第1節 好きな人との再会
第2話 くすぶり続ける想い
高校入学から一ヶ月程が経過したゴールデンウィーク明け。
電車通学にも慣れてきた俺は、ダッシュで教室に入った。
始業チャイム二分前。ギリギリだが遅刻せずに済んで安堵した俺は席について息を整える。
そんな俺に気付いて俺に向かって手を上げる一人の男子生徒、
一哉とは小学三年からの付き合いで親友だ。
そんな親友といつもは始業までどちらかの席で話をするのだが、今日は俺が遅刻ギリギリの登校だった為、朝のやりとりは挨拶のみとなった。
その日の昼休み、俺と一哉は学食に行き、俺はうどん、一哉はカレーを注文し空いている席に座ると、やはりというか、一哉は俺の遅刻ギリギリの理由を聞いてきた。
「真人、今日はかなりやばかったけど、また遅くまでラノベでも読んでたのか?」
俺は自分のオタク趣味を一哉にはオープンにしている。
付き合いが長いから隠し事は殆ど無い。
「あー、まぁそんなとこだ」
それもあるが、別の理由もある。それは誰にも言ってない、一哉への数少ない隠し事のひとつだ。
「続きが気になってつい遅くまで読んでしまうのはわかるけど、ほどほどにしておけよ?じゃないとマジで遅刻なんてことになるぞ?」
「わかってるよ。心配してくれてサンキューな」
親友が心配してくれているが、俺は次の日学校がある日は寝る時間は決めている。
ラノベやゲームで多少それが前後するときがあるが大体決まった時間に就寝するようにしている。
ちなみに早く寝ることは一哉も知っているのだが、続きが気になってつい熱中していると思っているのだろう。
「でもお前って、いつもは余裕持って学校着いてるのにたまに今日みたいに遅刻しそうになる時があるよな? 本当にいつもラノベやゲームが原因か?」
さすが一哉、俺のことをよく理解している。
俺はうどんを啜りながら一哉の疑問に耳を傾けていた。
「確かにラノベやゲームに熱中していて寝るのが遅くなったってのはたまにあるけどそれだけが原因じゃないな」
一哉はカレーを食べながら遅刻しそうになる他の原因を考えているのか、少し考え込む表情をしたかと思えば、はっとした表情を浮かべた。
「まさかお前、西蓮寺さんの登校風景を物陰からこっそり覗いてるんじゃあ……」
「そんなわけあるか! 勝手に想像して勝手にドン引きしてんじゃない!」
見当違いな予想に思わずうどんを喉に詰まらせそうになる。
危うく変態の汚名を貰って死ぬところだった。
そして当然一哉は俺が中学時代から、西蓮寺さんに恋をしていることを知っている。
「あはは、冗談だって。……半分」
「俺が西蓮寺さんの嫌がることをすると思うか?」
「お前相変わらず西蓮寺さん好きだよな。でも卒業式から一度も会ってないんだろ?」
「……まあな」
中学を卒業して別々の高校に進学した事により、俺と西蓮寺さんの接点は無くなった。
中学在学中も必要最低限の会話しかした事がなかったので、友達でもなければ連絡先の交換なんかも勿論していない。
ただのクラスメイトという繋がりしかなかったので、今彼女が何をして、どういう高校生活を送っているのか知る術は持っていなかった。
「お前は中学の時はあんなに太ってたのに今はあの体型は見る影もない。確かに西蓮寺さんを想う気持ちはわからんでもない!あれだけの美少女だもんな。でも実際中学卒業から会ってないんだろ?薄い可能性信じるのは勿論いいけど、高校生になって新しい出会いを探すのも一つの可能性だと俺は思うぞ」
俺は中学卒業後もダイエットを続け春休みに本気で取り組んだ結果、九十キロあった体重は六十五キロまで落ちて見事ダイエットに成功していた。
「一哉の言いたいことはわかるよ。ただもし誰かと付き合うとしても、西蓮寺さんの時以上にその人を好きって想う気持ちがないと、西蓮寺さんにもその女性にも失礼だなって思うんだよ」
「ま、そういう優しくて真面目な所は真人の美点だと思うよ。ただ、一つ言わせてもらうとすれば……」
一哉が真剣な表情になる。
俺は咀嚼していた最後の麺を飲み込む。
「彼女はいいぞぉー」
だらしない顔になる一哉。
こいつ、今日一の真面目な話をするかと思えば惚気かよ!
