第22話 好きな人と妹

「お兄ちゃんがデートしてる!」

 何を隠そう、俺の妹、中筋美奈だった。

 背後からの声に気付いた西蓮寺さんは、すぐさま後ろに向く。西蓮寺さんを見た美奈は、さらに驚きの声をあげる。

「お、お兄ちゃんが西蓮寺先輩とデートしてる!!」

「美奈、何でここに?というかお前、西蓮寺さんのこと知ってるのか?」

「私はプライズを見に……って、今はそんな事はどうでもいいの!西蓮寺先輩は生徒会副会長だったんだから、全校集会で見たことあるから知ってるよ」

 どうやら美奈はクレーンゲームのプライズを見に来たようだ。

 美奈も少しオタク寄りな趣味をしているので、たまにこのゲーセンに来ているようだ。

「それに、西蓮寺先輩の事は、私の学年でもよく話題に出て来たからね。上級生に物凄く可愛い先輩がいるって。男子だけじゃなく、女子も話してたもん」

 確か当時、下級生にも告白されたって噂を耳にしたことがあったのを思い出した。

「その西蓮寺先輩が、まさか自分のお兄ちゃんとゲーセンにいるなんて予想外にも程があるよ!」

 少しは落ち着いたかと思ったけどダメだった。まだまだ興奮冷めやらぬといった感じで捲し立ててくる。

「西蓮寺先輩は、兄と付き合っているんですか!?」

「ふぇ!?」

 質問の矛先が、いきなり西蓮寺さんに変わったことで、西蓮寺さんは驚きの声をあげる。

「えっ……いや、あの」

 急に話を振られたからか、あたふたとしている西蓮寺さん。うん、可愛い。

「そんな訳ないだろ」

 困っている西蓮寺さんをほっとけなかったのと、少し暴走していた美奈を宥めるために、美奈の頭を軽く叩きながら会話に割り込んで否定する。本当は肯定したい。嘘はあかんけど。

 ふと西蓮寺さんの方を見ると、俺の方を見て、少し頬を膨らませていた。どうやら少しご機嫌斜めなようだ。何故?

