第23話 中筋美奈は西蓮寺綾奈の胸の内を知る

 中筋君がトイレに行くのを見送った私は、美奈ちゃんと休憩スペースにあるベンチに座っていた。

 私が一息ついていると、美奈ちゃんが口を開いた。

「西蓮寺先輩、改めてになるんですけど、途中からお邪魔してすみませんでした」

「ううん、全然謝ることないよ。むしろ凄く楽しかったよ」

 中筋君と喋っている美奈ちゃんは、お兄ちゃん想いのあどけない女の子だけど、やっぱり中筋君の妹さんだから、彼女も凄く優しい性格なんだろうな。だからこうやって謝ってきたんだろう。全然気にすることないのに。

 そんな事を思っていたら、美奈ちゃんはベンチに両手をついて顔を私に近づけてきた。

「それで、二人に付いて行った理由なんですけど、先輩の気持ちが知りたくて……」

「私の気持ち?」

 私の気持ちと言われても、何を指す言葉なのかはピンとこなくて聞き返したんだけど、美奈ちゃんは少しして次の言葉を口にする。

「先輩が兄をどう思っているか知りたかったんです」

「え?」

「西蓮寺先輩が兄と一緒に帰っている理由はさっき聞きました。確かに兄は昔から凄く優しくてとても真面目な性格なので、先輩と先輩の親友の方がそれを理由に兄に頼んだのは妹だから凄く納得しました。でも、本当にそれだけの理由なのかなって、もしかしたら他にも理由があるんじゃないかと思ってしまって……」

 確かに他にも理由はある。中筋君の事が好きでずっと仲良くなりたかったからと言う理由が。

 でもそれはちぃちゃんしか知らない事で、それを他の人に、しかも好きな人の妹に話すのは凄く勇気がいる。

「私の勘違いだったら謝ります。でも、どうしても気になってしまい、先輩の口から聞きたかったので、兄がトイレに行くタイミングでジュースが欲しいとお願いして先輩と二人になる時間を稼ぎました」

 美奈ちゃんに話すのは躊躇ってしまう。でも、ここで嘘をついてしまって、中筋君と今後どうなるかわからないけど、いずれ嘘が美奈ちゃんにバレてしまったら美奈ちゃんは良く思わないだろう。

 それに私自身、彼への想いに嘘をつく事がどうしても出来ない。

 だから私は、美奈ちゃんに本当の事を打ち明けることにした。

「誰にも……特にお兄さんには言わないって約束出来る?」

「はいっ!」

 美奈ちゃんはごくりと生唾を飲んで、とても真剣な表情で私の次の言葉を待っている。

 私は緊張しながらも、美奈ちゃんの目を見て言った。

「実は私、中筋君の事が中学三年の時からずっと好きなの」

「……!」

「去年の秋くらいかな?ある事がきっかけで彼の事が気になり始めて、気がついたら好きになってた。高校に入ってもそれは変わらなくて、夏休みの合唱コンクールで再会して初めてまともに喋った時は本当に嬉しかったんだ」

「はい」

「親友のちぃちゃん……宮原千佳ちゃんが今月から中筋君と一緒に帰ることを提案してくれて、中筋君もそれを引き受けてくれて、一緒に帰る日が楽しみで仕方なかったんだけど、今日の待ち合わせの時に、前から私に言い寄って来てた先輩が来て困ってたんだけど、中筋君はそれを見付けたらすぐ助けに来てくれた。自分も怖かったはずなのに、それでも勇気を出して私を助けてくれた」

「お兄ちゃんがそんな事を……」

 美奈ちゃんにとっても中筋君らしからぬ行動だったんだろう、その話を聞いた美奈ちゃんは目を見開いている。

「だから今日の事で、さらに好きになっちゃったの。あの時の中筋君、凄くかっこよかった」

「なんか、にわかには信じられない話ですね」

「やっぱり妹の美奈ちゃんも、中筋君の今日の行動はびっくりした?」

「それもあるんですけど、私が言ったのは先輩にです」

「私?」

 私の事が信じられないって、何か変なこと言ったかなと思い、私は美奈ちゃんに言った言葉を思い返していた。

「さっきも言いましたけど、私の学年でも西蓮寺先輩は男女関係なく凄く人気があるんです。卒業された今でも先輩の話題が出るくらいに。そんな誰からも慕われて、物凄くモテるって聞いていた西蓮寺先輩が、まさか私のお兄ちゃんの事が好きだなんて……正直、ご本人から聞いた話でもまだ少し信じられなくて」