「お前、本当に
茜こと
身長は平均より少し高く、全体的にスリムな体型で活発な性格。ショートヘアが特徴的な美少女だ。
一哉はともかく、何故俺まで上級生である茜を呼び捨てにしているのかというと、俺と茜は小さい頃家が近所で、よく遊んでいた幼なじみだからだ。
茜は今この風見高校から徒歩十分程の所に住んでいるのだが、半年ほど前、俺が受験勉強の息抜きの為ショッピングモールで一哉と遊んでいると、偶然茜に再会し、そこから意気投合した一哉と茜は、一哉の受験が終わった後付き合うようになり、現在はラブラブな関係を築いている。
そして俺はそんな二人が形成するストロベリーワールドの被害を被っている。
「まあな。正直茜を紹介してくれた真人には感謝してるんだぜ? だからこそ真人には早く彼女を見つけて幸せになってほしいんだよ」
惚気が続くと思いきやなんか小っ恥ずかしい話をし始めた一哉。
俺はうどんのつゆを丼を持ち上げて一気に飲み干した。
親友の思わぬ発言に照れていたであろう顔を隠すように。
その日の放課後、俺は下校しようと一哉と玄関に向かっていると途中で音楽教師の坂井先生に呼び止められた。
「中筋君、山根君ちょうど良かった。実は来週から夏休み中にある混声四部の合唱コンクールに向けて練習を始めようと思ってるから来週の放課後から音楽室に集合、お願いね?」
その問いに俺たちは「はい」と言い坂井先生は音楽室の方に歩いていった。
俺は高校でも臨時の合唱部員をしていて同じく中学で臨時合唱部員だった一哉も一緒だ。
「来週からか……確かコンクールは八月の上旬にあるんだよな? 三ヶ月前から臨時部員を含めたメンバーで練習ってちょっと早いなって思ったけど高校だとこれが普通なのかな?」
中学の時は大体コンクール二ヶ月前くらいから臨時部員は練習に参加していた。
それが高校ではそれより一ヶ月も早く行われることに多少驚きはしたものの、高校ではこれが普通なのかと思い納得するようにした。
「なんか噂では高崎高校に勝ちたい先生が、毎回並々ならない気合いを発揮してその分早めに臨時部員を招集して猛練習しているって聞いたことがあるけど……」
高崎高校の合唱部はほぼ毎回全国大会まで行っている超が付くほどの強豪校で、なんでも顧問の先生が教師になる前プロの歌手を目指していたとかでとんでもなく歌唱力が高く、その経験から確かな指導力もあり、先生に教えを乞いたいと高崎を受験する生徒がいるほどだ。
それでいて練習は厳しいがそれ以外では優しく温厚、加えてとびきりの美人で非の打ち所がない先生だという。
「気合入ってんのもその理由もわかるんだけど、高崎に勝つとかちょっと無理ゲーじゃないか?」
一哉が嘆息混じりに言ってきた。
確かに、風見高校は八月にある県大会を突破できるかも怪しいくらいの実力。
正直勝てる見込みは薄いだろう。でも……。
「確かに勝てる望みは薄いかもだけど、地方大会の切符は二校あるんだから、無理に決着を早めるんじゃなくまずは高崎と同じ全国の舞台に立てる権利を手に入れる事を考えようよ」
高崎以外にも実力のある高校は他にもある。
だからまずは同じステージに立てれるよう実力をつけることを考える。
悲観的になるのは八月の県大会が終わった後でも良い。
「お、言うねえ真人。まぁお前はその大会で愛しの西蓮寺さんと再会できるチャンスかもしれないからな。気合い入るのも当然だよなー」
一哉は俺の方を向いてニヤニヤしながらとんでもないことを言ったきた。
「おまっ、何言ってんだよ⁉︎べ、別に俺はそんな事……それに西蓮寺さんが高校でも合唱続けているかなんてわかんないだろ⁉︎」
