第35話 綾奈は見た
「もう、皆していっぱい買い込むんだから」
今日、私は文化祭でやる和風喫茶の内装等で使う物の買い出しで、電車で数十分程の所にあるショッピングモールに来ていた。
私だけではなく、ちぃちゃんやクラスの何人かも一緒だ。
明日から本格的に文化祭の準備が始まるので、今日のうちに必要になりそうな物を買いに行こうと、クラスのグループチャットで決められていて、手分けして必要なものを買い揃えていた。
今はクラスメイト達は何組かに別れて談笑していて、私は少し疲れたので、皆から少し離れた所で一息ついていた。
一緒に回っていたクラスの男子達は、率先して私が持っているものを持とうとしていて少し申し訳なかったのだけれど、ちぃちゃん曰く「あれは単に綾奈にいいところを見せたいだけだから」ってため息混じりに言っていて、私はそれを聞いて苦笑していた。
私の荷物を持ってくれたことは素直に嬉しかったし、ありがたいのだけれど、私には既に心に決めた人がいるので、その事を思うと少し申し訳ない気持ちも出てきてしまう。
ふと、辺りを見渡していると、少し離れた向かいの雑貨屋さんにとても見慣れた後ろ姿があったので、私は驚きで思わず身体が固くなり、心臓が大きく跳ねた。
あの後ろ姿は間違いない、真人君だ。
真人君も今日このショッピングモールに来ていたなんて凄い偶然。
クラスメイト達はまだ移動しそうにないので、真人君と少し話に行こうかなんて思ってたんだけど、ここで、ふと私の頭の中に一つの疑問が生まれた。
「でも、何で雑貨屋さんに?」
先日の勉強会、真人君の服装はシンプルで、アクセサリー類も特にしていなかったので、あまりそういう事に興味がある訳では無いと私は勝手に思っていた。
真人君の所に行こうと歩き出そうとした瞬間、ある一人の女性が雑貨屋さんから出てきて、まっすぐ真人君の所に向かっていったのを見て、私は足を止めた。
「えっ……?」
その女性は、お店で買ったであろう袋を手に持って、笑顔で真人君と話している。
距離があったので、誰なのかまではわからなかった。
すると、真人君とその女性は突然ハイタッチをして、その音が私の耳にも入ってきた。
クラスメイト達にも聞こえたらしく、何人か音がした方を見て、すぐまた話を再開していた。
あの人は誰で、真人君の何なんだろうと考えて、身体から嫌な汗が出てきて、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
その女性を見て、私はふと、昨日の合同練習のお昼休みの時、真人君達の教室の前で見た一人の女子の名前を口にしていた。
「まさか、北内さん?」
あの身長に髪型、北内さんとほぼ同じに見えて、私の動揺はさらに大きくなった。
動揺する中、私は真人君と初めて下校した日に、彼が言っていた言葉を思い返していた。
『全然だね。中学の頃と同じで、クラスの女子とは必要最低限の話しかしないし、合唱部でも同じかな』
それは高校に入ってから仲のいい女子がいないか不安になり、私が投げかけた質問に対する真人君の回答だった。
真人君、あの時真人君が言ったことは嘘だったの?
嫌な考えが私の頭を占めていく中、北内さんらしきその女子は、真人君の手を引き移動を開始した。
真人君はすぐにその手を剥がしていたけど、女性の隣を当然のように歩いている。
二人を見つめる視界がぼやける。
気付けば、私の両目には涙が溜まっていて、その一筋が私の頬へ、そして顎へと降りていった。
二人を追いかけなきゃと思い、固まっていた足を動かそうとした時、後ろで私を呼ぶ声がした。
「綾奈ー、そろそろ行くよー」
ちぃちゃんの声にはっとした私は、涙を強引に袖で拭い、ちぃちゃんの方を向いて「すぐ行く」と、伝えて、真人君達がいた方をもう一度見ると、既に二人の姿はなかった。
私は二人を追いかけることを諦め、無理矢理に笑顔を貼り付けて、ちぃちゃんやクラスメイトの待つ方へ向けて掛けて行った。
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