「美奈、それより先に自己紹介をしなよ?」

 俺は美奈に自己紹介することを促した。これまでのやり取りで、俺の妹という事は知ってもらえたはずだけど、それとこれとは話は別だ。

「はじめまして。中筋真人の妹の美奈です。西蓮寺先輩、よろしくお願いします」

「さ、西蓮寺綾奈です。こちらこそよろしくね美奈ちゃん」

 お互いに自己紹介をして、頭を下げる。西蓮寺さんはさっきの美奈の質問のせいでまだ動揺しているようだ。

「付き合ってないのは分かってたけど、ならどうしてこんな所に一緒にいるの?」

 わかってたんなら最初から質問すんなよと思いながら、俺は西蓮寺さんと一緒に帰ることになった経緯を美奈に話した。

「……なるほど。確かにお兄ちゃんは女の人に手を出す勇気はないもんね~」

 ここまでの経緯を聞いた美奈は、俺を見て揶揄う様な笑みを浮かべて言ってきた。

「もうちょっと言い方ってもんがあるだろ」

「え~、例えばどんな?」

「……誠実とか」

「自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「言わせたのお前だろうが!」

「言ったのはお兄ちゃんだよ」

 美奈はそう言うとからからと笑っていた。

 その後、美奈は西蓮寺さんの方に向き、「でも」と言った後に続けて言った。

「確かにうちのお兄ちゃんは誰かを、特に女の人を訳もなく悲しませたり嫌な気分にさせる性格では無いので、西蓮寺先輩がお兄ちゃんを指名したのも納得です」

 さっきまで兄を揶揄っていたのに、急に真面目な話をしやがって。でも去年の今頃はこんな風に笑いあってはいなかったので嬉しいわけだけど。

「うん。中筋君は本当に頼りになる人だよ」

 西蓮寺さんも追い打ちをかけてきた。美奈の言葉だけでも照れくさかったのに、好きな人からもそんな事を言われて恥ずかしくなり俺は顔を右に向けて右手の甲で口を隠した。

 すると美奈が西蓮寺さんの方に近づいて耳元に口を持っていった。

「西蓮寺先輩、あれ、お兄ちゃんが恥ずかしい時にする癖なんです。お兄ちゃん、西蓮寺先輩の言葉でめっちゃ照れてますよ」

 その耳打ちはしっかり俺の耳にも届いていた。

「ふふっ、教えてくれてありがとう」

 西蓮寺さんも耳打ちで美奈にお礼を言った。

いや、何で俺なんかの癖をリークされてお礼言ってんの?絶対西蓮寺さんに必要ない情報だと思うんですけど。

 少しの間三人でお喋りした後、そろそろ他のゲームをしようと思い移動しようとした時、美奈は俺の制服を引っ張りお願いをしてきた。

「お兄ちゃん、私も一緒に遊びたいんだけどいい?」

 俺としては全然良いのだけど、西蓮寺さんが一緒にいるから、彼女の了承を得る必要がある。

「俺はいいけど、西蓮寺さんは良いかな?」

「もちろん良いよ」

 西蓮寺さんは二つ返事で了承してくれた。やっぱり西蓮寺さんは優しいな。

「ありがとうございます。先輩」

 西蓮寺さんの返事に美奈は頭を下げてお礼を言う。

 お礼を言った後、美奈は俺の傍に来て耳打ちをしてきた。

「ごめんねお兄ちゃん。二人きりの所お邪魔して」

 確かに二人きりになれないのは残念ではあるけど、今日ゲーセンに来たのは、西蓮寺さんに駅で起こった出来事を楽しい思い出に塗り替えて忘れて欲しいのを目的としていたので、美奈が加わるのは正直嬉しかった。

「別に良いよ。てか、そんなんじゃないからな」

 俺は美奈の頭に手を置き撫でる。すると美奈は「えへへ」と嬉しそうに破顔した。

「じゃあ二人とも行こうか」

 そう言って二人を促し、俺達は移動した。

 その後俺達は色々なゲームをした。

 美奈はリズムゲームもしたかったらしく、ゲームをプレイしている美奈を俺と西蓮寺さんがそれを見ていたのだが、美奈は物凄く上手かった。ゲームが終わった後には、俺は感嘆の声を上げ、西蓮寺さんは「美奈ちゃん、凄い」と素直な感想と拍手を送っていた。それを受けて美奈は嬉しいながらも照れくさそうにしていた。

 その後はクレーンゲームのコーナーに移動してプライズを見ていたのだけど、西蓮寺さんが少し大きめの猫のぬいぐるみ(オス)をじっと見つめていたので、クレーンゲームがあまり得意ではないけれど、何とか十回目のチャレンジでゲット出来て、それを西蓮寺さんにプレゼントした。

 西蓮寺さんは余程嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべて「ありがとう」と言ってきた。

 あまりに可愛かったので俺は思わず目を背けてしまった。財布は軽くなったけど、西蓮寺さんの笑顔が見れたから気にしない。

 そんな俺達のやり取りを後ろで見ていた美奈はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 クレーンゲームコーナーを離れ休憩スペースに移動中、突然の尿意に襲われた俺は二人に断ってからトイレに行こうとした。

「ちょっとトイレに行ってくる」

「ついでにジュースも買ってきてよ」

 兄をパシらせようとする妹。

「……何がいいんだ?」

「なんでもいいよ」

「それ一番困るやつ」

「とにかくよろしく」

 強引にお願いされながらも、不承不承でそれを了承した俺はトイレに向かって歩いていった。

 西蓮寺さんは手を振り笑顔で送り出してくれた。この差よ。

 美奈だけじゃなくて西蓮寺さんのも買わないとな。美奈の奴は何でもって言うけど、適当な物買うと普通に文句言って来るし……西蓮寺さんはそんな事は言わないだろうけど、とりあえずラインナップを見て決めるか。

 そんな事を考え、用を足し終えた俺は自動販売機の前に立つ。

 ふとゴミ箱を見ると、その付近に空き缶が散らばっていたので、俺はそれをゴミ箱の中に入れ、自販機の前で何を買うか数分悩んだ末、アイスコーヒー、アイスティー、オレンジジュースを購入して休憩スペースに戻るのだった。

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