第7話 綾奈のお願い

 俺達は地元駅近くにあるファミレスにやってきた。

 ここまでの移動中、様々な人の視線をずっと感じていた。

 抜群の容姿とスタイルを持つ宮原さんはずっと視線を集めていた。

 そしてその横にいた俺にもその視線は向けられていて、ずっと落ち着かなかった。

 ファミレスの店員さんに案内されて、俺達は店の奥に通された。

 案内された席には既に待ち合わせ相手がいて、その人物を見て俺は目を見開いた。

「さ、西蓮寺さん」

 予想に難くなかったとは言え、やはり好きな人がいると驚くし、心臓は跳ねる。

 確かにこれは悪い話ではないのかもしれない。だけどある意味心臓に悪い。

「ご、ごめんね中筋君。急に呼び出して」

「う、ううん。びっくりはしたけど気にしないで」

 そう言って、俺は西蓮寺さんの対面の、宮原さんは西蓮寺さんの隣の席へ座る。

 お昼も近くなってきたので、俺はデミグラスハンバーグセット、西蓮寺さんはパンケーキ、宮原さんはスパゲティを、そして三人でドリンクバーを注文して、ドリンクを取りに行った後、今日俺がここに連れてこられた理由について聞いた。

「いきなりで申し訳ないけど、今日は俺に話があったんだよね?」

「うん。突然ごめんね」

「それはもう大丈夫だよ」

「でも予定があったんでしょ?強引に連れてきて悪かったよ」

 宮原さんが強引に俺を連れてきたことを謝罪した。

 見た目も中身もギャルだけど、こういう所は中学時代から変わらないなぁと、当時から西蓮寺さんと一緒にいたのを見ていた俺は思った。

「別に、大した用事じゃないから大丈夫だよ。それに健太郎……俺と一緒にいた奴もそんな事で気分を悪くする奴じゃないから気にしないでよ」

 恐らく健太郎は欲しかったラノベの新刊を買って、足どり軽くほくほく顔で帰路についてるはずだ。

「ならいいんだけど。ほら、綾奈」

「う、うん。あのね、中筋君」

 西蓮寺さんが緊張した、そして真剣な面持ちで正面から俺を見ている。

 そんな好きな人の表情を見て、俺は色んな意味でドキドキして自然と背筋を伸ばしていた。

「〜〜〜〜っ」

 と思いきや、中々言い出す勇気が出ないのか、目を強く瞑り、俯いてしまった西蓮寺さん。え?そんなに話しにくい事なん?

 数秒そんな状態が続いたが、意を決したのか、西蓮寺さんが勢いよく俺の方に向き直るとついに口を開いて理由を話した。

「わ、私と……、一緒に下校して欲しいの!」

「…………はい?」

 西蓮寺さんの言葉ははっきりと聞き取れた。俺にとっては願ってもない提案だったけど、その言葉の真意が分からず、驚きよりも疑問の方が強かった俺は、数拍遅れて首を傾げた。

「ちょっと綾奈。中筋が混乱してるよ?」

「あぁ、そっか!え、えっとね?実は……」

 理由を話そうとする西蓮寺さん。だけどテンパって頭の中で上手く整理が出来てないみたいであたふたしている。うん、可愛い。

「あたしから話すよ」

 嘆息し、そう言って助け舟を出した宮原さんが、事の経緯について話し始めた。

「実は中学時代から、綾奈に変な虫がつかない様に、私が登下校を一緒にしてたんだけど、あたしもこれからやる事があって、下校の時、一緒に帰る事が出来ない日が出てきてね。それで、あたしが一緒に帰れない日に、代わりに一緒に帰れる奴がいないか考えて、それであんたにしようって決めたわけ」

