかなり疎いから、力になれるとは思わないけど」

 伊達にオタクもやっていない俺は、ファッション関係に関しては無知もいい所だ。

 けれど茜はどうしても俺に付いてきて欲しいらしい。

「お願い!幼なじみを助けると思って」

「はぁ、わかったよ。けど、あまり力になれないと思うから、そこは許してくれよ?」

「ありがとね!お礼に西蓮寺さん絡みの事で何かあれば力になるから」

「はいはい」

 そう言って、明日の待ち合わせ場所と時間を決めて、茜との通話は終了した。

 そして翌日の日曜日。

 俺は電車で数十分の所にある大型ショッピングモールに来ていた。

 昨日の茜との通話で指定されたこの場所は、俺が住む県最大規模のショッピングモールで、アパレルショッブや、雑貨屋、映画館など、様々な店舗が入った所だ。

 今日はこのモールに入っている雑貨屋で一哉の誕生日プレゼント選びを行う予定だ。

 五分ほど待っていると、茜がやってきた。

 白のTシャツにデニムのジャケット、同じくデニムのショートパンツにキャップを被ったボーイッシュなコーデだ。

 ショートパンツから伸びる健康的な脚は、油断すると思わず見惚れてしまうほどだ。

「ごめん、待った?」

「今来た所だから大丈夫だよ」

 そんなカップルがやるお決まりなやり取りをした後、俺達は雑貨屋に移動した。

 ここの雑貨屋に並ぶアクセサリーは、ほとんどが女性用のものだが、男性用や、男女兼用の物も取り揃えているのでプレゼント選びにはもってこいだった。

 とは言え問題はむしろここからだ。

 アクセサリーの知識に乏しい俺が彼氏の誕生日プレゼント選びをする幼なじみにアドバイスをするのはかなりハードルが高い。いい物が見つかるといいけど。

「雑貨屋に着いたけど、何を買うか決めてるのか?」

「いいや、全く」

 茜が肩を竦めて言ってきた。幼なじみよ、マジですか。

「いやぁ、来たらいいの見つかるからってノープランで来ちゃった」

 舌をチロっと出しててへぺろみたいな仕草をする茜。それやれば全て許してくれるの一哉だけだからな。

 茜は「ん~」と考えながら、店に陳列されたアクセサリーを見ている。

「これは?」

「イヤリングなんか絶対似合わんだろ!」

「じゃあこれは?」

「ネックレスはいいかもだけど、ここにあるのはドクロや剣の形をした物だから厨二心は刺激されるかもだけど、プレゼントとしては微妙だな」

「えー、じゃあこれは?」

「指輪もありっちゃありなんだが、なんか一哉のイメージとは違う気がする」

 一哉の顔は結構整っている方だけど、指輪をすると言うイメージが想像できなかった。

「もう、真人注文多すぎ!」

「一哉に喜んで貰いたいって言ったのは茜なんだから、俺はあいつをイメージして言ってるだけだよ」

「うーん。困ったなぁ」

「とりあえず、他の商品を見て見ないか?」

「そうだね。わかった」

 アクセサリーは決めかねたので、俺達はこの店に並んである他の商品を見てみることにした。

 だが、そのほとんどが女性用の物で、男性用の物も少なからずあるのだが、どれも一哉のイメージには合わないものばかりだったので、店を一通り見て回って、結局先程のアクセサリー売り場に戻ってきていた。