 美奈ちゃんは本当に驚いている様子だ。

 私は中学を卒業した今でも美奈ちゃんの周りから私の話題が出る事に内心驚いていた。

 いまだ半信半疑の美奈ちゃんに私の想いを信じてもらうべく、私はさらに言った。

「私は中筋君が好き。彼を誰にも渡したくないって思ってるよ」

「……!」

 美奈ちゃんは驚きで目を見開いている。それに何か顔が少し赤いような気もするけど、これで信じてもらえるかな?

「お兄ちゃんは幸せ者ですね」

 美奈ちゃんは笑顔を見せて言った。

「あの、ご迷惑でなければ、綾奈さんってお呼びしても良いですか?」

「全然良いけど、急にどうしたの?」

「私、綾奈さんと今日だけの付き合いじゃなくって、もっと仲良くなりたいです」

「そういうことなら大歓迎だよ。私も美奈ちゃんと仲良くなりたい」

「やったぁ!」

 美奈ちゃんは両手を上げて喜んでくれている。好きな人の妹と仲良くなるのは私も嬉しい。

 その後美奈ちゃんはニヤニヤした笑みで私を見ると「それに……」と口にした後に続けて言ってきた。

「将来私のお義姉ちゃんになるかもしれない人ですからね」

「ふぇ!?」

 その言葉を聞いた直後、私は耳まで真っ赤になり動揺で口を金魚みたいにパクパクさせていた。

「で、でも、私の想いが届かないかもしれないからお義姉ちゃん呼びは……」

 正直恥ずかしい。まだ付き合ってすらないのに。

それを言ったら以前お母さんに言われた事をそのまま美奈ちゃんに言われそうだったから、慌てて思考が鈍っている中、必死に言葉を選んでいた。

「そうですか。じゃあ誰か別の人が私のお義姉ちゃんにな───」

「ダメッ!」

 そう叫んだ瞬間、私は我にかえって慌てて自分の手で口を塞ぐ。

 周りを見ると、近くにいた人も驚いたらしく、何人かこちらを見ていた。

 美奈ちゃんも私の声に驚いた様子で、だけどすぐにニヤーッとした表情になる。

「お兄ちゃんと結婚する気満々じゃないですか」

「あぅ……」

 ダメだ。私が何を言っても美奈ちゃんは平然と打ち返してくる。

 だけど美奈ちゃんはその後すぐに悪意のない笑顔になって、

「私も応援します。お義姉ちゃんの恋!」

 と言ってきた。応援してくれるのは嬉しいけど、お義姉ちゃんはさすがに恥ずかしい。

「あ、ありがとう美奈ちゃん。だけどお義姉ちゃん呼びは恥ずかしいから遠慮して欲しいかな」

 私は苦笑いで美奈ちゃんにお願いした。美奈ちゃんは少し渋っていたけどやがて笑顔になる。

「わかりました。綾奈さんがお兄ちゃんと正式に付き合ったらまた呼ばせてもらいますね」

 お義姉ちゃん呼びはやめてくれるかと思ったけど将来的にまた呼ぶことを言われた。

 せめて私達が結婚してから言ってほしい……って思った瞬間、中筋君と結婚した時のことを考えてしまって顔全体が真っ赤になる。

「綾奈さん、私と連絡先交換して下さい」

「……うん。喜んで!」

 その言葉で我に返った私は、一拍遅れて返事をして美奈ちゃんと連絡先を交換した。

 この時美奈ちゃんがメッセージアプリで私の名前を「綾奈お義姉ちゃん」と登録していたことを知るのは、だいぶ経ってからだった。

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