第33話 綾奈の姉
俺と綾奈さんが笑い合っていると、一台の赤い車が綾奈さんの自宅の車庫に入っていった。
何度かここには来たけど、あんな赤い車を見るのは初めてだ。
「えっ!?」
その車から降りてきた人を見て、俺は驚きを隠せないでいた。
スーツをビシッと着こなした、細身でスタイル抜群の超絶美人。今日の合同練習で俺達を指導してくれた松木先生だった。
え?どうして松木先生が西蓮寺家の車庫に車を置くんだ?
そんな疑問が俺の頭の中を占める中、綾奈さんが松木先生に放った一言が、俺の疑問の答えとなった。
「おかえり、お姉ちゃん」
「お姉ちゃん!?」
今、松木先生をお姉ちゃんって言った!?いや、でも名字違うし……と、思った所で、俺はゲーセンに行った日に綾奈さんが話していた事を思い出す。
綾奈さんには歳の離れたお姉さんがいて、去年結婚して家を出たけど、しょっちゅう会ってる、と。
つまり、松木先生は去年まで旧姓である西蓮寺を名乗っていて、結婚して今は旦那さんと暮らしているけど、高崎高校の音楽教師で合唱部顧問だからほぼ毎日学校で顔を合わせているのだ。
「ただいま綾奈。あら、君は……」
綾奈さんに挨拶をして、松木先生は綾奈さんの横にいる俺に視線を向けた。
その視線は、何故自分の妹と一緒にいるのか、と言う疑いと警戒の色をした視線だった。
「お姉ちゃん、この人は中筋真人君。中学までの同級生で、今は風見の臨時合唱部員で、今は彼に一緒に下校をお願いしてるの」
綾奈さんが俺の事を紹介してくれている。決して悪意を持ってここにいるのではないと。
俺は心の中で綾奈さんにお礼を言いつつ、松木先生に自己紹介をした。
「中筋真人です。二学期から宮原さんに代わり、綾奈さんと一緒に下校させてもらってます。それと本日はお忙しい中、僕達に御指導いただきありがとうございました」
自己紹介と同時に、今日のことについて、改めてお礼を言う。
すると松木先生は警戒を解いたのか、俺に笑顔を向けてきた。
「綾奈が君の手を引いて音楽室を出ていくの見てたから綾奈が気を許している相手なのはわかったし、千佳が頼む位だから君の人柄は理解出来るわ。警戒してごめんなさい」
「い、いえ!いきなり知らない男が家の前で妹さんの隣にいたら誰だって警戒しますから……」
松木先生の言葉で、少しぼーっとしていた意識が引き戻され、俺は松木先生の警戒は当然のことだと伝える。決して松木先生に見惚れていた訳では無い。決して。
「綾奈を守ってくれてありがとう。迷惑かもだけど、これからも綾奈の事よろしくね」
「迷惑なんてとんでもないです!むしろ綾奈さんと下校するのは凄く楽しいので、これからもお守りしますよ」
「ふふっ、良かったわね綾奈」
「……!」
綾奈さんを見ると、何故かまた顔を赤くして、俺と松木先生を交互に見ている。どうしたんだろ?
気にはなるけど、綾奈さんも松木先生も疲れていると思うから、そろそろ立ち話を切り上げて帰ることにした。
「じゃあ、俺はここで。松木先生、今日はありがとうございました。綾奈さん、またね」
「えぇ。良かったら、今度はうちに上がっていってね」
「またね真人君。って、お姉ちゃん!?」
松木先生がさらっととんでもない事を言ってきて、綾奈さんが目を見開いて先生を見ている。
これは、本気なのか社交辞令なのか判断に困るけど、松木先生の言葉に真面目に返すことにしよう。
「そうですね。機会があれば、必ず」
そう返すと、松木先生は目を細めて、綾奈さんは顔を真っ赤にして俺を見てきた。何か変なこと言ったかな?
