第24話 二度目の指きり

「ただいま」

 ジュースを買って二人がいる休憩スペースに戻ると、二人はお互いのスマホを向き合わせていた。

「あ、おかえりお兄ちゃん」

「おかえりなさい中筋君」

 西蓮寺さんに「おかえりなさい」って言われると、結婚したてで仕事帰りの俺を優しく出迎えてくれる新妻みたいに見えてしまって心臓の鼓動がうるさくなった。

「二人とも、何してるんだ?」

 二人に買ってきたジュースを渡しながら聞いた。

「今ね、綾奈さんと連絡先の交換してるんだ」

 美奈は上機嫌なのか、買ってきたオレンジジュースに対して特にクレームを入れることはなかった。

 と言うか美奈の奴、今ナチュラルに西蓮寺さんの事下の名前で呼んだよな?俺がいない間に何があったんだろう。

 そんな事を思っている間に、交換は終了していて、美奈はスマホを見て嬉しそうにしている。

「良かったら、これからちょくちょくメッセ送っても良いですか?」

「うん、良いよ」

 美奈のお願いを快く了承する西蓮寺さん。やっぱり優しいな。

 だが、俺はゲーセンに到着するまでの西蓮寺さんとの会話で、来週から高崎高校はテスト期間に入ることを思い出したので、美奈に伝えることにした。

「来週から高崎はテスト期間に入るそうだから、嬉しいからってあまり送りすぎるなよ?」

「そうなんですか?」

「うん。文化祭が来月の今頃にあるから、それで他の高校よりテストの時期が少し早いの」

「テストやだなぁ。お兄ちゃんも勉強しなきゃ」

 会話のボールが俺の方に飛んできた。

 俺もテスト勉強を頑張るつもりなので自分なりにベストを尽くすつもりだ。

「もちろん俺もテスト勉強はするさ。一学期の期末より一つでも上の順位を目指したいしな」

「中筋君の期末の順位はどれくらいだったの?」

 西蓮寺さんが少し驚いた表情をしたかと思えば、期末の順位を聞いてきた。

「真ん中より少し上だったよ」

 順位を聞いてさっきより少しだけ驚きを増す西蓮寺さん。

 中学の頃の俺の成績を知ってるから驚いたんだろう。と言うか、よく俺の順位なんか覚えてるな。

「勉強頑張ってるんだね」

「うん。ダイエットだけじゃなくて勉強にも力を入れようと思ったから」

「何か心境の変化があったの?」

「……まぁ、ね」

 西蓮寺さんとお近づきになりたかった結果、なんて事は本人には言えなかったのでお茶を濁した。

「とにかく、自分なりに精一杯頑張ろうと思ってるから」

「うん。頑張って。応援してるよ」

「ありがとう」

 西蓮寺さんは微笑んで俺にエールを送ってくれた。これだけで勉強へのモチベーションがグンと上がる。

 ふと美奈を見ると、西蓮寺さんの方を見て、何やらニヤニヤした表情を浮かべていた。

「み、美奈ちゃん!」

 それに気付いた西蓮寺さんは顔を赤くしながら美奈の名前を叫んでいた。

「?」

 何かはわからないけど、妹と好きな人が仲良くしてくれるのはいい事だと思い、特に気にしないようにした。



 それから俺達はゲーセンを後にし、家に向かう途中でT地路に差し掛かり、西蓮寺さんを家まで送るべく美奈とは一旦別れた。美奈は西蓮寺さんに今日のお礼を言って、深々と頭を下げてから家に帰って行った。

「美奈と仲良くしてくれてありがとう」

 西蓮寺さんの家に向かっている途中、 突然の美奈の乱入にも快く対応してくれた西蓮寺さんに改めてお礼をした。

「気にしないで。私も美奈ちゃんと一緒に遊べて楽しかったし、仲良くなれて嬉しかったから」

「そう言ってくれると嬉しいけど、美奈の奴、何か困らせる事とか言わなかった?」

「……ううん。二人の時も楽しくお喋りしてたよ」

 若干間があったのは気のせいだろうか?

