第19話 綾奈に言い寄る男との対峙

 その後授業は滞りなく進み、気づけば放課後になっていた。

 俺は友達二人に別れの挨拶を告げるとそのまま高崎高校の最寄り駅に急いだ。

 今日で西蓮寺さんと一緒に帰るのは五回目。少しは慣れてきたと思っていたのだけれど、やはり待ち合わせ場所に行くまでの時間は緊張してしまう。恐らく何回やっても慣れないと思う。

 電車に揺られること数分。高崎高校の最寄り駅に到着したので、心を落ち着かせるため一度深呼吸をしてから電車を降りる。

 改札を抜けて、俺は歩くランドマークこと宮原さんを探す。

 今の時間帯はあまり人がいないので、西蓮寺さんの事を探すのはそこまでの難易度では無いのだけれど、

 モデル並の身長を持ち、目立つ髪の色をしている宮原さんを探す方がはるかに難易度が下がるのだ。

 探し始めてから少しして、目立つ髪色で長身の人物を見つける。そして、その隣には西蓮寺さんもいる。

 俺は緊張、そしてはやる気持ちを抑えながら二人に近づいていこうとして、違和感に気づき立ち止まった。

 よく見たら髪の色が金色で短髪だ。

 宮原さんはオレンジ色の髪をポニーテールにしているので明らかに違う。

 その人物は男で、高崎高校の制服を身に纏っている。

 そしてニヤニヤしながら西蓮寺さんに話しかけている。一方西蓮寺さんは困ったようにその人物から目を逸らしている。

 これは……ナンパ!?

 周囲を見ても近くに宮原さんはいない。恐らくお花を摘みに行ったのか、売店に行ったのか。男子生徒はその隙を狙って西蓮寺さんに声をかけたのだ。

 如何にもチャラチャラした風貌の男子生徒で、俺とは正反対な人種だ。普段の俺なら相手にせず横を通り過ぎるだけなのだが、今は状況が違う。西蓮寺さんが、俺の好きな人が困っているのだ。

 俺は考えるより先に足が動いていて、早足で二人に近づく。

「大丈夫?」

「あっ……!」

「あ?」

 俺の存在に気づいた二人、西蓮寺さんは驚いていて、驚きの中に救いを求めるような眼差しをしていて、一方の男子生徒は、俺の事を敵意むき出しで睨みつけてきた。

「何なのお前?俺今綾奈ちゃんと大事な話してるから邪魔しないでくれる?」

 男子生徒の言葉に少し苛立ちを覚えたが、西蓮寺さんを守らなければならないと言う気持ちが強く出たので俺は再度心を落ち着かせる。

「って彼は言ってるけど、本当?」

 俺は西蓮寺さんにたずねる。

 すると西蓮寺さんは力いっぱい首を左右に振り、駆け足で俺の背後に隠れた。

「は?お前マジ邪魔なんだけど?消えてくんね?」

「お断りします」

 西蓮寺さんのとった態度が気に食わなかったのか、男子生徒は至近距離で俺を睨みつけてきた。俺は男子生徒の言葉を真っ向から否定する。

「関係ねー奴が首つっこんでくんなって言ってんだよ」

 正直めっちゃ怖い。でも俺が逃げたら西蓮寺さんが何されるか分からない。俺はなけなしの勇気を振り絞り立ち向かう。

「部外者ではないです。俺は彼女の幼なじみです。その幼なじみが怖い思いをしてるのを黙って見過ごすなんて出来ません」

「幼なじみ?へぇ、お前が……」

 そう言うと男子生徒は俺から少し距離を置き、俺の事をまるで品定めするかのように見てくる。正直この視線は不快だが、俺はじっと西蓮寺さんを守るように立ちはだかる。

「たまに綾奈ちゃんが他の学校の男と一緒に帰ってるって噂を聞いてな。それが幼なじみって言うじゃん。……まさかそれがお前みたいな奴とはな」

 男子生徒はそう言ってニヤニヤした目付きを俺に向けてくる。西蓮寺さんの事を気安く「綾奈ちゃん」と言ったり、不愉快極まりない男だ。

「……何が言いたいんです?」

「今日は……いや、今日から綾奈ちゃんと一緒に帰る役目、俺が変わってやるよ」

「は?」

 一体この男は何を言ってるんだ?