 確かに当時から西蓮寺さんと宮原さんはよく二人でいる所を見ていた。あれは単に二人が親友だからってだけじゃなく、ボディーガードとしての意味もあったのか。

 確かに西蓮寺さんは当時から物凄くモテてたから、高校生になった今でもモテてるんだろうなと容易に想像出来る。そしてそんな男共に嫉妬しないと言えば嘘になる。

 だけど傍に宮原さんがいれば、そんな男共も容易に西蓮寺さんにアプローチが出来なくなる訳だ。宮原さんに凄まれたら並の男は逃げ出すのが想像出来る。

 俺はその話を聞いて、いくつか疑問が生まれたので聞いてみることにした。

「理由はわかったよ。でもどうして同じ学校の友達に頼もうとしなかったの?」

「綾奈に言い寄ってくる奴の中には、結構しつこく付きまとってる奴もいるから、そういう奴と出くわした時にあたし以外だと追い払えるか分からなかったし、それに、本気で綾奈の身を案じてくれそうな子も居なかったからね」

 それは確かに。宮原さんみたいにガラの悪い男にも物怖じしないで正面切って立ち向かえる女子は少ないだろうし、仮に自身の代わりを女子に頼んでそんな奴らに出くわしたら、その女子に恐怖を与えてしまうかもしれないと言う、宮原さんなりの優しさだ。

 俺は二つ目の疑問を口にする。

「それなら、他校の俺じゃなくて、同じ高崎の男子生徒に頼む事はしなかったの?」

「それこそ論外だね。男共はどうにかして綾奈と関係を持ちたい、もっとストレートに言えば綾奈とヤリたい……そんなクソみたいな考えをしてる奴がいるからどいつもこいつも信用出来ないんだよ。まぁ、そんな奴ばかりじゃないのはわかってるんだけど、入学してまだ半年も経ってないから、正直どいつが信用に値するか分からないってのもあるんだよ。中学が同じだった奴も変な勘違いしそうでね」

 それも納得出来る。これだけ可愛い西蓮寺さんと仲良くしたいと思う男が大勢いるのは容易に想像出来るし、そんな奴にボディーガードの件を頼んで逆に西蓮寺さんを危険な目に合わせてしまうかもしれないと考えてしまうのも無理はない。

 それと宮原さん。女子がヤリたいなんて言っちゃダメよ。

 ただそれを聞いて、俺の頭には新たな疑問が生まれた。

「でも、それなら俺は?俺も男だし、俺が他の男達同様、西蓮寺さんに危害を加える可能性は考えてなかったの?」

 もちろん俺自身、西蓮寺さんに危害を加えるつもりも勇気もない。だけど、同じ中学出身とは言え、俺とほとんど喋ったことがない二人は、俺がどんな奴かなんてあまり知らないはずだ。だからどうして俺に白羽の矢がたったのか知りたいと思った。

「あんたの事はあたし達も多少は知ってる。あんたに綾奈をどうこうしようって勇気はない事もね。まぁ、簡単に言うとあんたが一番マシだったってわけ」

 あんまり絡んだことのない俺の事を理解している事に内心で驚く俺。

 確かにこの理由なら納得だと思った時、宮原さんはニヤッとした笑みを浮かべてこう続けた。

「それに、あんたを推したのは綾奈だし」

「え!?」

 あまりに唐突で、驚愕の事実に俺は勢いよく西蓮寺さんの方を見る。

 すると西蓮寺さんは、頬を赤く染め、俺と同じくらいの勢いで宮原さんの方を向いていて、めっちゃ目を見開いていた。

「他ならぬ綾奈自身のご指名だし?あたしも良いかなと思ったわけ。ね、綾奈?」

「そそ、そうなの!中筋君なら私も安心かなと思って!」

 西蓮寺さんは何やら慌てた様子で宮原さんの言葉を肯定していた。

 宮原さんは楽しそうに西蓮寺さんの様子を見た後、真剣な表情になって俺の方に向き直した。

「正直、全く危険がない訳じゃないんだよ。さっき言ったしつこい奴の相手もしなくちゃならない時もあるかもしれない。そいつ等があんたに危害を加える可能性は否定出来ない。それをわかった上で中筋、引き受けてくれないかな?」