そう思いながらも疑問は口に出さず、松木先生に一例をして、綾奈さんに手を振りながら俺は自宅に向けて歩き出した。
真人君の姿が見えなくなるまで見送って、お姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんも私の方を見てニヤッとした笑みを浮かべている。
「綾奈、彼と付き合ってるの?」
「ふぇ!?」
お姉ちゃんの口からそんな言葉が飛び出て私は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「つ、付き合ってないよ!」
私はぶんぶんと首を横に振り、否定の言葉を告げる。
「そうなの?学校でも綾奈が彼の手を握って一緒に帰る所も見たし、車から見えた分だと凄く仲良さそうにしてたし、綾奈が千佳にも見せたことが無い笑顔を向けてたからてっきりそうだと思ったけど」
私とちぃちゃんは小学校からの付き合いだから、お姉ちゃんもちぃちゃんの事は知っている。今はこうして名前で呼んでるけど、学校では「宮原さん」と、名字で読んでいるからちょっと変な感じ。
「真人君はお友達だよ」
「でも、綾奈は彼の事好きなんでしょ?」
「な、何で!?」
「ふふっ、あんな幸せそうな顔してたら誰でもすぐにわかっちゃうわよ」
私ってそんな顔してたの?確かに真人君と一緒にいると楽しいし、心が満たされるから、自分が笑ってるって自覚はあったけど、お姉ちゃんや周りからはそんな風に見えていたと思うと、途端に恥ずかしくなっちゃう。
「うん。真人君が好き、です」
「それはいつか本人に言わないとね」
私が真人に告白している所を想像して顔を真っ赤にしていると、お姉ちゃんが話題を変えるためか「所で」と言ったあとに続けてこう口にした。
「綾奈は後夜祭に彼を誘うの?」
「後夜祭?あっ……」
お姉ちゃんに聞かれれたけど、その単語の意味がわからず首を傾げていたら、文化祭のしおりに後夜祭の事が書かれていたことを思い出した。
高崎高校は文武両道で、少しお堅いイメージがある学校だけど、文化祭等のイベント事は、思い切り楽しむ校風らしく、各クラスや部活の出し物なんかも割と申請が通りやすい。
勿論高校生が楽しむ範疇のものと言う決め事はあるのだけれど。
そんな高崎高校の文化祭の後は後夜祭と称して、グラウンドでキャンプファイヤーが行われて、カップルや友人同士でそれを囲み、過ぎ行く祭りに思いを馳せるんだそう。
「まぁ、後夜祭でいるのはほとんどがカップルだけどね」
お姉ちゃんが苦笑して付け加えてくる。
「でも、この後夜祭でカップルが成立するって話もよく聞くから、綾奈も後夜祭で彼、真人君に想いを伝えるのも良いんじゃない?」
「えぇ!?」
文化祭を二人で楽しんで、その後の後夜祭で告白してカップルになれたら、それは素敵な想い出になって一生二人の胸にその日の事が刻まれると思う。
でも、真人君が私の事を好きかなんて全くわからないし、まともに話し出してからまだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのに、早すぎじゃないかな?
その事をお姉ちゃんにこぼすと、お姉ちゃんが笑みを向けてきた。
「綾奈、恋愛に早いも遅いもないの。ぐずぐずしてると、真人君が他の人に取られるわよ」
「!」
「彼は凄く礼儀正しいし、それに多分真面目な性格なんでしょうね。顔も結構良いから、真人君の事を好きな人がいないとも限らないし」
「あ……」
お姉ちゃんの言葉を聞いて、今日お昼ご飯を食べ終えて教室を出る時に会った北内さんの事を思い出していた。
「真人君の事が気になっている女子に心当たりがあるのね?」
「うん……」
ちぃちゃんが清水君に聞いた話では、北内さんは真人君の事が好きかもしれないって言っていた。
もし、北内さんが真人君に想いを伝えて、真人君がそれに応えてしまった未来を想像してみる。
「……っ」
全身から血の気が引くのと、心臓が今まで感じたことない痛みに襲われる。
「ね。今、綾奈が想像した未来が来ないためにも、早めに行動した方がいいわよ」
「うん。ありがとうお姉ちゃん」
お姉ちゃんに言われて改めて思った。真人君とずっと一緒にいる未来を掴むためには行動しかない。
一緒に過ごした時間は浅いかもしれないけど、それでも濃い時間だと思っている。
お風呂に入った後に、後夜祭に真人君を誘うためにメッセージアプリの通話機能で、真人君に電話をかけたけど、生憎話し中で繋がらなかった。
まだ一週間あるから焦らなくてもいいやと思って、その日は再度電話をかけることなく眠りについた。
この選択が、私の心に暗雲が立ち込めると言う事も知らずに……。
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