 男子生徒の言葉が理解できない。そして同時に怒りが込み上げてきた。

「お前も自分の学校からわざわざここまで来るの大変だろ?だから俺が変わりに―――」

「断る!」

 男子生徒の言葉を遮って、俺は大きな声で男の提案を拒否する。

「大変だなんて微塵も思ってない。寧ろ俺は彼女と一緒に帰れるこの時間が楽しみで仕方がないんだ。それに、貴方を見てこれだけ怯えている彼女を見て、はいそうですかって譲る道理はない。何より、貴方といると間違いなく彼女から笑顔が消える。そんな事は俺が絶対に許さない!」

 俺は感情のままに、男子生徒に捲し立てる。言い終えると後ろから制服がギュッと掴まれる感覚がする。西蓮寺さんが握りしめているのだろう。

「……調子乗ってんじゃねぇぞてめぇ」

 男子生徒はゆっくり近づいてきて俺の胸ぐらを掴んできた。

「何度でも言ってやるよ。俺の大事な幼馴染をお前には絶対に渡さない!」

 俺は自分の意志を、揺るぎない気持ちを男子生徒にぶつける。

「口で言ってもわかんねぇなら……」

 そう言うと男子生徒は右手を振りかぶった。マジか、こんな公共の場で!?

 殴られる。殴り合いの喧嘩なんてしたことが無いので、内心はビクビクしている。けど決して逃げない。逃げられない体制にあるけど、それでも俺は好きな人を守るためにこいつに立ちはだかる。

 男子生徒の拳が俺の顔面にヒットしそうになる直前。

「こらー!何をしている!?」

 遠くから大人の男性の声が聞こえてきて、男子生徒の拳はピタッと止まる。

 声がした方を見ると、駅員らしき人が二人、こちらに駆け寄ってくる。

「ちっ!」

 それを見た男子生徒は俺を離し、外へと逃げていった。

 駅員らしき人達は、一人はそのまま男子生徒を追いかけていき、もう一人は俺達の前で立ち止まった。

「君達、ケガはないかい?」

「あぁ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」

「良かった。たまにああ言う輩が女の子に声をかけるのを目撃していてね。構内にいた人から知らせを受けて駆けつけてきたんだ。女の子の方は気をつけ……いや、君みたいな彼氏がいれば彼女は安心かな?」

「彼氏!?」

 駅員さんはとんでもない発言をしてきて俺は素っ頓狂な声をあげる。

「私はさっきの男を追うから。君達は気を付けて帰るんだよ」

 そう言って駅員さんは駅の外に駆けて行った。

 彼氏……数秒、その言葉が頭の中を駆け巡った後、俺ははっとなり西蓮寺さんの方に向いた。

「西蓮寺さん、大丈夫だった!?」

 咄嗟に西蓮寺さんの両肩を掴み声をかける。西蓮寺さんに触れるのはあの指切り以来でドキドキするけど、今はそんな事を言ってる場合じゃない。

「……」

 返事はなく俯いているが、首を縦に振ってくれた。

「良かった。ごめんね、怖い思いをさせて」

「……」

 相変わらず俯いたままだけど、今度は首を横に振る西蓮寺さん。

 俺がもう少し早く到着していたら、あの男が西蓮寺さんに近づいてくることもなかったかもしれない。

 例え声をかけてきたとしても、はじめから西蓮寺さんを守れていたから西蓮寺さんの恐怖心も今ほどでなかったかもしれない。そんな後悔の念が俺の頭をよぎる。

 少しして西蓮寺さんは顔を上げて俺の顔を見る。その目には少し涙が浮かんでいた。

「中筋君は何も悪くないよ。私の方こそごめんね。中筋君に迷惑をかけて」

「西蓮寺さんが謝る必要はどこにもないよ。悪いのはさっきの奴なんだから」

「でも、中筋君を危ない目に合わせてしまって……怖い思いもさせてしまったから」

「怖い思いなんて……俺は西蓮寺さんを守れてほっとしてるよ」

「でも、手、震えてる」

「え?」

 西蓮寺さんに言われて彼女の肩から手を離し見てみると、西蓮寺さんの言う通り、俺の手がカタカタと震えていた。それと同時に足も震えていることに気づく。

「……あはは。あんなヤンキーみたいな奴に自分から向かっていったの初めてだったから、今更恐怖が来たのかもしれないね」

 あの男子生徒に立ち向かっている時は、西蓮寺さんを守る事、そして男への苛立ちで頭がいっぱいでそれどころではなかった。男子生徒が逃げていった後で、恐怖心が遅れてやってきたのだ。