俺だってその可能性を考えなかったわけではない。
そういう大会の場では他校の合唱部の生徒が一堂に会するので、その会場で偶然西蓮寺さんと会う事だってあるかもしれない。
ただ中学時代ほぼほぼ話した事がない初恋の人と再会できたとして冷静に話をする自信が俺にはなかった。
絶対テンパってしまって挙動不審になった挙句、西蓮寺さんにキモい奴認定される未来まで見えるほどだ。
ダイエットに成功してできるだけポジティブにいようと自分に言い聞かせてメンタルも少しは鍛えた気でいたが、恋愛に関してはそうはいかなかった。
「いいや、西蓮寺さんは絶対合唱を続けている!断言してもいい。あれだけの美声と歌唱力を持って、何よりあんなに楽しそうに歌っていた西蓮寺さんが合唱をやめるのは考えにくいし、何より高崎の先生がそんな西蓮寺さんに目を付けないはずがない!そんな西蓮寺さんの実力を見抜けないような人が顧問なら例えその人がどんなにすごい人でも俺は音楽に対してのその人の言葉は完全には信用しないね」
正直驚いた。
一哉がこんなにも西蓮寺さんの事を評価しているなんて……。
中学で一緒に合唱をしていてこんなことを思っていたんだな。
一哉の口から出た事に驚きはしたがその発言に俺は心の中で首を縦に振った。
確かにあんなに歌うことが好きな西蓮寺さんが合唱をやめたなんて考えにくい。だから俺は……。
「だな……悪い。確かに、西蓮寺さんが自主的に合唱をやめてない限りそんなことはないよな」
そんな親友の言葉に肯定して親友と、そして好きな人の音楽へ向ける姿勢を疑いかけたことに謝罪をした。
「それに、お前は見たいだろ?西蓮寺さんの高崎の制服姿」
下駄箱に手を伸ばそうとしていた俺の腕がピタリと止まる。
高崎高校の制服を着た西蓮寺さん…。
高崎高校の制服は人気が高く、その制服目当てで受験する女子が一定数以上いる程だ。
そんな制服を着た西蓮寺さんの姿を想像した俺は顔が緩んでいたのだろう、そんな俺の顔を見て、
「何気持ち悪い顔してるのよ?」
と、すぐ近くで女子の声がしたので俺と一哉は声がした方を見ると、そこには黒髪ショートカットで体操着姿の俺の幼なじみで一哉の彼女、東雲茜がいた。
「あ、茜⁉︎」
この付近には俺と一哉しかいない思っていたので突然予想していなかった茜の声が聞こえてきて狼狽える俺。
「よお茜。実は真人が高崎高校の制服を着た西蓮寺さんの姿を妄想してたんだよ」
「西蓮寺さんって二人の中学の時の同級生でめっちゃ可愛いって噂だった子だよね?何、真人まだその子の事好きなの?」
茜は学年は違うが中学在学中、俺たちの学年にめちゃくちゃ可愛い女子がいる事は知っていた。
その容姿から、茜と同学年の男子生徒が西蓮寺さんの事を話していたのを茜も聞いた事があるので西蓮寺さんの存在は知っていた。
「いいだろ別に」
「まぁ、好きな人の、しかもあれだけの美少女の制服姿を見たいってのは分からんでもないからなぁ。それを想像して気持ち悪い顔になってしまうのも仕方ないよ」
一哉がどさくさに紛れて俺を気持ち悪い呼ばわりしてくる。
「そんなに可愛いんだね。もしかして、カズくんもその子の制服姿、見たかったりする?」
茜が上目遣いで不安そうに一哉に訊ねる。
あー、これは……。
「まぁ、全く見たくないと言えば嘘になるが、俺は真人みたいな感情は持ってないよ。茜がいてくれたらそれで幸せだから」
そう言って一哉は茜の頭にぽんっと手を置き、茜は一哉の腕に抱きついた。
茜は「えへへ」と言ってとろんとした表情をしている。
