第2節 ボディーガードのお願い

第6話 始業式後の待ち人

 合唱コンクールの後は特にこれといった予定はなく、夏休みの宿題もほぼ終わらせていたので、溜まっていたアニメ、マンガ、ラノベを消化したり、茜との予定が合わずに暇をしていた一哉や、オタク友達と遊んだりして夏休みを過ごした。

 そして向かえた九月一日。二学期始業式。

 俺は制服に着替え、リビングで食パンをかじっていると、中学二年の妹、美奈がリビングに入ってきた。

「おはよー。お兄ちゃん」

 まだ寝ぼけているのか眠い目をこすり、欠伸をしながら入ってきた。

 ブラウンのロングヘアが特徴的な美少女だ。

 美奈は薄手のパジャマ姿で、まだまだ暑い時期なので下は膝上十センチ程のズボンのパジャマだ。

 そこから伸びる脚は、兄である俺から見ても美脚と言えるほどだ。

 美奈は周りの同級生よりスタイルが良く、学校でも割とモテるらしい。兄としては少し複雑だが。

「おはよう美奈」

「と言うか、早くない?」

「お前が寝すぎなんだよ。今日から二学期なんだから、ゆっくりしすぎて遅刻なんて事になるくらいなら余裕を持って行動しようとしてるだけだよ」

「相変わらず真面目だなぁ」

 そう言って美奈は嘆息する。

「ごちそうさま。それじゃあ行ってきます。美奈、遅刻するなよ」

「行ってらっしゃーい」

 そう言ってひらひらと手を振る妹を横目に、俺は少し早めに家を出た。


「おはようございます。幸ばあちゃん」

 通学路の途中にある歩道橋で、俺はたまにこの場所この時間に会う、新田幸子さんに挨拶をした。

 この道は中学からの通学路で、駅は中学からもう少し歩いた場所にある。

 幸ばあちゃんは俺の祖母ではなく、中学時代、幸ばあちゃんがこの歩道橋を登ろうとしている時に声をかけて、そこからの縁で、ここで会った時は今でも歩道橋を渡った先にある道路に行く幸ばあちゃんのお手伝いをしている。

「あら、おはよう真人君」

「九月に入りましたけどまだまだ暑いですね。体調は変わりないですか?」

「心配してくれてありがとうねぇ。足腰はちょっとだけ弱ってるけど、体調は問題ないわよ」

「それは良かったです」

 そんな世間話をしながら俺達は幸ばあちゃんのペースで歩道橋を渡っていく。いつも大体こんな感じだ。

「そう言えば、真人くんは好きな人いるの?」

 今日は恋バナをぶっ込んできた幸ばあちゃん。

「えっ、好きな人ですか!?そうですね……います」

 俺は突然の恋バナに驚きながらも正直に答える。

「あら、そうなの?青春してるわねぇ。好きな人がいると毎日楽しいでしょう」

「いやぁ、中学までは同じ学校だったんですけど、高校は別になっちゃって……」

 俺は苦笑しながら答える。

「あら、それは辛いわねぇ」

「でも、この夏休みに久しぶりに会えたんですよ。しかも、中学時代ほとんど喋ったことがなかったんですけど、そこで少しだけですけど喋ることも出来たんです!」

「あらぁ、凄いじゃない」

 俺の話に相槌やリアクションで返してくれる幸ばあちゃん。とても聞き上手だ。

「連絡先聞こうと思ったんですけど出来なくて……。そこから全然会えてないんですけどね」

「でも、初めて喋ったのは凄い進歩だと思うわよ。学校が別で頻繁に会えなくたっても、真人くんがその子の事を諦めなければ必ずいい方向に進むと、私は信じてるわ」

「幸ばあちゃん……。ありがとうございます」

 幸ばあちゃんの言葉に胸が温かくなる。

「私にはちょうど真人くん位の歳の孫娘がいるんだけど、そういう話を聞かないから時折心配になるのよ」

「まぁ、家族には恥ずかしくて中々話せない内容だと思いますよ。俺も家族には恋バナなんてしませんから」

「真人くんみたいな男の子を選んでくれると良いんだけどねぇ」

 幸ばあちゃんの俺に対する評価がめっちゃ高い。過大評価しすぎじゃないかってくらい高い。

 そんな話をしているうちに歩道橋の階段を降りきった。

「はい到着。それじゃあ幸ばあちゃん、道中気をつけてくださいね」

「今日もありがとうね真人くん。行ってらっしゃい」

「行ってきます」

 俺は幸ばあちゃんに笑顔で手を振りながら歩道橋をUターンして行く。これもいい運動だ。


 余裕を持って家を出たが、教室に入ったのは始業チャイムが鳴る七分前だった。いつも幸ばあちゃんの手伝いをした日より少しだけ早く登校出来た。

 今日は始業式と、担任からの連絡事項だけなのであっという間に放課後になった。

 俺は一哉と一緒に下校しようと一哉の席に移動した。

「一哉、帰ろうぜ」

「悪い。今日は茜と約束してるんだよ」

 どうやらこの後、茜とデートらしい。確か夏休みも週の半分以上会ってたよな?と思いながら相変わらずラブラブで何よりと、親友と幼馴染のカップルが順調に恋人関係を築いている事に安堵した。