「やっぱり宮原さんみたいには立ち回れないや。かっこ悪い所を見せてしまったよね?」

 早く震えを止めて西蓮寺さんを安心させたいが、一向に震えが止まってくれない。

 仕方ないとはいえ、現在進行形で西蓮寺さんにかっこ悪い姿を晒し続けている……と思ったのだが。

「ううん」

 西蓮寺さんは俺の震える両手を、自身の両手で優しく包み込んできた。その行動に俺はドキリとして、緊張もしてきた。

「かっこ悪いなんて思わないよ。だってこの震えは、中筋君が勇気を出して私を守ろうとしてくれた証なんだから、その……凄く、かっこよかったよ」

 西蓮寺さんはそんな事を言ってくれて、可愛すぎる微笑みを俺に向けてくれた。

「それに、中筋君が来てくれてから、さっきの先輩に対する怖い思いは不思議なくらい無くなったの。でも、私のせいで中筋君が殴られるのかもって思ったら……また怖くなった」

 西蓮寺さんは微笑みから一変、悲痛な表情を浮かべて、顔を俯けた。

「私のせいで中筋君に怪我をさせてしまったら中筋君に申し訳ないし、……やっぱり、こんなお願いをしなければ───」

「ストップ」

 西蓮寺さんが何を言うのか察した俺は、彼女の言葉を少し強い口調で遮ると、西蓮寺さんは肩をビクッとさせ、ゆっくりと目線を俺の顔へと向ける。

「西蓮寺さんが俺と帰るのが嫌で、それが西蓮寺さんの心からの言葉なら俺は従うけど、俺の身を案じて口にしているだけなら俺はそれに対して首を縦に振ることは出来ない。こういう事があるって宮原さんにも言われていたしね。それに、さっきの奴にも言ったけど、西蓮寺さんとこうして一緒に帰るの、俺の一番の楽しみだから……だから、もしさっきの言葉が本心じゃなかったら、勝手だけど俺の楽しみを奪わないで欲しいな」

 俺は笑って西蓮寺さんの目を見て言った。これは俺が好きでやっている事だから西蓮寺さんが気に病む事は何もないんだ。

「ありがとう中筋君。今日も、これからもよろしくお願いします」

 西蓮寺さんは微笑み、その瞳にはうっすらと涙を浮かべながら言ってきた。

 無論、その両手は未だ俺の手を包み込んでいる。

 その微笑みを直視出来なくて俺は視線を右に逸らす。いつしか身体の震えもおさまっていた。しかし、西蓮寺さんは俺の手を離す気配はなく、今もまるで愛おしそうな表情をしながら俺の手を包み込んでいる。