この二人は隙あらば人目も憚らずイチャイチャし出すから困ったものだ。
今、周りには二人のことをよく知る俺しかいないから余計に人目を気にしていないようにも見える。
少しは俺がいるのも意識してほしいものだが、この二人が付き合い出して二ヶ月程度、ようやくこの二人のいちゃつきっぷりにも慣れてきた…と思う。
「と言うか茜?部活があるんじゃないのか?」
いい加減見ているこっちが恥ずかしくなってきたので、そんな質問を茜に投げかける。
「あ!いっけない遅刻する!じゃあ二人ともまたね」
「うん。また」
「またな。部活頑張れよ」
茜はバレー部に所属していて部活の時間が迫ってきていたのでダッシュで体育館へ向かっていった。
「相変わらずのバカップルだな二人とも」
「そうか?これくらい普通だろ?」
公共の場でいちゃつくのは普通のことなのだろうか……?
俺は喉まで出かかった疑問を押しとどめた。
「真人も西蓮寺さんと付き合うようになったら俺たちの様になると思うぞ?少なくともその人の事が好きって気持ちが抑えられなくなって何処にいてもついつい触れ合いたくなる気持ちを理解すると思う」
「バカップルになるかはともかく、まずは西蓮寺さんとまた接点を持つ所からかな」
現状、俺と西蓮寺さんとの間に繋がりはない。
中学卒業とともに失われたそれを再び持つには再会し、最低限会話しなければならない。
今まで全くと言っていいほど喋った記憶がないので、そう考えるとハードルが高い。
「とにかく今は、夏のコンクールに向けて練習頑張ろうぜ」
「だな」
今西蓮寺さんと仲良くなる事を考えても特に良い案は思い浮かばないので合唱コンクールに向けてのレベルアップに専念する事にした。
「俺、本屋に寄って帰るから」
「分かった。じゃあまた明日な」
そうして俺は校門で一哉と別れ、本屋に向かった。
俺が向かっているのは風見高校から徒歩一五分程の距離にある「明星書店」という書店だ。
学校から駅までの道と逆方向なのであまり頻繁には利用しないのだが、広い店舗なので品揃えは充実して
していて、ほしい本がある時はこうして通っている。
明星書店に向かっている途中、道端にポイ捨てされている空き缶を見つける。
「はぁ、どうしてちゃんと捨てることが出来ない人がいるのかねぇ?」
俺は嘆息した後、空き缶を拾い上げ、近くにあった缶専用のゴミ箱に入れて改めて書店に向かい、お目当てのラノベ数冊を購入して自宅に帰った。
翌週、俺と一哉は、合唱コンクールに向けての練習に参加するようになった。
基本的に水曜日以外の平日の放課後と土曜日の昼から夕方まで練習で、日曜日と祝日は練習はなかった。
当然ながらテスト期間中も練習はお休みで、テスト勉強に集中した。
中学時代、成績が悪かった俺は、ダイエットと同時に勉強にも力を入れていたので、普段から勉強をするようになったお陰で中間、期末と真ん中より少し上の順位だった。
期末で赤点を取ると夏休み中補習が待っているので今回はいつもより余裕を持って回避する事ができた。
夏休みに突入しても週五で昼から夕方まで練習。
真夏のうだるような暑さでぐったりする中、徒歩と電車を使い学校に行く。
練習後、一哉と駅近くのコンビニで飲み物を買いそれを飲み干す事で暑さと、練習で酷使した喉を潤していた。
最後の追い込みと言わんばかりに練習にも力が入って坂井先生の指導にも熱が入る。
そうしてあっという間に合唱コンクール当日を迎えた。
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