 今まで、喧嘩や怖い人達の相手なんてほとんどしたことが無い俺には少々荷が重いかもしれない。

 でも、好きな人とその親友がこんなにお願いしてきているんだ。それを無下にする事は俺には出来ない。

 何より、西蓮寺さんが危険な目に合うのを想像すると、言いようのない恐怖が俺を襲った。

「わかった。正直俺がどこまで宮原さんの代わりになるかわからないけど、俺なんかで良ければ、引き受けるよ」

 俺は西蓮寺さんのボディーガードという大役を担う事になった。

「ありがとう中筋君!」

 すると西蓮寺さんは満面の笑みを俺に向ける。

 あぁ、この笑顔が見れただけでも引き受けた甲斐があったなぁ。

「でも、俺と一緒に帰る事になって、誰かに見られて噂とかされるんじゃない?西蓮寺さんはそれでも良いの?」

 今まで告白を全て断ってきた西蓮寺さんが急に男と一緒に、それも他校の男と下校するのを目撃されたら噂されるだろうし、その事で質問攻めされる所を想像して、俺は何か申し訳ない気持ちになりながら聞いてみた。

「そ、それって、私と中筋君が……つつ、付き合ってるんじゃないかって思われるかもって事!?」

 西蓮寺さんは頬を真っ赤にし目を泳がせている。そりゃあ、俺なんかと噂になったら困るよな。

「う、うん」

 自分から質問しといて何だけど、好きな人から「俺と付き合ってる」て言葉を聞くと物凄く照れくさくなる。

 それを顔に出さない様、必死に平常心を装う。

「わ、私は全然気にしないっていうか、その噂を本当にしたいっていうか……」

「え?」

 後半が尻すぼみになり、聞こえなかったんだけど、何て言ったんだろう?

「まぁ、そうなったらあたしと同じ幼馴染とか、適当に理由付けてあしらっておくから気にしなくていいよ」

 どうやら宮原さんの中ではそうなる事は想定済みらしい。流石親友。

「ただ、あたし等は合唱部の練習が平日週三日あるから、中筋には部活がない日に綾奈の事を送ってほしい」

 二人は正規の合唱部員だから大会がなくても練習はあるようだ。

「うん。月曜と火曜、木曜に部活があるから、水曜と金曜にお願いしたいの」

 西蓮寺さんが補足と言わんばかりに、高崎高校合唱部の練習スケジュールを伝えてくる。

「わかった。水曜と金曜だね」

「ただ、十月のテスト明けから文化祭と、合唱コンクールの全国大会に向けての練習が本格的に始まるから、金曜も練習になっちゃうんだ」

 西蓮寺さんが少し申し訳なさげに言う。どんな表情も可愛いから俺の心臓はいちいち跳ねる。

「それなら風見も同じだよ。うちも十月から文化祭に向けての練習があって、臨時部員の俺も練習に参加する様になるんだ。練習日もそっちと同じだよ」

「それってつまり、来月は時間さえ合えば、平日毎日一緒に帰れるって事?」

「う、うん」

 気のせいかな?西蓮寺さんがちょっと嬉しそうな気が……俺が浮かれてそう見えてるだけだな。危うくヤバい勘違いをしそうになった。

「まぁ、来月の予定はおいおい決めるとして、明日は金曜で練習ないから、早速明日から頼める中筋?」

「うん。俺は特に予定ないから大丈夫だよ」

「じゃあ明日、高崎の最寄駅内で待ち合わせでよろしく」

「うん。わかったよ」

「ごめんね中筋君。明日からよろしくお願いします」

 明日の予定を決めたところでちょうど西連寺さんがパンケーキを食べ終えてファミレスを後にした。ちなみに俺と宮原さんは話の途中には既に食べ終えていた。

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