 さすがに公共の場でこれ以上手を握られるのは恥ずかしかったので、少し名残惜しいけど、俺は西蓮寺さんに声をかけた。

「西蓮寺さん。あの、もう震え止まったから」

「へっ!?あ、ご、ごめんなさい!」

 西蓮寺さんは我に返ったかのように驚き、慌てて俺の手を離した。

「ううん。ありがとう西蓮寺さん」

 俺は笑って西蓮寺さんにお礼を言う。

「「……」」

 さっきまでの空気から一変、気まずい沈黙が流れる。

 や、やばい。何とかこの空気を変えないと。

 そう思った俺は焦りながら話題を探す。

 考えること数秒。俺は西蓮寺さんに話しかけた。

「そ、そう言えば、今日はこの後どうする?」

 初めての放課後デートで書店に寄ったっきり、特に寄り道をせず真っ直ぐに西蓮寺さんを自宅まで送っていた。

 今日もこのまま真っ直ぐ帰宅してもいいのだけど、もしまだ西蓮寺さんに恐怖心が少しでもあるのなら、それを全部取り除いてあげたいと思い、ある提案をしようと聞いてみた。

「特に、これと言って寄りたいところはないかな。どうしたの?」

「もし西蓮寺さんが良かったらなんだけど、これからゲーセンに行かない?」

「ゲーセンって、ゲームセンター?」

「うん。さっきの奴のせいで暗い雰囲気になっちゃったから、それを忘れる位パーッと遊ばないかなと思って」

 正直西蓮寺さんがゲーセンに行くイメージは全くない。興味がなく断られるかもしれない。でもこのまま真っ直ぐ下校して暗い気持ちを引きずるより、娯楽施設に行って思いっきり遊んで怖かった記憶を上書きしようと思って言ってみた。

 西蓮寺さんは少しだけ逡巡して口を開いた。

「行ってみようかな?それに、来週からテスト期間に入るからしばらく遊ぶ事も出来なくなるし」

 西蓮寺さんは俺の提案を了承してくれた。俺は内心でガッツポーズをする。

「ありがとう西蓮寺さん。じゃあ早速行こうか」

「うん」

 俺達はホームに向けて歩き出した。

 その時、制服のズボンに入れていたスマホが振動したのを感じた俺はスマホを手に取る。すると宮原さんからメッセージが届いていた。

【綾奈を守ってくれてありがとう。やるじゃん】

 そんなメッセージと、サムズアップするキツネのスタンプが送られていた。

 どうやらさっきのやり取りを何処かから見ていたようだ。軽く辺りを見渡すと、俺たちがいる場所から少し離れた駅に併設されているコンビニの出入口付近にオレンジ色のポニーテールを見つけた。 歩くランドマークは健在のようだ。

 俺は【ありがとう】と返信をして、首だけ宮原さんの方を向いて、彼女に向かって軽く手を振った後、西蓮寺さんと一緒に電車に乗り込んだ。



 まだ心臓がバクバクしてる。

 私は駅のホームで中筋君と電車を待っている間、さっきの事を思い出していた。

 ちぃちゃんがコンビニに行っている間、私に声をかけてきたのは一つ歳上の黒島先輩。私によくアプローチをして来る一人だ。

 一度ちぃちゃんに注意されていたのだけれど、私たちの事を近くで見ていたのか、ちぃちゃんが離れて少しして、私に声をかけてきた。

 私はこの先輩の事が苦手だ。何度も断っているのにしつこく言い寄ってくる。そして上から目線で発言してくるところも好きではなかった。

 私はちぃちゃんが戻ってくるまで何とかやり過ごそうと思っていたのだけれど、少しして予想外の人が私たちに声をかけてきた。

 中筋君だ。私は咄嗟に中筋君の背中に隠れてしまった。

 私の記憶の中では、中筋君は誰かと本気で言い合ったことも、怖い人相手に自分から向かって行った記憶がなかった。多分、私が困っていたのが見えて駆けつけてくれたんだと思って、申し訳なさと同時に、嬉しいと思ってしまった。

 そして彼が黒島先輩に言った言葉に、頬は真っ赤に染まり、嬉しさから目には涙が浮かんで、中筋君の制服をギュッと掴んでしまった。

 彼の後ろにいたから、彼がどんな表情をしているのかわからなかったけどとてもかっこいいと思ったし、その背中がとても大きく見えた。

 それと同時に、嘘でもいいから「幼なじみ」ではなく、「俺の彼女」って言って欲しかったなんて思ってしまった。

 駅員さんが来てくれて、それ以上大事にはならなかったけど、心配して私の両肩に置かれていた中筋君の手は震えていた。

 中筋君はかっこ悪いって言っていたけど、私にはとてもかっこよくて、まるでヒーローのように見えた。

 その姿に私は中筋君の事がますます好きになり惚れ直した。

 優しくて誠実で、困っている人がいたら躊躇なく恐怖に立ち向かえる人。

 こんな素敵な人、誰にも渡したくない。

 そんな思いを胸に、私は中筋君が振り向いてくれる女の子になろうと決意を新たにした。

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