第9話 真人と綾奈に与えられたミッション

 私、西蓮寺綾奈は私と一緒に下校してくれる事を了承してくれた中筋君にお礼を行って、途中までちぃちゃんと三人で歩き、中筋君と別れた後、ちぃちゃんが私にこう話してきた。

「良かったね綾奈。中筋が引き受けてくれて」

「うん。やっぱり中筋君、優しいな」

 明日から中筋君と一緒に下校できる日があると思うと顔が緩んじゃう。

 でもちぃちゃんは、やっぱりちょっと心配みたいで……。

「あたしもそこまで心配はしてないんだけど、もし中筋に無理矢理何かされたらすぐにあたしに言いなね?」

 やっぱり中筋君も男の子だから、私と二人きりで帰ってその途中で中筋君が私に変な事をして来ないか心配しているみたい。ちぃちゃんの表情を見ると、その真剣さが伝わってくる。私の身を心から案じてくれる親友に対して私は言った。

「心配してくれてありがとうちぃちゃん。でも、私は中筋君はそんな事を、人が嫌がることを自分の意思でする人じゃないって知ってるから」

「綾奈は本当に中筋の事を信頼してるね」

「だって好きな人だもん。それに中筋君は誠実な人って知ってるから」

 そんな彼の顔を想像したら、自然と顔が熱くなって目を細めてしまう。

「でも綾奈、中筋になら手を出されてもいいって思ってるんじゃないの?」

 突然ちぃちゃんがニヤニヤしながらとんでもない事を言ってきたので、私の顔はさらに熱くなった。

「な、何言ってるのちぃちゃん!わ、私は別にそんな事……」

「えー?違うの?」

「……えっちな事は怖いけど、で、でも、触れてほしいし、触れたいって思ってるよ」

 明らかにからかっている親友。だけど今の私はそれを受け流す余裕なんてなくて、思った事が勝手に口から発せられた。

 顔だけじゃなく、全身の体温が上がってるのが分かる。

「慌ててる綾奈を見たかっただけなんだけど、途中からマジに返されるから、聞いてるこっちまで恥ずかしくなってきた」

「言わせたのはちぃちゃんだよ!?」

「あはは、ごめんって。ところで綾奈?今日、アレを聞かなかったね?」

「アレ?」

 ちぃちゃんの言う「アレ」がなんの事かわからず、首を傾げる。

「中筋の連絡先」

 ちぃちゃんは自分のスマホを私に見せる為、自分の大きな胸の近くに持ってきて、左手の人差し指でそのスマホを指さした。

「あ……」

 今日は「一緒に下校して欲しい」と、お願いする事に頭がいっぱいで、連絡先の事が頭から抜けていた。

 ちぃちゃんに言われるまで気づかなかった。

 それと同時に、今日の事を提案してくれた合唱コンクールの帰り道で、ちぃちゃんに言われた事を思い出した。


『連絡先の件は、あたしは一切手助けしないからね。あたしが言って交換出来ても意味ないし、それくらいの勇気は出さないと告白なんて出来ないだろうしね。もし中筋を他の女に取られてもいいなら、あたしがフォローしても良いけど、どうする?』


 ちぃちゃんはいつも隣にいてくれて、助けてくれる親友だけど、決して私を手助けしてくれるばかりではない。

 私が言わなきゃいけない、やらなきゃいけないと思った事は、決して助け舟を出したりはしない。私の心が弱くならないよう見守ってくれる、私にとって一番の親友。

『それに綾奈が中筋と連絡先の交換するまで、あたしもあいつの連絡先は聞かないことにするから。あたしはあいつの連絡先はどうでもいいけど、あたしが先に登録すると、綾奈嫉妬しそうだし』

 とも言ってくれた。

 嫉妬……するかはともかく、私の事を尊重してくれる優しさを持っている。

 約一ヶ月前のやり取りを思い出し、私はちぃちゃんの方を向いた。

「確かに今日は忘れちゃったけど、あの時ちぃちゃんが私に言ってくれた事まで忘れた訳では無いから。だから、明日はちゃんと聞くよ」

 勇気を出して、明日は必ず中筋君と連絡先の交換をする。自分に言い聞かせる様に、私はちぃちゃんに告げる。

「うん。頑張れ、綾奈」

 ちぃちゃんは微笑み、私の背中をぽんと叩く。

 明日は色々頑張ろうと決意を改めて、私はちぃちゃんと一緒にまだまだ残暑か続く帰り道を歩いて行った。



『西蓮寺さんと一緒に帰る事になったぁ!?』

「だから声がデカい!」

 その日の夜、俺は自室で一哉に今日あった出来事を電話で話していた。

 すると一哉から開口一番、驚きの声があがった。いや、合唱コンクールの帰りの電車内でも似たようなやり取りあったな。

『え?待って。ちょ、何なん?何があったん?』

「いや、落ち着けって。何で直接話を聞いた時の俺よりテンパってるんだよ?」

 慌てる一哉を宥めつつ、俺はファミレスで話した内容を親友に伝えた。

『なるほどなぁ。宮原さんの代わりに真人が西蓮寺さんのボディーガードにねぇ』

「何だよ?」

 話を聞いた一哉の声のトーンは高かった。こいつ、絶対この状況を面白がってるな。

『いや。でもやったじゃん!西蓮寺さんとお近付きになれるチャンスが向こうからやってきたんだから』

「冷静に考えてもまだそんな実感湧かないんだけどな」

『実感なんて後からいくらでもついてくるさ。好きな人と一緒に下校が出来る。言ってしまえば放課後デートだぞ?本来ならもう関わり合いにならなくてもおかしくない相手からもたらされた千載一遇のチャンスなんだ。ちゃんと活かさないとな』

「そうだな。とりあえず明日は頑張ってくるよ」

『気負うなって言うのは無理だと思うが、気負いすぎるなよ』

「おう。ありがとう」

 一哉から激励の言葉を貰い、明日の放課後デート……そう思うとめっちゃ恥ずかしいな。とにかく楽しもうと改めて思う。

『と言うか、俺と電話する時間があるんだったら、西蓮寺さんにメッセなり電話なりしたらいいんじゃないのか?』

 一哉から発せられた言葉に、俺はある事実に気付かされた。

「電話?メッセ?」

『いや、一緒に下校する約束してるんなら、当然連絡先の交換もしてるんだろ?なら今この時間を西蓮寺さんの為に使って有意義なものにすれば良いじゃないか?』

「…………」

『おい、まさかとは思うけど、連絡先の交換、してるよな?』

「……してません」

『は?』

「してません!」

 そうだった。俺、西蓮寺さんと連絡先の交換してなかった。

 交換出来るチャンスは何度もあったのに何故こんな大事な事を失念していたのか。

 と言うか、夜にいきなりメッセージ飛ばしても迷惑がられるだけじゃないのか?

『はぁ……。色々言いたいことはあるが、とにかく明日、西蓮寺さんと連絡先の交換しておけよ?』

「そうだな。緊張するけど何とか聞いてみるよ」

『ひよって先延ばしにするなよ?』

「わかってるって」

『どうなったか結果教えてくれよ』

「お前、絶対面白がってるだろ?」

 電話越しからニヤニヤしてる一哉が見える。

『否定はせん。でもそれ以上に、上手くいって欲しいと思ってるのは本当だからな』

「まぁ、ありがとな」

『おう。頑張れよ』

 そんなやり取りをして、一哉との通話を終了した。

 まずは明日、西蓮寺さんを無事に送っていくのと、そして連絡先の交換。

 この二つを遂行することに注力しようと決意をあらたに、その日は眠りについた。

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