「でも良かった」

「何が?」

「西蓮寺さん、もう普通に笑えてるから」

「あっ……」

 今日、駅で起こった事を忘れさせるために西蓮寺さんをゲーセンに誘ったのだけど、どうやらそれは大成功のようで、西蓮寺さんの表情を見て俺は安堵していた。美奈にも感謝しないとな。

「全部中筋君のおかげだよ。本当にありがとう」

「俺も普通に楽しんでたしお礼を言われるほどの事じゃないよ。でも、西蓮寺さんの笑顔をこうして改めて見て、思いきって誘って良かったって思うよ」

 俺達は互いに見つめあって笑い出す。

 そんなやり取りをしていると、西蓮寺さんの自宅が見えてきた。それは、楽しかった時間ももうすぐ終わりを迎えるという合図だった。

 そこで西蓮寺さんが再び口を開いた。

「もし良かったら、また行きたいな。ゲームセンター」

「ゲーセン、そんなに楽しかった?」

「すごく楽しかった。ホッケー対決は思わず熱くなったし、美奈ちゃんのやっていたゲームもちょっとやってみたいなって思ったから」

 美奈がやっていたのって、あのリズムゲームか。あれは慣れるまでに時間がかかるけど、それまでは手が思うように動かずあたふたしたまま終わりを迎えてしまうゲームだ。あの美奈の腕前からして、相当通いつめているんだろう事が想像出来た。

 だが、それは言わないでおこう。要は下手でも楽しむことが重要だから。

「じゃあ、お互いテストが終わったらまた行こうか?」

「うん!」

 西蓮寺さんは満面の笑みを見せて、また俺とゲーセンに行く約束をしてくれた。

 正直、今回だけだと思っていたから、予想外の嬉しい誤算に俺は内心でガッツポーズをした。

 すると、西蓮寺さんは立ち止まり、「じ、じゃあ……」と言って右手を出てきた。

「また絶対行きたいから、指きり……しよ?」

 そこまでゲーセンが気に入ったのか、まさかの指きりで少々面食らってしまったけど、すぐに笑顔になって、西蓮寺さんと小指を絡め、俺達は二度目の指きりをした。

 ここで俺は、高崎高校最寄り駅で西蓮寺さんが話した内容を思い出して、勇気を出して西蓮寺さんにお願いをした。

「高崎って来週からテスト期間なんだよね?」

「? そうだよ」

「ということは、部活もないんだよね?」

「うん」

「じ、じゃあさ、その、西蓮寺さんさえ良ければなんだけど、テスト期間中、毎日俺とか、帰ってほしい……ダメかな?」

「……いいの?」

 西蓮寺さんから返ってきた言葉は、思っていたのと違っていた。彼女の顔を見ると、目を見開き、瞳が潤んでいるのがわかる。

「始業式の日に時間合えば毎日一緒に帰れるかもって話題が出たから。も、もちろん西蓮寺さんと宮原さんが良ければだけど……」

 と言うと、西蓮寺さんは慌ててスカートのポケットからスマホを取り出し、何処かに電話をしだした。まさか、いきなり宮原さんに電話するの?

「も、もしもしちぃちゃん?中筋君がテスト期間中毎日一緒に帰ろうって言ってくれてるんだけど良い?…………うん、ありがとう。またね」

 三十秒程で通話が終了し、西蓮寺さんはスマホを耳から離して俺の方を向いた。

「ちぃちゃんからオッケーが出ました」

 西蓮寺さんは笑顔でピースサインを俺に向けてきた。

 なんか凄い行動力を発揮した西蓮寺さんを垣間見たけど、これで来週からしばらくは西蓮寺さんと毎日一緒に帰れるんだ、細かいことは気にしないようにした。

「じゃあ来週から毎日駅に迎えに行くよ」

「はいっ!」

 互いに笑顔で来週からの約束をし、俺は自宅に向けて歩き出した。

 来週からしばらく西蓮寺さんと一緒に下校出来る嬉しさから、顔がにやけるのを必死に堪えながら。

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