「なかなか良いの見つからないね」

「どうする?他の店も見てみるか?」

「うーん」と、手を顎に当てて熟考する茜。

 そこで、ふと茜の右手首に巻かれているものが目に入った。

「茜、それは?」

 俺は自分の右手首を指差しで茜に問う。

「え?あぁ、これ?少し前にここで買ったブレスレットだよ」

 茜の手首にあったのは、革製の細いブレスレットだ。色は赤で、そこまで目立つものではなかった。

「それって、学校につけてきてたりする?」

「うん。体育や部活の時は外してるけど、それ以外ではずっと着けてるかな」

 風見高校はそこまで校則が厳しい訳ではなく、主張しすぎないものだったら、アクセサリーを着けて登校しても特に何も言われない学校だ。

 茜が普段から身に着けている物なら、茜が気に入っている物だろうと予想した俺は、店に陳列されたブレスレットを片っ端から見ていく。

 すると、茜がしているブレスレットと同じデザインの黒を見つけた。

 これだと思い、茜を呼ぶ。

「茜。これはどうかな?」

 俺が見せた自分のと色違いのブレスレットを茜はまじまじと見つめる。

「真人、これって……」

「茜がしてるやつの色違いだな。お揃いを持ってるとカップルっぽくていいと思ったんだけどどうかな?」

「それいいじゃん!これにする」

 どうやら茜も気に入ったらしく、俺からブレスレットを受け取ると、そのままレジに持っていった。

 数分して店から出てきた茜は、ブレスレットが入っているラッピングされた袋を見てご満悦だ。

「ありがとね真人。私だけじゃ思いつかなかったよ」

「いや、俺も茜がブレスレットしてるのを見て、これだって思ったんだよ。茜も気に入ったみたいで良かった」

 何にしても、茜の役に立てたみたいで何よりだ。これで一哉も喜ぶだろうとと思っていると、茜が突然手を上げてきた。

 あぁ、これはアレだなと思い、俺も茜と同じく手を上げる。

 お互いの手のひらが勢いよくぶつかり、パァン!と言う音が響く。所謂ハイタッチだ。

 俺達は小さい頃から何かあるとこうやってハイタッチをしていたので、昔を思い出し、懐かしさについ笑みが零れる。それは茜も一緒だった。

「このハイタッチも久しぶりにするな」

「だね。中学でやったか怪しいよね」

「だな」

 昔話に花を咲かせていると、空腹感を感じて、時計を見ると正午を過ぎていた。

「そろそろお昼時だな。どうしようか?」

「なら、この一階にあるカフェに行こうよ。お礼に奢るから」

 そう言って茜は、俺の手を引いてカフェに向かって歩き出した。

「おい、引っ張るなって。てゆーか、一哉に悪いだろ!」

「カズくんは真人には嫉妬しないって言ってるし、ここに西蓮寺さんもいないからいいじゃん」

「わかったから手を放せって」

 女子に手を引っ張られてモール内を歩くのは恥ずかしかったので、茜の手をそっと解き、茜の隣に並び俺達はカフェに向かって歩き出した。



 ショッピングモールから帰宅した俺は、部屋着に着替えて自室で寛いでいた。

 あの後カフェに入った俺達だが、茜から綾奈さんとはどこまで進んだとか、色々根掘り葉掘り聞いていたので正直精神的に疲弊していた。

 いつの間にか、呼び方が「西蓮寺さん」から「綾奈さん」になっている事に驚いた茜からの追求は中々に凄かった。

「お兄ちゃんおかえり」

 すると、突然俺の部屋に美奈が入ってきた。いや、ノックしろよ。

「お前、突然入ってくるなよ」

「そんな事より、お兄ちゃん来週の高崎高校の文化祭は行くの?」

 反省の色が全くない美奈は、ローテーブルの所に座ると、そんな事を聞いてきた。

「行くよ」

「綾奈さんのクラス、何やるか知ってる~?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる妹。綾奈さんから聞いて知っているのだろうな。

「和風喫茶だろ?」

「何で知ってるの?面白くない」

 これの答えに酷くご不満の美奈。面白くないって、いや、知らんがな。

「ゲーセン行った日に綾奈さんから聞いたんだよ」

「え?」

 仏頂面から一転、驚きの表情になる美奈。なんか変な事言ったかな?

「お兄ちゃん、綾奈さんの事「綾奈さん」って呼ぶようになったの!?」

 美奈が身を乗り出し、至近距離で聞いてくる。顔近いよ!

「ま、まあな」

「へぇ~」

「何だよ?」

「べっつに~」

 意味ありげな笑みを浮かべてくる美奈。

 俺が名前で呼ぶ異性は自分と茜しかいないのを美奈も知っているから、その事について面白がっているのだろう。

「これはお義姉ちゃんって呼べる日も近いかも」

「ん?」

 美奈が笑みを浮かべて何やらボソッっと呟いたので、何て言ったのか聞き返すと、美奈は「何でもない」と言って、それ以上その事については喋らなかった。

「ねぇ、お兄ちゃん」

「何だ?」

「綾奈さんの和装姿、楽しみだね」

「そうだな」

 綾奈さんの和装姿を見るのは、来週の最大の楽しみと言っても過言ではないので、俺は笑みを浮かべて美奈の言葉に同意する。

「でも、綾奈さん目当ての人とか来そうで心配だから、お兄ちゃんはしっかり綾奈さんを守ってあげてね」

「まぁ、宮原さんも傍にいるし、騒ぎにはならないと思うけど、その時はもちろん俺も守るよ」

 宮原さん目当ての客も多そうだけど、と思いながら、当日、俺の目の前で綾奈さん関連で騒ぎが起こったら、俺も綾奈さんを全力で守ろうと心に誓った。

 そこからも、俺達兄妹の会話は、夕食時まで続いた。

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