「そっか。なら仕方ないな」

「悪いな。また今度一緒に帰ろうぜ」

「気にすんな。じゃあな」

「おう。また明日」

 さて、一人で帰るかと思っていたら、俺の元に一人の男子生徒が近づいてきた。

「真人、今日新作ラノベの発売日だよ?一緒に買いに行こうよ」

 彼の名は清水健太郎。高校に入って出来た、俺のオタク友達だ。

 百七十センチ越えで痩せ型、目元まで伸びた長い前髪、物腰が柔らかく、大人しい性格だ。

「そうだな。ちょうど買おうとしてたラノベあったから、行くか」

 健太郎の提案を受け入れ、俺達は揃って校門に向かって移動を開始した。

 校門が近くなった所で、俺はある事に気がついた。

 俺達より先に校門を出て左へ曲がった生徒達が、何故か皆揃って顔を左に向けている。

 そして皆、目線がゆっくり下方向に移動している。

 右に曲がった生徒も何人かそちらを見ている。

 特に男子は驚いているのか、目を見開いている生徒が多い気がする。

 一体何があるのか?と思いながら左側を見ると、その理由を理解した。

 そこに居たのは、高身長でモデル並みのスタイルを持ち、色素の薄い長いオレンジ色の髪を高い位置でポニーテールに束ねた美少女、宮原千佳さんがいた。

 彼女はそこにいるだけで目を引く存在なのだが、校門の壁に持たれるように立っており、高崎高校の制服を来ていて、その制服のシャツのボタン上三つを外していて、その大きく実った二つの果実が作り出す谷間があらわになっており、さらに目線を下にうつすと、折られて短くしたスカートから伸びる

 美脚もあらわになっている。

 そりゃあ目を引くわ、と思うのと同時に、何故宮原さんが風見高校にいるのかと言う疑問が俺の頭を占める。

 普通に考えたら風見高校に進学した中学時代の友人と遊ぶ約束をしているから、と言う考えに行き着くのだが、いつも一緒にいるはずの西蓮寺さんがいない状況に違和感を感じた。

 西蓮寺さんに会えなかった事に若干肩を落としながら、俺は健太郎と一緒に明星書店に向かうべく校門を出て右に曲がった。

「ちょっと待って中筋!」

 背後からそんな言葉が聞こえた瞬間、シャツの襟を思い切り後ろに引っ張られる感覚に、俺は思わず「ぐえっ」と声を上げる。

 後ろを振り返るとすぐ傍に宮原さんが立っていた。

 え?用事があるのって俺?

 健太郎は突然の事で動揺してるし。

「み、宮原さん?どうしたのこんなと所で」

「あんたに用があってここで待ってたんだよ。悪いけど、ちょっと付き合ってくれない?」

「え?」

 西蓮寺さんと同様、中学卒業までほとんどまともに喋ったことがなかった宮原さんからの突然の誘いに思わず面食らってしまう。

 だが、健太郎との先約があるので断りを入れなければならないのが心苦しい。決して宮原さんに付いて行きたくない訳では無い。ほ、本当だよ。

「宮原さん。悪いんだけど、俺先約があって……」

 その言葉を聞いた宮原さんは、俺の後ろにいた健太郎の方を見ると。

「あんた中筋の友達?悪いんだけど、こいつ借りて行っていい?」

 そんな断りを入れてきた。

「…………」

 だが、当の健太郎は口を半開きにして、俺たちの様子を黙って見ているだけだった。

 前髪で目が隠れているので、どう言う表情をしているのかは分からない。

 「ねぇ、あんた大丈夫?」

 返事どころかリアクションもなかった健太郎にたいして、宮原さんは訝しんだ様子で健太郎に尋ねる。

「っ!大丈夫ですよ。どうぞ」

 その問いに健太郎は肩をビクッと震わせて、慌てた様子で宮原さんの提案を受け入れた。

 宮原さんの見た目に気圧されたのか、普段から落ち着いた雰囲気の健太郎らしからぬリアクションに俺は少し違和感を覚えるけど、大して気にはとめなかった。

「ごめんね。それじゃあ行くよ中筋」

 宮原さんは右手を顔の近くに持っていき、謝罪のポーズを取り、健太郎に謝罪を入れた。

 こうして俺は宮原さんに連れられどこかに移動することになった。

「宮原さん、どこに行くの?」

 俺は宮原さんに当然の質問を投げかける。

「それは行ってからのお楽しみ。大丈夫、あんたにとって悪い話をするわけじゃないからさ」

 そう言うと宮原さんは、おもむろにスマホを取り出し、誰かに電話をし始めた。

「もしもーし。うん、中筋拾ったから今から向かうよ。そっちも移動お願いねー」

 どうやら誰かと落ち合うのか、その相手に待ち合わせ場所に向かうよう指示していた。

 俺は落ち合う相手が誰なのか何となく察して宮原さんの後を付いて行った。

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